第33話 禁忌の魔装具3

 豪奢な飾り付けがされた寝室に通される。

 ベッドも大きく、天蓋がついている。

 窓の外にはテラスもあり、そこからはダイバスの街が一望できる。

 高台にあるこの建物が来賓対応に使われるものなのだろう。

 かなりの客として対応されているのがよくわかった。


「だが何でベッドが1つなんだよ」

「そういう風に見えるってことですよ。よかったですね。ついにこの日が来ましたよ?」


 ルナがニヤケ面でソルを見る。


「何の日だよ……ったく、ベッドはお前が使え。俺はソファで寝る」

「別に私は構いませんよ? 魔術師を目指すソルさんが私に手を出すことはないでしょうし」


 そんなことはわからんだろうに。


「出したらどうすんだよ」

「あ、出したいんです? そうですかぁ。いやぁ〜照れますねぇ」


 その顔には拒絶の表情はない。

 いつもならこの手の話題にソルが興味を持つような反応を示した時は『気持ち悪い』と一蹴のルナだが、明日確認できる指輪の件もあって思考がおかしいようだ。

 ソルはルナを無視してソファに横になると目を瞑ろうとする。

 そんなソルの傍に、ルナが腰を下ろした。


「なんだよ」

「ソルさんの、最終目的は何ですか? 互換の指輪は通過点ですよね」


 その声音に冷やかしの空気はない。

 真面目な時のルナの声だ。


「聞いてどうする」

「ソルさんがその目的を達成するまで、ご一緒しますから安心してください」


 条件付きの魔装具の代償が自身の死であることを覚悟している。

 そしてルナの死によってソルが魔法を使えなくなるということまでも懸念している。


「お前はそれでいいのか?」

「いいんです。ソルさんに恩を、いえ、借りを返してからでも遅くないので」

「すでに互換の指輪を手に入れて、借りを作っているのは俺の方だ」

「それじゃ割に合わないくらいの借りがあるんですよ、私」

「なんだ? ボッチを卒業させてやったからか?」

「ふふっ。それもありますね。私、返しきれますかね」


 普段なら膨れて絡んでくるところだ。

 しかし、ルナは穏やかに笑っていた。

 そんなルナをこれ以上からかう気はなくなっていた。


「よくわからんが、お前がそう言ってくれるならありがたいが……」

「が?」

「俺の目的はな、邪竜討伐なんだよ」


 ソルは魔法が使えるようになれば1人ででも立ち向かう気だった。

 魔法さえ使えれば自分でも一矢報いることが出来る。

 それだけの自信もあった。


「邪竜……古竜デスペラティオですか?」

「そうだ」


 ルナが一瞬目を丸くするが、すぐに元の穏やかな表情に戻る。


 古竜デスペラティオ。

 人はそれを邪竜と呼んだ。


 遥か古より生きる最古の竜のうちの一体。

 そして最強と呼ばれる竜の一体でもある。

 吐く炎は黒炎。対象が炭と化すまで燃え続ける。

 デスペラティオが過ぎ去った後には絶望しか残らないとさえ言われている。


 ソルはそんな邪竜を討伐しようというのだ。


「なるほど。確かにそれは魔法が必要ですね。ソルさんが魔法に拘る理由に納得です」

「ついてくる気が失せるだろ?」

「いやぁ失せませんけど……勝てるんですか?」

「勝つ」

「ならついていきます」

「お前なぁ……」


 あっけらかんと同行を即決するルナに、ソルが逆に呆れてしまう。


「勝つんだから、ついて行っても問題ないじゃないですか」

「そりゃそうだがな」

「ほら、問題ない……」


 ルナの声が小さくなっていく。

 顔を覗き込んで見ればすぅすぅと寝息を立てている。

 座ったまま寝ているのだ。


 地竜を倒してからここまで確かに強行軍だった。

 魔物に襲われる心配もないストレスない環境、しかも腹一杯となれば眠気も訪れる。

 とはいえ座ったまま寝るかと。


 ソルは起こさないようにソファから起き上がると、ゆっくりとルナを抱えてベッドに運ぶ。

 慎重に。慎重に。


 ここで目を覚ましたら何を言われるかわかったもんじゃない。

 ソルは最善の注意を払ってルナをベッドに寝かせると、その背から自身の腕をそっと引き抜こうと逆の手でルナの肩を支える。

 ルナの鼻息が荒い。


「お前、起きてるな?」

「あぁんバレちゃいましたー! ソルさんが私にハァハァする瞬間が楽しみだったのにー!」


 目を開けてルナは悔しそうベッドの上で手足をジタバタとさせる。

 勢いよく腕を引き抜くと、ベッドにドンとルナの背が落ちる。


「うぅ……もっと優しく――」

「とっとと寝ろ」

「ふぁい……」


 朧げな返事をすると、ルナはすぐに寝息を立てる。

 また狸寝入りかと思って頰を突くが、反応はない。


「ったく……油断しすぎだ」


 外的刺激に目を覚さない。

 それだけ安心しているということだ。

 通常時であれば冒険者として由々しき事態ではあるが、今日くらいはソルもそこまで厳しくしようとは思わなかった。


 そうしてルナが寝入ったのを確認すると、ソルは再びソファに横になるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る