第38話 禁忌の魔装具8
「あ、起きましたか?」
ルーガルが目を覚ますと、柔らかい女の声が響く。
声の方を向けば、赤毛の女がそこにいた。
「そなたは、ルナ殿だったか」
「はい。治癒術師です。治癒をかけておいたので、身体の痛みはないと思いますが、いかがですか?」
ルナに言われ、ルーガルは身体を起こすが確かに痛みは感じない。
「あぁ、かたじけない。問題ない」
「それはよかったです」
「して、これは、どういうことなのだ?」
ルーガルが目の前の光景を見て、戸惑いを見せる。
それもそうなる。
50人いたガル族が、全て地に伏せているのだから。
いや、厳密には最後の一人が、今、地に伏せた。
訓練場の中心には、ソルが一人、佇んでいた。
「ソルさんの勝ち、ということですね。あ、大丈夫ですよ。重傷と思われる方は既に治癒済みですから」
何事もないかのように、ルナは柔らかい笑顔でルーガルに事態を説明する。
「……我が倒れてからどれ程の時が流れた?」
「えーと、ざっと、5分と言ったところですかね」
「なっ……」
「ルーガル。族長が初っ端に挑むなんてバカなことをするからだぞ」
振り向けばターニャが呆れた顔でルナとルーガルを見下ろしていた。
そう、この惨状には理由がある。
ガル族の族長といえば、ガル族一の腕自慢だ。
それが最初に挑み、ソルの宣言通り3発で撃沈。
それを見た残りのガル族達は激昂。
序列など関係なしに、一斉にソルに襲いかかったのだ。
しかしソルは動じず。
序列10位まではタイマンで3発までという約束だったが、そもそも約束を反故にしたのはガル族ということもあり、ソルは向かってきたガル族を全て一撃で沈めたのだ。
「その勇猛さはまさに神獣フルーメンそのものであったな。私達ニャ族がその姿を堪能させてもらった」
「な、なんと……それは、我も見たかった。いやそれよりも――」
ルーガルは起き上がると、ソルの元へと駆け寄る。
そして、そのままスライディング土下座をした。
「お、おい、どした?」
族長たるもののその姿にソルも引き気味だった。
「申し訳ない、ソル殿。約束を反故にし、みなで貴殿に向かったと聞いた」
「血気盛んな連中で困ったもんだ。だが、族長のために奮起したとあればそれもまた素晴らしいことだ。族長として喜ぶべきことだと思うがな」
「ありがたいお言葉だが、時と場合を考えろということを、改めて我からも徹底しよう。神獣フルーメンの使徒の言葉でもあると」
やめてくれ、とソルはルーガルに手を振ると、ルナの側へと来る。
「さすがですね。お疲れ様でした」
「治癒、すまんな。余計な消費をさせた」
「全然です」
「ニャ族とやる前に魔法使って大丈夫なのか?」
「まぁスキルは体力消費ですし、問題ありません」
「そうか。お前の逃げっぷり、楽しみにしてるぞ」
ソルがそう言うとルナは目をキラキラさせる。
「何かご褒美はありますか?」
かなり不利な状況であることは否めない。
それならば頑張れるだけのニンジンをぶら下げてやるべきか。
「褒美か……まぁ考えておく。勝てたらな」
「任せてください!」
具体的に何か、とも言っていないにも関わらずルナはやる気になった。
ソルはルナの背中を叩いて送り出しながら、これは変な褒美はやれないなと思うのだった。
ルナのハコ渡り追いかけっこは中々の激戦を繰り広げた。
それもそうだ。反撃はせず、ひたすらニャ族10人から逃げ回るのだ。
ソルの勝負と違って、数が減っていかないのである。
その状況でルナは頑張っていた。
指輪でソルの体力を使ってもいない。
捕まえられずに、ニャ族を上手い具合に翻弄している。
ハコ渡りをじっくり客観的に見たのはソルもこれが初めてだった。
瞬間移動的に便利なものだと考えていたが、見ているとある程度の制約があることがよくわかった。
それをニャ族に気付かれてしまえば、この勝負はルナの負けになるだろう。
ニャ族の中の1人が、いい動きをしている。
迫っては逃げられてはルナの動きを観察している。
これは、気付くかもしれない。
ルナのハコ渡りは、推進力が関係している。
推進力が働いている方向にしか、ハコ渡りは使えない、と思われる。
前に進む、後ろに下がる、横に跳ぶ、斜めに飛ぶ。
その動作が起点となり発動したハコ渡りは、その推進力の方向に結果をもたらす。
そしてハコ渡りは、その推進力の先に障害物があるとその障害物を超えて移動することは出来ない。
これがソルの見立てのハコ渡りの制約だ。
約束の5分が経過しようとするところで、一目置いていたニャ族が仲間に指示を出してルナの逃げ道を限定させる。
ルナがそこに誘い込まれるようにハコ渡りで移動する。
しかし、その軌道の先に指示を出したニャ族の女が立ち塞がった。
案の定、ルナはその女の目の前に姿を現す。
「惜しかったな!」
ニャ族の女はルナに手を伸ばすが、その瞬間、ルナが消えた。
「なっ!?」
5分経過。
「ルナの勝ちだな」
隣で見ていたターニャに確認すると、ターニャはソルへと頷き返す。
「しかし、ルナ殿はどこに?」
周囲のニャ族同様、ターニャも周りをキョロキョロと見渡していた。
「迎えに行ってくるさ」
「迎え?」
ターニャの疑問へ答えるように、ソルはルナが消えた場所に向かい、そこで大きく屈伸をすると、周囲に砂煙を巻き上げながら、上空へ跳んだ。
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