第42話 群れるのは嫌いだが……3
謎の人物の突然の襲撃後、ルナの無事を確認出来たところでソルは一息つくために野営の準備を始めた。
大岩の影で火を焚きながらソルとルナは並んで座る。
「んで、何で無事だったのかわかってるのか?」
「襲撃者のことよりも私のことが優先なのは嬉しいですね。愛されてますね、私」
「質問に答えろ」
ソルはいつも以上にルナに対して冷たい。
ただ、その冷たさもルナにとってはただの照れ隠しとしてしか通じない。
ルナにとってはそれだけ大きな出来事だった。
「もう、素直じゃないですね……恐らくですが、この隠世の外套のおかげかと」
「外套?」
ソルはルナの外套の端を手に取ると、指先で外套の生地を確かめる。
「あの瞬間、驚いて咄嗟に魔力を流したんですけど、それでこの外套が反応したとしか思えません。この隠世の外套、物理も魔法も無効化するんだと思います」
「どういうことだ?」
「説明書きにあった『存在を消す』というのは、気配だけでなく、身体自体をハコのような異空間に移すんだと思います」
「……だとしたら、禁忌と呼ばれるのにも説得力が増すな」
ソルは思案顔になると、思いついたようにルナに言った。
「よし、脱げ」
「えぇぇぇぇ!! 初めてはちゃんとお風呂に入ってからがいいですし、そういうのはフカフカのベッドがいいです!!」
「バカか。外套を貸せ。俺が着て魔力を通すから、俺を殴ってみろ」
「……」
ルナは外套を脱ぐと、黙ってソルに渡す。
ソルは早速それを羽織った。
「動かないから、姿が消えたらこの場所を殴れ」
「任せてください。弄ばれた憎しみを込めて殴ります」
「弄んでねぇけどな」
そう言うと、ソルの姿が消えた。
「てぇぇぇぇい!!」
ソルのいた場所にメイスが全力で振り下ろされる。
しかし、メイスはソルがいた場所を素通りし、ただ地面を叩きつけるだけだった。
ソルが姿を現すと、メイスはその空間からソルの身体に押し出されるように少しだけズレていく。
「お前、本気で叩きつけるなよ。当たったら俺でも怪我するレベルだぞ」
ソルはルナの迷いない一振りに少し引いている。
「大丈夫です。もしそうなっても私、治癒術師ですから」
「……そうだが、そういう話でもないんだが、まぁいい」
「私の見込み通りでしたね」
結論としては、ルナの言う通りだった。
存在を消すというのは、異空間に身体を移すということ。
異空間に移った身体には物理も魔法も通じない。
そういうことらしい。
「これをくれたガル族には、感謝しかないな」
「ガル族がこれを献上したいと思えるくらい、ソルさんが圧倒的だったからです。だからやっぱり私は、ソルさんに守られたんです」
そう言ってソルにしなだれかかってくるルナにソルは外套をかけ直す。
「外では常に羽織っておけ」
「はい、ソルさんの愛の証ですからね」
「いちいちそういうこと言わんでいい」
「いいじゃないですか、愛されたいんですよ乙女は」
そう言いながら眠りに落ちるルナを見つめながら、ソルは肝心の襲撃者に思考を巡らす。
アイツは何だったのか。
突如現れ、ソルには見向きもせずにルナを襲った。
そして黒炎を放ってきた。
黒炎は人に扱えるものではないと聞いている。
冒険者の中にも使える者の話は聞いたことないし、魔法として存在するのはあくまでも火魔法だ。黒炎ではない。
魔力場の異常で黒炎が発生することは聞いたことがある。
あとは邪竜が扱うということも。
「……邪竜の眷族か」
飛び去る間際に生やしていた翼。
そこから導き出される答えは、それくらいのものだった。
しかし、眷族など御伽噺でしか聞いたことがない。
神の眷族しかり、竜の眷族しかりだ。
ただ、エルフ族やドワーフ族は精霊の眷族という話もある。
この世界に眷族という存在がないわけではないのだろう。す
一旦は邪竜の眷族程度の認識を持っておくことしか出来ない。
それよりも明確にすべきはルナが狙われた理由だ。
きっとアイツも黒炎でルナを殺したと思ったからいなくなったのだ。
であれば、生きていると分かれば再び現れる可能性もある。
ソルが狙われず、ルナが狙われた理由。
ルナを見て、標的と定めた理由。
「装備……」
ルナには地竜の素材で作った竜鱗の鎧を着せている。
竜絡み、ということであれば仲間の地竜を討たれた報復ということか。
それが理由ならばちょうどいい機会だ。
地竜の親玉を狩る時に水刃だけでは削りきるのに時間がかかり過ぎた。
使い慣れた小剣では魔力を纏っても長さと威力が足りなかった。
少なくとも、ニャトスの曲刀サイズの武器が必要だった。
「竜の牙で大剣でも作ってもらうか」
竜の素材は魔力との親和性が高い。
そこに魔石を組み合わせれば簡易魔剣の出来上がりだ。
本来の魔装具の魔剣は魔石を使わず、魔法付与がされており、魔力は空気中から補給する仕組みのためソルのような魔力なしでも使えるものが本物の魔剣だ。
しかし今では失われた技術であり、遺跡から発見される魔装具にしか存在しない。
しかも世界で認識されている魔剣は大抵大国の王族が持っていて市場に出回ることはほぼない。
偶然にも冒険者が手に入れたとして、実力ある冒険者でなければ略奪されるのがオチであり、撃退できるほどの力を持っていたとしても狙ってくる輩は後をたたない。
それならばと王族に献上して貴族位を授かって平穏で怠惰な暮らしを求めるのが常だ。
「俺が手に入れたら、そんな風にはしないんだがな」
そんな妄想をしながら、ソルは目的地を定める。
目指すは鍛冶の街イスト。
ソルが昔世話になった拠点でもある。
優秀で馴染みの鍛冶屋もいるのだ。
神皇国にでも向かって蘇生の情報を得ようとも思ったが、一先ずは武器優先――ルナの命を守ることを優先する。
自分も変わってしまったものだ。
失う恐ろしさを二度と味わいたくない故に1人でいたはずなのに、気がつけばルナはソルにとってかけがえのない存在になっていた。
こんなはずではなかった。
グイグイうざかったし、ただのハコ持ちとして遺跡探索に利用して、互換の指輪を手に入れたらお別れだと気楽に考えていた。
「それがどうしてこうなっちまったんだか……群れるのは嫌いだが、お前とならいてもいいと思っちまってる」
布を敷いた地面にルナをそっと寝かせる。
認めざるを得ない。
先程の一件で、それは思い知らされた。
ルナ本人に対しても晒してしまった醜態にソルは頭を抱える。
独りが嫌な故の依存だとは思いたくはない。
だがしかし、これを愛と断定できるほどソルには経験があるわけではなかった。
考えても仕方ない。
ルナをこれからも守る。ただそれだけの話だと整理をする。
整理をしながらも、揺れ動く火を見つめながら、自身の心の揺らぎに戸惑うソルなのだった。
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