第27話 大地の覇者5

「本当に助かった。感謝する」


 肉をたいらげ、ようやく顔色も落ち着き始めたニャトスはソルとルナに頭を下げる。

 2人は頭を下げるニャトスを制すると、本題に入る。


「何があった?」

地竜アースドラゴンだ」

「「地竜だと?!」」


 ターニャとソルの声が重なる。

 地中深くの地下を生息地とする地竜。大地の覇者とも呼ばれる存在だ。

 滅多に目撃されることもなく、その存在すら疑わしいと言われる竜の一種だ。


「どこでだ? この層か?」

「いや、もっと下だ」

「何で下へ? ニーニャが下にいる可能性なんて低いとは思わなかったのか?」

「先に進めばわかるが、通路が一部損壊していた。そこから落下でもしたんじゃないかと不安になったんだ」

「その傷でよく上がってこれたな」

「死を覚悟したさ。下に降りた時は特に人の痕跡がなかったからすぐに上がった。しかし、登り始めて少し経ったところで崖下から地竜が壁を登ってきて俺の左脚に喰らいついた。住処を荒らされたと思わせたのかもしれない。喰われまいと何とか目ん玉に俺の曲刀をぶっ刺したが、俺の左脚を道連れに崖下に地竜は落ちて行った。そこからは、再び地竜が崖を登ってこないかヒヤヒヤだったさ」


 ニャトスが曲刀をトントンと叩く。

 ターニャの曲刀よりもだいぶ長さのある大きめのものだ。

 これがあったから左脚を失っても杖代わりに歩いて来れたのだろう。


「地竜の大きさは?」

「俺の左脚が口の中にすっぽり収まるくらいの頭だった」

「……地竜の幼竜か」

「だと思われる」

「そうすると、ヤバいかもな」

「やはりそうか」


 ソルとニャトスが話し込んでいる脇で、ルナの顔に疑問符が張り付いている。

 何がヤバいのか、という話がわかっていないのだろう。

 ソルはルナに顔を向けると、説明した。


「1つは地竜に匂いを覚えられていること。そしてもう1つが幼竜を傷つけたこと。竜は子が成竜になれば子離れするが、幼竜の時はベッタリだ。傷つけられようものなら、親が出てくる」

「まさにモンスターペアレンツというやつですね」

「冗談を言ってる場合じゃない。ターニャ、ニーニャとルナをこのセーフポイントから絶対に出すな。ニーニャはニャトスとベッタリくっついていたから霧洗浄をかける。いや、ターニャとルナ、二人にもかける」

「え? え?」


 未だに状況が飲み込めてないルナ。

 しかし、ターニャは理解したようだ。


「俺はここまでだ、ターニャ。すまない。最期にお前に会えてよかった。ニーニャ様も、お元気で」

「ニャトス……」

「ニャトス、なんで? なんで?」


 ニャトスがターニャとニーニャに別れの言葉を告げ、ニーニャを抱きしめる。

 地竜に狙われるということは、そういうことだ。


「ソルさんとニャトスさんは、地竜と戦うということですか?」

「ソル殿、貴殿もターニャ達と共に事が終わるまでここに。巻き添えにするわけにはいかない」

「少し前までなら勝ち目もないし、そうしただろう。だが、今は違う」


 ソルの言葉にニャトスは目を見開く。


「貴殿、勝つ気か? 正気か?」

「俺はいつでも正気さ」

「なら私もご一緒します」


 ルナがソルとニャトスの間に割り込む。


「おま――」

「私は治癒術師です。私がいるのといないのとでは天と地ほどの差があると思いませんか?」


 それは確かにその通りだ。

 負傷すれば致命的な敗因になりかねない。

 それが治癒で治れば戦況はリセットできる。

 しかし――


「……本当に死ぬかもしれないんだぞ?」

「死にませんよ」

「何でだよ」

「ソルさんが勝つって言ってるからです」


 ソルの勝利を信じて疑わないルナの真っ直ぐな目を見て、所在なげに頭をかくと、ニャトスが口笛を吹いた。


「ソル殿、貴殿は幸せ者だな。こんなにも信じてくれる恋人がいるとは」

「恋人じゃねぇから」

「む、そうなのか? てっきりそうだと」

「もっと言ってやってくださいニャトスさん。この人、絶対に認めないんですよ」

「違うもんは認めようがねぇだろ」

「ほら」

「なるほど、よくわかった。命に代えても、お二人だけは死なさぬようにしよう」


 ニャトスが笑顔で胸を叩くが、そんな一人死ぬ気のニャトスをソルは許さない。


「ニャトス、お前も生きるんだ。ターニャが待ってるんだからな」

「そうですよ、ニャトスさん」

「そ、そうなのか? ターニャ、ついに俺の気持ちが?」


 ニャトスの期待に満ちた視線がターニャに向けられる。

 その視線にターニャも気づいたが、思わず顔を逸らした。


「し、知らん! だが……お前には生きてほしい。ニーニャ様の未来を、共にお前と見守りたいとは思っている」


 決してニャトスの想いが通じたわけではないのだろう。

 しかし、前進したことは間違いなさそうだ。

 ただこれだけのことで、ニャトスは俄然やる気を出した。


「ソル殿、俺は死ねなくなった。何でもする。だから、力を貸して欲しい」

「そのつもりだよ」


 覚悟を決めたのか、ニャトスはターニャに向き直る。


「ターニャ!」

「な、なんだ」

「生きて帰る。生きて帰るから、ダイバスに戻ったら、俺と番おう」

「な!? 何をバカなことを言ってるんだ貴様!?」

「俺は本気だ。必ず、生きて帰るから。少しの間、ニーニャ様を頼む」

「く……わかった。番う云々は承知しないが、貴様が帰ってくるのは、待っている」


 ニャトスは『わかった、待っている』としか聞こえていないのではないかというくらい喜びを噛み締めて気合いを入れている。


「よし、じゃあ行くぞ」


 ターニャとニーニャに霧洗浄と乾燥をかけニャトスの匂いを消すと、ソル達3人は早々にセーフポイントを後にした。

 大地の覇者と呼ばれる地竜と対峙し、勝利するために。

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