第26話 大地の覇者4

 3人が寝静まって数時間経った頃。

 微かに砂利を擦る音がする。


 ソルは目を開くと立ち上がる。

 ターニャも耳をピクリと動かし、ニーニャを起こさないように起き上がるとソルの傍に来る。


「凄いな。獣族の私と同じタイミングで気付くとは」

「旅した期間が長いもんでね。異変には敏感なんだ」

「素晴らしく頼もしい限りだな」

「ここはセーフポイントと言ったな?」

「そうだ。魔物は近づかないし、侵入もして来れないはず」

「なら何故、お前は起きた?」


 セーフポイントの安全性は、ターニャもソルに訴えていた。

 安全ならそのまま寝ていればよかったのだ。


「魔物ではない可能性もあるからな」


 なるほど。

 人はセーフポイントに自由に出入り出来ると、そういうことか。


 砂利の音は徐々に大きくなる。

 音は進行方向からだ。


「何だと思う?」

「人……だろうな」


 魔物ではないと感じたターニャは魔法で光の球を出した。


「こんなの使えたのか」

「これしか使えないがな。私は夜目がきくが、ソル殿はあった方がいいだろ?」

「まぁないよりはな」


 ソルも冒険生活の中で夜目はきくようになったが、光源がある方が見えるのは間違いない。

 光の魔法に感心していると、ターニャの顔が歪んだ。


「血の匂い……と、これは――!」


 そう言うとターニャはセーフポイントから進行方向の道へ向かって駆け出した。


「ルナ、起きろ、ニーニャを見とけ」

「っ! は、はい!」


 ビクンと一瞬身体を震わせながらも、瞬時に起きてニーニャのそばへルナを走らせ、ソルはターニャを追いかけた。

 通路まで出ると、数十メートル先というところに、人影が2つ。


 1つはターニャ。

 もう1つは同じ獣族の男のようだ。

 しかし、左脚の膝から下がなく、止血はされているのだろうが、血がまだ滴っている。

 ターニャが鬼気迫る表情で叫ぶ。


「ニャトス! 大丈夫か!」

「タ……ターニャ……よかった、もう、会えないかと――」

「バカを言うな! 何があった! まずは手当てだ!」

「ダメだ! セーフポイントへ急げ!」


 ニャトスが叫ぶと、ターニャがソルを見る。

 自分が担ぐよりもソルが担いだ方が速いと判断したのだろう。


「すまない! ソル殿!」

「任せろ。走るぞ、ターニャ」


 ソルはニャトスの傍まで駆け寄り、脚を痛めないように担ぐ。

 セーフポイントを出て、1分もしないやり取り。

 セーフポイントへ戻ると、ルナが驚きの表情で駆け寄ってきた。


「横になってください! 私は治癒術師です!」

「ターニャ……彼らは……?」

「信頼出来る仲間であり恩人だ。だからとりあえず黙って横になれ。ルナ殿、ニャトスの脚はそなたの治癒で治るのか?」


 ターニャに諭されるまま、ニャトスはソルに手伝われながら横になる。


「彼がニャトスさんですか。大丈夫です。治します」

「ニャトス! ニャトス! えっ――」


 ニーニャがニャトスに気づき駆け寄る。

 しかし、ニャトスの脚の状態を見ると、言葉を失い、ターニャにしがみつく。


「ニーニャ様……よくぞ……ご無事で」


 自分の脚のことよりもニーニャが無事だったことが嬉しいのか、その顔は痛みで汗だくながらも、表情は穏やかだった。


「ニャトスさん、脚が『ある』と強く意識してください」

「承知した……」

「いきます。復元リストア


 ルナが手を翳すと、ニャトスの身体が光に包まれる。

 左脚が強く発光すると、失われていた膝から下が元通りにそこに存在していた。


「ふぅ……動きますか?」


 ルナはひと仕事終えたという感じで、先程の緊迫感はもうない。

 ニャトスは恐る恐る、左脚を動かしていた。


「あ……あぁ。動く……」

「ルナ殿! ありがとう! 流石はニーニャ様の恩人だ!」

「ニャトス! よかった! ニャトスー!」


 ターニャにも笑顔が戻り、ニーニャもニャトスの胸に飛び込んでいる。


「失われた血は失ったままですから、まずは栄養補給をしっかりしてくださいね」


 ルナはそう言うと、ハコから肉をドサドサと出す。

 その様子に、ニャトスは開いた口が塞がらない。


「ニャトス! 貴様、恩人に礼も言えぬのか!」

「はっ! すまない。助かった。感謝のしようもない」

「いえ、ご無事でよかったです。さぁ、あちらで食べてください」

「至れり尽くせりで申し訳ない。この恩は別途しっかりと返させていただく」


 焚き火の周囲にターニャと共に腰を下ろし、ニーニャは胡座をかいて座るニャトスの上に乗って戯れている。

 ルナも3人のところに向かい、一緒に肉を焼き始めた。


 獣族の3人がルナへの感謝と尊敬の念を語り続ける中、その様子を見ていたソルだけは、今起きた出来事が衝撃すぎて驚愕のままに立ち尽くしていた。


「復元……しただと?」


 ソルはニャトスの脚の傷を塞ぐだけだと思っていた。

 ソルの知る治癒というものはそういうものだった。失われたものは返ってこない。世界はそういう認識のはずなのだ。

 しかし、今、ルナがしたことはなんだ。

 失ったものが、返ってきた。

 その異常な事態をソルだけが飲み込めずにいた。


「ソルさんも食べます? それとも今のうちに少し横になりますか?」


 ルナが振り返りソルに呼び掛ける。

 その姿がソルの目には神々しく見えた。


「聖女かよ」


 ボソリと呟きながら、ソルはゆっくりとルナの隣へと座る。

 物語の中で神の寵愛を受けた存在として描かれている聖女。

 その心は透き通る程に美しく、慈愛に満ち、世の人々を平等に愛し、神の力でもって怪我や病をなくしていく存在。物語の世界は聖女によって愛で溢れ、締め括られる。


「いや、ないな」


 怪我をなくすことしか該当しない。そもそも神などいないしな。

 目の前で起きた出来事に驚くあまり、思考が飛んでしまったようだ。


「どうしました? あ、お肉より私を食べたい? いや、もう、やめてくださいよ! ニーニャちゃんの前でそんなことダメですよ何言っちゃってるんですかーもー!」


 うん、絶対にない。

 思考の整理が出来てすっきりとしたら、肉の焼けるいい匂いが鼻を掠める。

 ルナの持っている肉を取り上げ齧り付くと、全身に熱が行き渡るかのように、ぼんやりしていた意識がはっきりしてきた。


「あー! 私のお肉ー!」


 腹が減っていたせいで、変なことを考えてしまったんだ。

 そうに違いない。

 取り返そうとしてくるルナの頭を押さえながら意識を切り替える。


「お前、さっきの復元ってやつ、治癒魔法か?」

「へ? えぇ、そうですよ。スキルではないです」

「初めて見た」

「でしょうね。この魔法、魔導書は特になくて、遺跡の魔装具から手に入れた魔法なんですよ」


 なるほど。ルナが前に1つだけ踏破したという遺跡のことだろう。


「代償は?」


 魔装具や魔装具に込められた魔法というのは制約や代償が付き物だ。

 肉体を復元する程のものとなれば、その代償も大きいに違いない。


「それがですね、膨大な魔力を必要とするっていうくらいです」

「お前でも消耗が激しいのか?」

「んーまぁそうなんでしょうね。二十分の一くらいの魔力が減るんですけど、今まで一回の魔法でそこまで持っていかれる魔法はありませんでしたからね」


 いや、全然じゃねぇかよ。

 二十分の一なんて微々たるもの過ぎるだろ。


「でも、この消費が膨大かどうかなんていうのはわからないんですよ。比較対象がいないので、わからないんです。魔装具がしまってあった箱に『膨大な魔力を要す』としか書いてなかったので」


 比較対象がないとはいえ、古代都市の時代に『膨大な魔力を要す』と謳われているものが微々たる魔力で使えるわけがない。

 ルナが改めて尋常じゃない魔力持ちということがよくわかったソルだった。



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