第34話 禁忌の魔装具4
翌朝。
水浴びを済ませた後、運ばれてきた朝食をゆっくりと摂って、食後のお茶を飲みながらソルとルナはニャラーダが部屋に来るのを待つ。
約束の魔装具の確認だ。
「それにしても、あんなロマンチックな部屋で美女と一晩二人きりだったのに何で平然としてるんですか?」
「平然? 気持ちよさそうにしてる美女をじっくり見るのも悪くなかったぞ」
「それはもう、気持ちよすぎて意識があっという間に飛んじゃいました。って舐め回すように見てたんですか!? いやらしい!!」
「嘘だよ」
じっくりは見ていない。
気持ちよさそうに寝ている頰をつついただけだ。
いやらしいと言われる程には見ていない。
「何で見ないんですか!」
なのに何故怒られるのか意味がわからない。
いっそのことからかうか。
「水浴びしている姿は中々のもんだったぞ」
「ってそっちを見てたんですか!? 最低です!!」
見たら見たでこうして怒るのだろう。
面倒くさい。
「嘘に決まってるだろ」
「何で見ないんですか!」
情緒不安定か。
言ってることがめちゃくちゃなルナだが、どうやら平常運転に戻ったようだ。
そうこうしているうちに、部屋の扉がノックされる。
「おはようございます、ソル様、ルナ様」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます」
「昨夜はお楽しみでしたかね」
「はい、たんまりと」
「ぶっ」
ソルは思わず噴き出した。
何を言ってるんだこいつらは。
「言っておくが、俺とルナはそういうんじゃないからな」
「わざわざ訂正しなくていいじゃないですかー」
「むむ、そうなのですか? ニャトスからそう聞いていたのですが」
あのおっさんめ。余計なことを。
せっかくのふかふかベッドで寝られる機会を奪ったのはあいつか。
「お二人の仲睦まじい姿を見て、私もてっきりそうなのかと。竜喰らいの英雄達の子孫の種が芽吹く場所として宣伝も出来ると思っていたのですが」
「そりゃ残念だったな」
「そうですね、種を蒔かずに愛だけが芽吹いたということにしておいてください」
「わかりました、そうします」
「って芽吹いてねぇけどな」
一体何の宣伝になるというのか。
ここはニャラーダの屋敷と思っていたが、ただの高級な宿なのかもしれない。
「それで、魔装具の件だが」
「はい、昨夜から今朝にかけて、ガル族とキー族の了承をとってきました。お二人がお望みであらば差し上げます。どの道、我々が持っていても使ってはいけない禁忌の魔装具として保管しておくだけですから」
禁忌の魔装具。
その言葉に、ソルもルナも空気が変わる。
「見せてくれ」
「こちらに」
ニャラーダが二人に差し出したのは見たことのあるような小箱。
その表面には『生命転置の指輪』とあった。
ルナがソルを見るが、ソルはルナに開けるよう頷く。
開けた小箱には案の定というか、指輪が3つ収まっていた。
小箱の蓋の裏にも互換の指輪と同じように説明が記載されているようで。
ルナはそれを凝視し、そして膝から崩れ落ちた。
「そんな……」
明らかに求めていたものではない様子のルナの手にある小箱をソルは拾い上げる。
名前と形態からして、ろくなものではないことがわかる。
説明書きに目を通す。
『生命転置を望む者よ。これは死者に生命を転置する魔法を込めた指輪であり、純粋な蘇生ではないことに留意されたし。1つを魔法の使用者に、1つを転置先の対象者に、1つは転置元の対象者に装着すること。転置先の対象者は死後一日を経過しないこと。また、転置元の対象者と転置先の対象者は魔法の使用者との縁者であることを要す。なお、この指輪は一度きりの発動である点、留意願う』
「なんだこれは」
使用方法が極めて限定的だ。
失われた命を取り戻すためには、誰かの命を代わりに捧げなくてはならない。
しかも、身内の命を。
確かに禁忌と言われるだけはある。
「血族延命のための魔法です」
ニャラーダが説明を始める。
どうやらこの魔法は、例えば子が死んだ場合、祖父母や親など、親族の誰かが自らの命を犠牲にして子を蘇生するものらしい。
愛する子を失った者は血が途絶える。
子が一人だけの家族はそうなることだろう。
それを避けるための禁忌の魔法とのことだ。
血が繋がっていなくても親子である、という概念はこの指輪には通じない。
縁者足り得ないからだ。
だが――
「指輪をつけるだけで縁者かどうかなんてわかるのか? 針でもついてて血を抜かれるとか?」
「いえ、嵌めるだけで大丈夫なのです。魔力を感知する仕組みのようです」
なるほどな。
縁者であれば魔力も同質なのだろう。
ソルは魔力のことはわからないが、そういうもんなのだろうと思う。
「これは……いただけません。いただいても、使えませんので。少し、外の空気を吸ってきますね」
ルナは声を振り絞る。
そして立ち上がると、暗い表情のまま、部屋を出た。
ソルはその背を見送ることしか出来なかった。
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