第37話 禁忌の魔装具7

「待たせたな」


 訓練場の中で軽くニャトスの相手をしていると、ターニャが入り口から大きな声をかけてきた。

 訓練場は広かった。ダイバスの自警団はかなりの規模なのか、ウェステリアのギルドの訓練場よりも広かった。


 そしてターニャの後ろから入ってきたのがガル族なのだろう。

 ガタイがよく、明らかにパワー系のオーラを纏っているが――


「おいおいおいおい……」


 次から次に訓練場に入ってくる。

 ソルはてっきりガル族にもニャ族の三傑のような存在がいて、絞られた精鋭が来るのだと思っていた。


「何人いるんだよこれ」

「ガル族が50人、ニャ族が10人だ」

「ニャ族はルナの相手だろ?」

「えぇ!? 10人――つまり10回追いかけっこなんて正気ですか!?」

「お前の方は、お前が逃げる側でその他全員鬼でいいんじゃねぇの?」

「あ、それなら楽ですね。でも私の勝利条件決めてくださいよ。延々と逃げ続けるのは無理です」

「ターニャ、いい案はあるか?」

「そうだな……確かにルナ殿に逃げ役を任せるのがいいだろう。ルナ殿の勝利条件は、5分逃げ切ることでどうだろうか?」


 振り返り、ニャ族の戦士達に呼び掛けるターニャ。

 異論は上がらない。

 むしろ「10人で囲むなら1分でやれる」と言った挑戦的な空気すら出ている。

 ルナからしたら5分間全力疾走するようなもんだから1分で終わらせられるなら終わらせてやってほしいところだ。


「5分ですか。限界を超えなくてはいけませんね」

「いけそうか?」


 ルナを見やると、身体をぶるりと震わせた。


「そんないい声で言わないでください。多分イッちゃいます。優しく介抱してくださいね」


 ソルに向けて科をつくって笑い掛けるが、何故科をつくるのかソルはわからない。


「いけそうにないなら、俺のを使えばいい」

「ソルさんの使ったら絶対いけちゃいますんで使いません」

「その噛み合ってるようで噛み合ってないイチャつき合いが羨ましい」


 ソルとルナのすぐそばで、ニャトスが物欲しそうに二人を見ていた。


「イチャついてなんかいないだろ。そんなことより、ガル族の50人、どうすりゃあいいさ?」


 ソルがそう言うと、ガル族の代表なのか、1人の男が前へ出てくると跪いた。


「我はガル族の族長、ルーガル。神獣フルーメンの使徒よ、胸を借りる」

「神獣フルーメンの使徒? なんだそりゃ?」

「すまないソル殿。貴殿の凄さを伝えるために私が言ったのだ」

「神獣フルーメンって獣族の神みたいなもんだろ? そんな大事なものの使徒がヒューム族なんて許されるのか?」

「ソル殿の強さを知れば、誰も文句は言えないさ。圧倒的なまでのスピードと力。私は死を覚悟した瞬間にソル殿に救われたが、あの姿はまさに神獣フルーメンだと感じたものだ」


 とターニャは言っているが、それはつまり、まだソルの実力を知らない連中の中にはその『神獣の使徒』という呼び名に不満を抱えている奴らがいるということだ。

 やたら険悪なオーラを宿している奴らが何人かいるとは思ったが、そういうことか。


「ルーガル……さんとやら、それで50人、どうやって相手すりゃいい? 一人ひとりやるのか?」


 それでも構わないと言えば構わない。

 1人1分でやれば1時間はかからないのだから。


「一人ひとり、対峙いただけると?」

「魔法なしと考えていいならな。身体強化はOKだ。それでいいなら、俺からは3発だ。3発目で仕留めるから、それまでに存分に力を見せてくれ」


 3発。

 その言葉にガル族の空気が一斉に黒くなる。

 甘くみるな、ふざけるなと、そんな呟きも聞こえてくる。


「煽りますね、ソルさん」

「悪気はなかったんだが、失礼なことを言った、すまん」

「いえ、竜喰らいを成し遂げた方の目に映る我々がその程度ということ。精進し甲斐がある」


 族長と言うだけあって、ルーガルは落ち着いていた。


「では、我がガル族の序列の順に胸を借りる」

「50位まであるのか?」

「族長の我の他は、10位までだ」

「なるほど。じゃあ10位までは3発、そこからは複数名同時で来てくれて構わない。ただ、1発で終わらせるかもしれない」

「お任せする。では、早速、我からお願いしよう」

「あぁ、いつでもいいぜ」


 距離を取り、向かい合う。

 戦闘種族、しかもその族長と言うだけあって発せられる闘気の練度が一級品だ。


 地竜ともいい勝負にはなる。

 いや、勝てるかもしれない。

 そんなことを考えていると、ルーガルが足を踏み出した。


 速い。

 間合いが一瞬にして詰まる。

 巨岩のようなプレッシャーを放ちながら撃たれた右拳を半身になりかながら避け、バックステップで少し距離をとる。

 間合いを開けさせまいと立て続けに左脚の蹴りが飛んでくるが、それに合わせて肘鉄を脛へと喰らわせる。


 1発目。

 硬い感触と割れる音がした。

 脛当てが壊れたのだろう。


 しかし、その程度で済んだのはルーガルが蹴りを防がれるとわかった瞬間に次への予備動作に力を回したからだ。

 蹴りを飛ばした脚は即座に引かれ、そのままの勢いでくるりと回転すると裏拳がソルの顔に迫るが、膝の力を抜いてかがんで避ける。


「もらった!」


 それを見越してルーガルが、右拳をかがんだソル目掛けて振り下ろ――せなかった。


「がはっ」


 ソルの右拳が、ルーガルの鳩尾を突いたのだ。

 まずいと思ったのか、ルーガルは即座にバックステップで距離を取る。

 しかし、逃さない。

 次が3発目。

 かがんだ態勢から跳ねるようにルーガルへと飛んだソルは、そのままの勢いで前蹴りをルーガルの腹に喰らわせた。


 訓練場の端まで吹き飛び、壁に激突するルーガル。

 意識は最早、飛んでいた。




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