第41話 群れるのは嫌いだが……2
何が起きたのか理解が追いつかない。
尋常ならざる膨大な圧を放つ者が目の前に降って現れた。
ただ、次の瞬間。
そいつは、ルナを黒炎で呑み込んだのだ。
ソルは瞬時に魔力で出した水でルナがいたであろう黒炎範囲を抑える。
黒炎は普通の水では消えない。
魔力を帯びた水を大量に浴びせるか、対象物の生命活動を止めるまで消えることはない。
水の効果で黒炎が小さくなっていくが、ルナの生死はわからない。
少なくとも大火傷は避けられないだろう。
命があれば御の字くらい、そう言わざるを得ない程に、黒炎の威力はとてつもない。
ソルは黒炎を放った女の方を向く。
しかし、女は既にこちらに背を向けており、今にも跳び去ろうと膝を曲げていた。
背中からは羽が生えており、その羽がバサバサと何度か羽ばたきを始めていた。
「待ちやがれクソが!!」
「む……」
女の目の前にソルが姿を現し、道を塞ぐ。
そのまま首を狙って小剣を薙ぐが女の腕で弾かれる。
即座に目標を翼に変え、水刃を放って片翼を切り裂くと、脚撃でもう片翼を吹っ飛ばした。
「俺の仲間に手を出しておきながら、生きて帰れると思うなよ」
「……害虫は嫌いだ」
女は虫を払うように手をヒラヒラとさせる。
しかし、それだけでソルを衝撃波が襲う。
周りには何も影響はないはずなのに、ソルだけを襲う衝撃波だ。
ダメージはなくとも、その勢いにソルは吹き飛ばされた。
「くそっ……!」
その一瞬の隙をついて、黒の女は姿を消した。
あとに残るのは燻った黒炎のカスだけだ。
ルナの姿はどこにもない。
「……嘘だろ」
ルナがいたであろうところに立つと、そこには何もない。
ルナの痕跡すらないのだ。
黒炎をまともに喰らったのだから、そうなってしまっているかもしれないということは頭ではわかっていたが、そんなことあって欲しくないと頭の隅に追いやっていた。
しかし、実際に跡形もない状況からに、ここまでのものなのかとソルは悔しさに身を震わす。
油断した?
突如現れた得体の知れない奴に怯んだ?
理由な多々ある。多々あるが一言で言えば、実力差を測りかねているうちに先手を打たれたわけだ。
行動を起こすのが遅かった。
それが全てだった。
挙句の果てにはその敵を取り逃す。
ソルは過去を思い出さざるを得なかった。
仲間を救えず、無力感に苛まされた過去を。
「お前を守ると言った。死なさないと言った。お前に助けられた分、お前に幸せを返したかった! だが! 俺は……俺は……何も、何も返せていない!! くそっ!」
同じだ。
同じことを繰り返してしまった。
その後悔が自己嫌悪、そして憤怒へとつながっていく。
血の滲む程に握りしめた拳が、怨嗟の混じる咆哮と共に砂の地面に打ちつけられる。
砂漠の真ん中で繰り返されるその姿は、もはや狂人と見られてもおかしくはない。
『そんなに自分を責めないでください。私は十分、幸せでしたよ?』
突如、優しく響いたルナの声に、ソルはハッと顔を上げた。
ソルの目の前には、気配が非常に希薄でうっすらとした輪郭のルナらしきものがいる。
これが魂というものなのだろうか。
ソルは神のことなど信じていない。
しかし、今際の際に少しだけ会話が出来る時間をくれたというのであれば感謝しかない。
限られた時間を、今はただ使わせてもらう。
「違う……違うんだ。お前はいつだってそうだ。お前は、幸せであることを常々、どんな形であれ俺に伝えてくれた。うざ絡みであろうが何だろうが、俺を大切に想ってくれていたし、俺はそれが嬉しかった。こんな自分がまだ誰かに想ってもらえることも、自分がまだ誰かを笑顔に出来る存在であることも嬉しかった。ただ……それを教えてくれたお前に……恥ずかしくて俺は感謝すら言えていない」
「知ってますよそんなこと。こうして言葉にされると照れますけどね……それで、何を言いたいんです? もう、こんなこと言えるチャンスはないかもしれませんよ?」
魂の維持に限界が近づいているのだろう。
ルナがソルを急かすと共に、限られた時間の中で最後の力を振り絞っているのか、ルナは曖昧だった外見を徐々にはっきりとさせていく。
この瞬間を無駄には出来ない。
ソルはルナを見つめる。
「俺は、お前と出会えて幸せだった。群れるのは嫌いだが、独りが好きというわけではない俺にとって、お前と居られる時間は、とても心地の良いものだった……ありがとう、ルナ」
ソルの目からは涙が溢れる。
ソルは気づいていないのか、拭うことすらしない。
ルナはそのソルの言葉と表情に、満足そうに口元を緩めた。
「それは私もです。そしてソルさんが本気でそう言ってくれているのがわかります。とても嬉しいです」
ルナはソルに向かって手を伸ばす。
「だから、安心してください。ソルさんは幸せになれます。私を幸せにしてくれたんですから」
「お前がいなければ幸せになどなれるものか。逝くな。逝かないでくれ。俺と、俺と共にいてくれ」
ソルは感情のままに、ルナを抱き締めようと手をルナの背中に回す。
魂なのだから、触れられるはずがないとわかっていても。
するとルナの身体が、びくりと震えた気がした。
「……身体?」
ソルは抱き締めていた。
ルナの身体を、しっかりと。
「今のはもう、プロポーズとしてしか受け取れませんよね。仕方ありませんねぇ。ずっと一緒にいてあげます。うひゃぁ、照れますねぇ」
ルナがソルの腕の中で、パタパタと手で顔を扇いでいる。
「いや……は? お前、生きてるのか?」
「やっぱり死んだと思いましたよね? いやぁ私も思いました。まさか急に黒炎が飛んでくるなんて思いませんでしたよ」
「本物か?」
ソルはルナの頭から肩へと手をペタペタと触っていく。
「ほら、触れるでしょ? 本物です。死んでませんよ?」
「……何で最期の別れみたいな口調で話した?」
「いや、まぁ、その、ソルさんが私が死んだと思ってるみたいでしたし、絶望感が半端なかったですし、ソルさんの愛を感じたかったなぁ〜……なんて――あぅっ!」
ルナの額を指で弾くソル。
そして、思い切りルナを抱き締める。
「バカヤロウ……生きててくれて、ありがとう」
ソルの腕の中で、ルナはソルの震えを感じる。
そこには、素直になれないソルの精一杯の素直さがあった。
「私の方こそ、大切に想ってくださってありがとうございます。そして、悪戯してごめんなさい」
「……本当だバカ」
ルナを抱き締める腕に力が込められていく。
それは嬉しさ故なのだろう。
ルナは少し痛かったが我慢をし――
「たたたたたたっ! ソルさん! ギブですギブ! 痛い痛い痛い痛い!!! 仕返しなんて! 大人げないたたたたごめんなさぁぁぁぁぁいいいいいい!!」
「ハハッ、俺の心の痛みだ。思い知れ」
「ゆゆゆ指輪の魔力で! わわ私が生きてるって、わかったでしょう!?」
「そんな冷静でいられるかよ」
「取り乱すのはう嬉しいですけどぉぉぉ! 痛い痛い痛いごめんなさぁぁぁぁいぃぃぃぃ!」
大砂漠の茹だる暑さの中、2人の男女の泣き笑い声が、しばらくの間響き渡っていた。
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