第39話 禁忌の魔装具9
「さて、どうしたものでしょうか」
ルナは空中に自身を飛ばしたものの、そのまま落下を始めている。
最後の瞬間、ルナは真上に跳んで逃げたのだ。
時間の経過がどれくらいだったかもわからなかったため、跳べるところまで跳んだのだ。
恐らくはこれで自分の勝ちだ。
そう思いながら、ルナは落下する自分の身体をどうやって地面に立たせるか思案していた。
落下しながらハコ渡りをしてもいいのだが、落下の衝撃を無効化出来るわけではない。
「あれ、これ、マズいのでは?」
勝てばソルから褒美を貰える。
そのことしか頭になかったため、どう着地するかなど頭になかった。
しかし、特に不安はなかった。
「落下している私にさえ気付いてくれたら、ソルさんなら受け止めてくれるはずですね」
上空から訓練場を見下ろすと、ニャ族の面々がキョロキョロとしているのが見える。
そんな中、ソルが1人、悠々とルナが跳んだ地点まで歩くのが見えた。
屈伸をしてしゃがむと、ルナの方を見て、跳んだ。
「ソルさん」
「ったく、考えなしに跳ぶな」
地面にいたはずのソルは、一瞬にしてルナのところまで跳躍すると、落下中のルナを抱えたのだ。
「考えてなくないです。ソルさんなら受け止めてくれると思っての戦略です」
「まぁ下で受け止めてもよかったんだがな。お前が不安になって変なことやり始めてもと思って迎えにきた」
「迎えに来てくれるとは、正直思わなかったです。ちょっとイケメンと思っちゃったけど褒めませんからね」
「はいはい。着くぞ、舌、噛むなよ」
ソルに警告されルナは歯を食いしばると、ソルの首に回した腕に力を込めて着地の衝撃に備えた。
しかし、衝撃は思いの外小さく、周囲に少し砂煙が舞う程度だった。
「よくルナ殿が上に跳んだのがわかったな」
着地した二人に、ターニャが歩み寄る。
「まぁな」
「愛する人の行動はわかっちゃうんですって。いやぁ照れますねぇ」
でゅふふと笑うルナからとりあえずソルは手を離した。
ルナの腕はソルの首にかかっていたため、ルナの足だけが地に着く。
「もう。もう少し抱いててくれてもよかったのに」
ルナは膨れ面になりかけたが、歩み寄ってくるニャ族に気付いて、笑顔に戻る。
「ありがとうございました。完敗です」
そのニャ族はルナを追い詰めた女のニャ族だ。
ターニャより少し若いというところか。
そんな彼女の横に立ち、ターニャはソルとルナに彼女を紹介する。
「彼女はサーニャ、三傑候補だ」
なるほど。ターニャの後任候補の女ニャ族とは彼女のことか。
「指揮官ぶりも中々のものだった。将来が楽しみだな」
「本当、最後のは焦りました。もう少し時間があったら、私の負けでしたね」
「お褒めに預かり光栄です」
畏まるサーニャの雰囲気は、どことなくセニャンに似ていた。
戦士らしからぬ上品で穏やかな雰囲気は、まさに女版セニャンだった。
「獣族にも色んなタイプがいるんだな」
「それはヒューム族とて同じだろう?」
「そうだな、ごもっともだ、すまん」
悪気はなかったが見方が偏っていたことを自覚して思わず謝る。
ターニャは何で謝られたのかわからない顔をしていたが、敢えて説明をすることでもない。
そんなやり取りをしていると、ルーガルが再び近づいてきた。
「ソル殿、受け取ってくれ。これはガル族に代々伝わる魔装具なのだが、ガル族として決して使ってはならないとされている魔装具だ」
どこから持ってきたのか。
薄く平べったい箱をルーガルは差し出してくる。
「ガル族の禁忌の魔装具ってことか?」
「そうだが、冒険者として各地を巡る貴殿らにとっては有用だと思う。是非使ってくれ」
3種族の共通の禁忌の魔装具は先程目にした。
次はガル族の禁忌の魔装具ときた。
ダイバスの街には他にも禁忌の魔装具と言われるものがあるのだろうか。
箱を受け取ると、表記の古代文字には『隠世の外套』。
蓋を開ければそこには確かに外套があった。
説明書きによれば、『魔力を通せば、使用中は隠世にいるかのごとく存在を消せる』らしい。
狩りをする者達や冒険者にとってみれば素晴らしく便利な外套だ。
しかし――
「こんな便利なものが何故、ガル族にとって禁忌の魔装具なんだ?」
「ガル族は闇討ちを嫌う。狩りをするにも、終始姿を隠して行うことは我々の生き様に反するのだ」
なるほど。
ガル族らしいといえばらしい。
「それなのに、ガル族代々受け継がれるってのはどういうことなんだよ」
そう言うと、ルーガルは言いにくそうに周囲を見渡す。
側にいるのはターニャとサーニャくらいだ。
「キー族か?」
ターニャが声を少し落としてルーガルに問うと、ルーガルは黙ったまま頷く。
ルーガルの口から聞くのはよくないのだろう。
ターニャを見ると、こっそりと耳打ちするようにソルとルナの間に位置取った。
聞けばキー族は暗殺を得意とするらしい。
得意というよりも、敵を倒すための手段が暗殺に特化している。
今ほど有効的な関係になかった昔に、そんなキー族にこの外套を使われた日には、そこかしこで暗殺が起きたことだろう。
それを防ぐために、ガル族で代々引き継がれ、守り抜いてきた、ということだ。
しかも、それを公言することは出来ない。
それはつまり、ガル族がキー族を恐れていることの証であることになるからだ。
「なるほどな。であれば、今ここで俺らが貰った方が色んな意味で円満になりそうだな。ありがたく貰っておくぜ」
「神獣フルーメンの使徒に献上したとなれば、我々も堂々と語り継げるというもの。感謝する」
「別に、ルナに着せてもいいんだろ?」
「貴殿に渡ったあと、どう使われるかは貴殿に託す。そこも含めて、貴殿になら任せられると思った故に」
畏まるルーガルから箱を受け取ると、そのままルナへと渡す。
「今回の冒険は、お前の強化って面においては上々だな」
「いやぁ〜貢ぎ過ぎじゃないですか? そんなに私を惚れさせたいですか? いやぁ照れますねぇ」
「投資といえ投資と」
「もう、照・れ・屋・さ・んっ! っていたたたたたたぁー!!」
ニヤニヤしながらソルの胸を突いてくるルナの指を握って捻る。
「着るのか、着ないのか」
「着ます! 着ますから! 今すぐに! だから! ひぐぅっ」
涙ぐみながら、ルナは外套を羽織る。
純白の外套がルナという存在を際立たせる。
しかし、そんなルナがすぐ様、目の前から消えた。
気配もなく、消し飛んだかのような感覚に焦りが芽生える。
「な!? ルナ?!」
「いますよ。目の前に」
その声と同時、ソルの目の前には再びルナが姿を現す。
その姿は、一瞬前の様子から変わりはない。
「これ、すごいですね。本当に魔力通した瞬間、認識されなくなるんですね」
「……やる前に一言言えよ」
「慌てふためくソルさんなんて初めて見たかもしれません。安心してください。そばにいますから」
ニヤニヤしながらからかってくるルナ。
ソルは思いがけずパニクった気恥ずかしさから、そんなルナの額を軽く指で弾く。
禁忌の魔装具は、禁忌を名乗るだけはあった。
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