第40話 群れるのは嫌いだが……1

「あちぃ」


 茹だる暑さが続く大砂漠。

 ソルとルナは一歩、また一歩と歩を進める。


「ソルさんにおんぶしてもらって、2人まとめてこの外套を羽織るという方法もありますよ?」

「外套で暑さを遮断出来ても、お前と密着することの方が暑苦しい気がする」

「相変わらず酷いですね」


 ダイバスで竜喰らいの英雄となったソル達は、鍛冶屋にオーダーしていた鎧を受け取り次第、ダイバスを出た。

 竜の鱗と皮革で作った竜鱗の鎧。それは一段とまたルナを冒険者らしくさせる。


 そしてその淡い橙色に煌めく竜鱗の鎧の上から羽織るのはガル族から貰った魔装具、純白の隠世の外套

 魔力を通すと存在を消せる外套は、魔力調整によって姿を現した状態のまま、熱を遮断することが出来ることもわかった。

 そして背中に背負っているのは地竜の巣から拾った魔装具の弓だ。


 どこからどう見ても立派な冒険者だった。

 装備だけは。


「でも、暑苦しいだけで、嫌とは言わなかったのは及第点です」

「まぁガル族の暑苦しさに比べればたかがお前1人、嫌とも思わねぇよ」

「……また喜んでいいのかわからない言い方をして。というか喜べませんね。ガル族の方々、激しかったですからね」


 訓練場で50人を5分で片付けたソルは、ガル族にも大層気に入られた。

 ソルが言葉選びを間違ったとしても、それを咎められるものは誰もおらず、みな自身の鍛錬不足を反省するばかり。

 鎧が出来上がるまで、毎日ソルに指導を請うようになっていたのだ。


「群れるのは嫌いって言ってんだけどな」

「でも、そう言いながらお断りしないのがソルさんの優しさですよね」

「ターニャとニャトスの顔もあるからな」

「本当、義理堅いですね」

「死線をくぐった仲だろ」

「人と絡むのは嫌がるくせに、律儀というか何というか」

「別に群れるのが嫌いなだけで、独りが好きってわけじゃないからな」

「……わかります」


 ルナも人に囲まれるのは好きではない。

 ソルに出会う前は街を歩けばパーティに誘われる日々だった。

 そこにはルナの表面だけを見ての誘いであり、ルナの内面を見ての純粋な誘いではなかった。

 だからこそ、しつこい者達は手酷く対応したものだ。


 それによってルナは自身の評判が下がろうとも構わなかった。

 本当の自分を見てくれない者に何を言われようが構わなかった。

 そんな時にウェステリアで出会ったのがソルだ。


 外見は外見で舐め回されるように見られたが、別にそれでパーティに誘われることはなく、むしろ邪険にされ、ハコ持ちであることが判明したことで、その拒絶が揺らいだ。

 そのくらい理由がはっきりしている方が、ルナとしてもありがたかった。

 どんな振る舞いの自分を見せても、ソルは口では拒絶しておきながらも、完全なる拒絶を見せるわけではなかった。

 それが安心できたし、居心地がよかった。

 この居心地のよさを、失いたくはなかった。


 ルナがそうしみじみと思い出に浸っていたその時――


「下がれ!」


 ソルの鬼気迫る声に、ルナは即座に背後に飛んだ。

 直後に巻き起こる衝撃と砂煙。

 何かが、2人の近くに着弾した。


 ソルの身体は強張っている。

 その砂煙の中にいるものの圧力に押されているのだ。

 過去、遭遇したことのない何かがそこにいるのは間違いなかった。


 砂煙がゆっくりと晴れていく。

 徐々に姿を現すのは、人型のもの。


 漆黒の長髪に、白銀の瞳。

 纏う鎧もまた漆黒の鎧――のはずなのだが、布のような柔軟性があるようにも見える不思議ないでたち。

 しかし、その見た目は人に間違いなく、しかも美しい女だった。

 ただ、尋常ならざるオーラを纏っている。


「俺達に、何か用か?」


 事を構えるのは危険だ。

 そう感じたソルは、相手を刺激しないように言葉を投げかける。


 女は身体についた砂を気にするかのように身体のあちこちを手で叩く。

 ソルの言葉は聞こえているはずなのに、返答する空気もない。

 しかし、女はルナを見て、足先から頭まで視線を動かすと口を開いた。


「忌々しい。こんなヒュームの女にやられたのか」


 ソルの言ったことになど完全に無視でルナを見遣る。

 そして、指をルナへ向けると、突如として黒炎が放たれた。


 対象の生命活動が止まるまで燃え続ける黒い炎。

 そんなものが急にソルの脇を通り抜けた。

 ソルの左後方にいるのはルナ。つまりルナを守る遮蔽物は何もない状態だ。

 追いかけようと振り返った時には、黒炎がルナを呑み込む瞬間だった。






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