第35話 禁忌の魔装具5

『期待するな』


 ソルのその言葉をルナは十二分に理解していたつもりだった。

 蘇生の指輪と言われたわけではないのだから、蘇生の指輪そのものとは思っていなかった。


 生命転置の指輪であろうことも想像はついていた。

 条件付きで人を蘇生するということで考え得る制約といえば他者――自身の命と引き換えというのがお決まりのパターンだろうと思っていたのだ。


「まさか縁者縛りで来るなんて、考えが浅かったですね……」


 屋敷の屋上テラスに出て、熱い陽射しと乾燥した風を受けながら溜息を吐く。

 ルナには縁者はいない。

 妹だけが最後の縁者だったからだ。


「世の中うまくいかないものですね。まぁ仕切り直しです……お姉ちゃん、頑張るからね」


 亡き妹への誓いを再度立て、改めて覚悟を決めて顔を上げた。

 先程までは恐らく絶望感溢れる顔をしていたはずだ。

 ソルを心配させてしまったことだろう。

 ルナは深呼吸すると、両頬を叩き、来た道を戻ろうと振り返った。


「貰っといたぞ」

「なっ――」


 ソルが小箱を摘みながらテラスの出入り口に寄りかかっていた。


「何で貰っちゃったんですか! 使えないんですから返しましょう?」

「俺じゃダメなのか?」

「何ですかいきなりプロポーズですか? 婚約指輪にするつもりですか」

「違ぇわ。転置元の命だよ」

「説明書きを読まなかったんですか? 縁者じゃないと――」

「魔力で判断してんだろ? なら、お前の魔力を使う俺はお前と双子みたいなもんじゃねぇのか?」


 その発想はなかった。

 ルナはソルの発想に思考を巡らそうとしたがすぐに止める。


「だとしてもです。それだとソルさんの命をいただくことになります。それだけは絶対に出来ません。だからどの道使いませんからね」

「俺の目的は邪竜討伐だ」

「昨日聞きました」

「それを成し遂げたあとであれば、この命、お前にくれてやる」


 ソルはルナに命を捧げると宣言した。

 それも平然と。全くその言葉に躊躇いは見えない。


「何を言ってるんですか」

「言葉通りだよ。俺が生きる目的は、邪竜アイツを殺すことだけだ。それが終われば。もういいのさ」

「やめてください」


 ルナはソルと短い期間だが旅をした。

 人となりを知っているし、自分の姿も見せてきた。

 そして少なからずソルの中に自分という存在が刻まれているのではないかと期待していた。

 しかし、ソルはそんなルナを置いて勝手に命を捧げると言う。


「お前の大事な人なんだろう? なら俺は――」

「ソルさんも大事です! だからやめてください! そんなこと言うのは!」


 思わず語気が強くなってしまった。

 しかし事実だ。

 ソルは恩人であり、その命を利用しようなどとは露程も思わない。

 だからこそ、そんなことを許可すると思われていたことがルナにとっては心外だった。


「ソルさんは大事な仲間です。ソルさんは、もし仲間に生贄に捧げてくれと言われても平気ですか? それとも、ソルさんにとって私は仲間でも何でもないということですか?」

「……すまん」


 ソルも流石に自分の過ちに気付いたかのか、その顔に楽観的な色はない。

 しかし、ルナの憤りはおさまらない。


「そのすまんはどっちですか!? 仲間でも何でもないからすまんなんですか!?」

「お前は俺の仲間だ。デリカシーに欠ける発言だった」

「……ただの仲間ですか?」


 これはただのルナの意地だった。

 自分は『大事な仲間』と言ったにも関わらず、ソルはただ『仲間』で済ませようとしている。

 何としても言わせたい。


「仲間だよ。俺の仲間だ」

「ソルさんの、ただの、仲間ですか。そうですかそうですか。ただの仲間なんですね。そんなもんですか」


 自分が面倒くさい状態に陥っていることはわかっている。

 ソルの顔が戸惑っているから。


「……仲間はみんな大事だ」

「みんなって誰ですか。パーティ組んでる人、みんなって言うほどいませんよね?」


 言っていて嫌になる。

 すごく性格の悪い女だ。

 一時的にパーティを組んだターニャやニャトスを指してみんなと言っているのかもしれない。


「どうしたんだよ」

「……何でもないです」


 虚しくなってきてソルの脇を通り過ぎようと歩を速める。

 ちょうどその瞬間、


「大事な仲間だよ。お前は、ルナは、俺の大事な仲間だ」


 ソルの手が、ルナの頭の上にポンと置かれる。


「だから諦めずに探そうな。これは返してくる」

「……わかればいいんです。もっと早くわかってくださいよ」

「すまん」


 偉そうにワガママを言っているのはルナだ。

 にも関わらずソルはそれを受け止める。

 いつもならバッサリ一蹴されるはずなのに。

 口が多少悪かろうが、優しい人であることがそれだけでも十二分に理解出来てしまう。


「頭ポンポンしないでください」

「あぁ、すまん」

「子供じゃないんですからね」

「あぁ、すまん」


 ソルの手がルナの頭から離れようとするが、ルナはその手を掴んだ。


「違います、ポンポンするんじゃなくて撫でてください。愛おしい存在でしょ?」

「……」

「ほら、早く。愛を持って撫でてください」

「ったく、今日だけだからな」


 そう言って、ソルはルナの頭を優しく撫でた。

 そしてルナは満足そうに言う。


「ソルさんの愛撫、気持ちいいです」

「言い方な!?」


 結局ぺシンと叩かれてしまったが、ルナにとってはそれもまた嬉しく思えるのだった。


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