第28話 大地の覇者6
ソル達はセーフポイントから早く離れ、ニャトスが下に降りたというところに向かうため崖の通路を走った。
余計な体力を使わせるわけにはいかなかったからソルはルナを抱えている。
「何で今回はお姫様抱っこなんです?」
「……こっちの方が運びやすいからな」
「あれぇ? 前はおんぶの方がって言ってませんでしたぁ?」
覚えていたか。
そうなのだ。
出会った頃にルナを運んだ時は確かに背負う形だった。
しかし、ニーニャを助けた騒動の時、勢いでルナを抱えたあの時に、真っ直ぐ進むだけならこの形の方が運びやすいことに気づいてしまったのだ。
「時と場合によるんだよ」
「まぁそういうことにしておいてあげます」
時と場合はってのは事実なんだがな。
だが無駄に言い合う必要もない。
ソルは黙ってルナの偉そうな態度を受け入れる。
「く……羨ましい……俺もターニャと……」
隣で何か言ってる奴がいるが無視。
「ルナ」
「はい」
「絶対に前に出てくるなよ。怪我をした時だけ、お前を頼る。それ以外は下がっていろ。もしお前に攻撃が向いたなら、迷わずハコ渡りで距離を取れ。お前のハコ渡りなら竜からも逃げられる。指輪も絶対に使え」
「ですが――」
「頼む。もう仲間を失いたくはない」
こんなことを言おうものなら、普段のルナなら絶対にからかってくる。
しかし、今は流石にそんな状況じゃないとわかっているのか、
「……わかりました」
と素直に頷いた。
「ニャトス、どれだけ戦える? ターニャとどちらが強い?」
「俺だ。側近の中では1番だ」
「竜の攻撃を捌ける自信は?」
「防御は無理だ。回避するか、剣で逸らすかのどちらかだ。俺も力はある方だが、成竜の爪を剣で受けたとしても吹っ飛ばされるだろうな」
「わかった」
ソルも竜と戦うのは初めてだ。
竜の薙ぎ払いを受け止められるかどうかはわからない。
わからない場合は、避けた方がいいだろう。
「魔法は何か使えるか?」
「残念ながら。魔力で身体強化と剣への魔力付与だけだ」
「十分だ」
魔力を身体に纏わせ、その魔力を練り続ける身体強化。
そうすることで身体能力は大幅に向上するという。
武器に魔力を付与することで竜のように魔力防御を使う相手へダメージを通す魔力付与。
魔力を扱う上での基本だ。
ソルも今や指輪のおかげで使えるのだが、なるべく使わないようにしている。
その力は借り物でしかないからだ。
当然のように使い続ければ、使えなくなった時のリスクが大き過ぎる。
「ここだ」
ニャトスが立ち止まり、ソル達に警戒を促す。
確かに足場が崩れており、5〜6人通れる通路が1人通れるかどうかといった状態になっていた。
「下がってろ」
ソルはルナを下ろすと、剣を抜いてルナを壁際まで下がらせる。
ニャトスと共に、崖の際までゆっくりと進み、崖下を覗き込む。
まだ夜中のため、その深淵は闇に包まれて見えない。
ただかなりの深さがあることはわかる。
所々に岩が出っ張っており、ニャトスは恐らくそれを伝って上り下りしたのだろう。
ニャトスの血の痕と思われるものも見えた。
「ニャトスがここまで戻って来れたというのは謎だな。幼竜を叩き落としてから、どれくらいで上がってきたんだ?」
「1時間くらいだろうか」
「なら親が追いかけて来ていても不思議じゃない」
「あぁ。だから俺もターニャとソル殿が来てくれた時、すぐにセーフポイントへ戻したかったんだ」
何が起きているのか。
可能性としては成竜が傍にいなかった、ということ。
ただその場合、幼竜は巣から出ない。
幼竜が出歩くということは、近くに成竜がいるのが基本だ。
その時、進行方向の先の方から竜のものと思われる咆哮と地響き、そして微かな剣戟が聞こえて来た。
「ラッキーだったな。どうやらニャトスの他に、狙われてる奴がいたらしい」
ソル達は音のした方へと進んだ。
ルナは一定の距離をとって後ろをついてくる。
崖伝いにゆっくりと歩を進め、角になっているところから、先を覗き込む。
「いた」
ソルの目の先には、通路というよりも広場という感じに広がった空間、そして人だったと思われる肉片を喰い千切っている大きな地竜。
羽はなく、トカゲというよりもイグアナを巨大化させたような姿。
しかしその数は――
「3体……」
「ソル殿、今からでも遅くない、セーフポイントへ」
「今更だ。バレたぞ」
3体のうちの1体が鼻をぴくつかせ、ソル達の方へ顔を向けた。
ソルは駆け出した。
残りの2体が気付いて態勢を整える前にこの1体を屠る。
ソルの姿を見つけ咆哮をあげようと口を開いたその時、ソルは水弾を放つ。
地竜の顎門に頭と同じくらいの水弾が飛び込む。
水弾は勢いのまま地竜の顎を裂く。
地竜は地に伏すとそのまま動かない。
残りの2体がすぐに異常に気づき咆哮をあげながらソルを敵と認識した。
2体が近くにいるのであればお互いの攻撃が当たりかねない。
ならばとソルは距離を詰めて剣を振るう。
その剣は竜の牙で防がれたが、防がれた剣を軸に体重移動し、そのまま顔面目掛けて脚刃で蹴り上げる。
鼻先を掠め、肉片が飛んだ。
痛みに怒りの咆哮をあげた地竜は、蹴りの勢いのまま身体が宙に浮いているソル目掛け尾が振るう。
完全にもう1体を巻き込む軌道だったが、お構いなし。
ソルは身体を捻ってそれを避けると、もう1体の竜は跳躍して避ける。
跳躍して避けた1体が崖下にそのまま飛び込んだかと思うと、反対側の崖にトカゲのように張り付き、間合いを取った。
崖は崩れることもなく竜の巨躯を支えている。
竜の手脚には薄らと魔力の光が伴っていた。
「さすが竜といったところか」
魔法を柔軟に行使する魔物の最上位たるものが竜だ。
物理も魔法も長けた暴虐の限りを尽くす存在。
人にとっては災害と変わりなかった。
崖壁の地竜が石弾をソルに放つが、それはニャトスによって叩き落とされた。
それを見た地竜はいくつも石弾を放つが、ニャトスは恐るべき剣捌きでその石弾を全て弾いた。
「無理するなよ」
「これくらいなら、何てことない」
「すぐに終わらす、堪えてろ」
「承知」
ソルは対峙した竜の懐へと突っ込む。
しかし、間合いを詰めさせまいと地竜も手脚を薙ぎ、跳躍すると壁に張り付き、頭上から石弾を振らせてくる。
ソルは水盾を使いそれらを弾く。
「魔法を使えるのはお前らだけじゃねぇんだよ」
ソルは回し蹴りで水刃を放ち、地竜を真っ二つに切り裂く。
しかし水刃の威力は止まらず崖を抉って崩れた岩が落ちて来た。
「やべっ」
巻き添えとならぬよう、脇へ跳躍したその時、ソルのいた場所に巨大な岩が背後から飛んできて、崖壁に埋まる。
「ニャトスさん!」
ルナの叫び声に背後を見ればそこにいたはずのニャトスはいない。
地竜の放った巨岩に巻き込まれたようだった。
「ちっ」
すぐさま、巨岩の脇から水弾を放ち、巨岩を割る。
巨岩と壁に押し潰され、全身血だらけのニャトスがそこにいた。
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