第25話 大地の覇者3

 崖の窪みに作られ、魔物除けの魔灯が設置されたセーフポイントでソル達一行は身体を休めると共に、衣服や武具の手入れをする。

 衣服全身の至るところに魔物の返り血を浴び、臭いも気になり始めた。

 ソルが気になるくらいなのだから、女である他の3人、特に獣族の2人はもっと気にしていたかもしれない。


「ルナ、俺の水魔法で汚れを落とす生活魔法は使えないのか?」


 魔法といえば全てルナに聞いてしまうのはソルの悪い癖だ。

 ルナを甘やかさないようにしておきながら、自分が甘えてしまっていると反省する。調べる癖つけよう。


霧洗浄ミストウォッシュというのがあります。水を凄い細かい状態にして振動させることで汚れを落とす魔法です。生活魔法ですけど、少し難易度高いらしいですよ。使えますかね?」


 生活魔法にも難易度があるのか。

 今まで魔法は自分には縁のないものと割り切っていたため、戦闘に使われる魔法――攻撃される可能性のある魔法以外は何も知らない。

 その姿勢も今後は少しずつ直さねばならないかもしれない。


「やってみる……が、服を着ながらだとずぶ濡れにならないか?」

「あぁなるほど。脱げと。裸体を晒せとそうおっしゃりたいのですね。私の裸が見たいならそう言ってくださいよもう」

「……そのまま濡らすか」

「私をビショビショにしたいと。いやらしい」

「いや待て」

「それはそれで構いませんが、もちろん温めてくれるんですよね?」


 ルナの戯言が始まったと思ったらどうやら勘違いだったらしい。

 普通に濡れた後の対応を問われ、ソルは自身の思考を恥じながらも乾かす方法も魔法で可能なのか考える。

 出来そうな気はする。使っていた奴はいた。

 ただ水魔法なのかどうか。


乾燥ディハイドがあるだろう? あれも水の生活魔法だ」


 ニヤニヤしながら話すルナを横目にターニャが被せてくる。

 そのターニャの言葉にルナが軽く舌打ちしたように聞こえた気がした。


「生活魔法の幅は広いんだな……勉強になる」


 とりあえず乾燥ディハイドが問題なく使えることを確認した後、

 霧洗浄ミストウォッシュを使おうとすると、ターニャがふと忠告をしてくる。


「気持ちはありがたいが、今は私とニーニャ様には不要だ。そして2人も、我慢できるなら峡谷を抜けるまではこの状態でいることをオススメする。洗ってしまえば、ソル殿達の匂いがまた魔物達に届くことになるからな」

「襲いかかってくる数が徐々に減ってた気がしたが、そういうことなのか」


 なるほど、とルナを見る。

 ルナも仕方なしといった感じで頷いた。


「我慢できますよ。またあんな大量の魔物に襲われるようなリセットスタートしたいと思うほどドMじゃないですよ私」

「わかった、じゃあこのままで行こう」


 血糊のついた武具だけ状態を整え、衣服は汚れたまま、その日はそのままそこで一夜を明かすことにする。

 幼いニーニャにとっては地獄のような行軍であったはずで、すでにターニャの胸の中で寝息を立てていた。


「見張りは俺がするから、ターニャもゆっくり休んでくれ」

「ありがたいが、ソル殿も休んでくれ。ここはセーフポイントだ。魔物が寝込みを襲撃してきたなんて話は聞いたことがないから大丈夫だ」

「すまんが、俺の性格上、そういうわけにもいかなくてな。大丈夫だ、見張りをしながらも休憩は取れるから」

「……そうか、ではお任せしよう。感謝する」


 ソルはターニャに手をあげると、ターニャ達に背を向けて通路側へと向き直す。

 正面は峡谷の底に繋がる崖。

 通路の右手は自分達が来た通路。

 左手はこれから進む通路だ。


 見知らぬ土地で油断は出来ない。

 例え現地の住民の言葉であっても、自身の目でその仕組みや効果を確認するまでは、鵜呑みにしてはいけないとソルは考えていた。

 そんなソルの隣に、ルナが腰を下ろす。


「お前も寝とけ」

「はい、ここで寝ます。何かあれば直ぐに遠慮なく叩き起こしてください」


 ルナはそう言うとハコから毛布を取り出す。

 1つはソルに渡し、1つは自分でそれを広げると、それに包まり横になる。


 確かに手の届くところにいることで起こしやすくはなる。

 声を掛けても起きない時は叩き起こすしかないからだ。


 まぁ冒険者で声を掛けても起きないなんていう奴は早死にするだけだがな。

 ルナはもしかしたら、疲れから起きられないかもしれないと自身で感じて、迷惑をかけないためにソルに叩き起こされやすい場所で休むことを選択したのかもしれない。

 そういう思考が出来る冒険者は、生き延びられる。

 その点は、ルナはしっかりしていると言える。

 ルナからはすでにスヤスヤと穏やかな寝息が聞こえてくる。


 余程疲れていたのか、はたまたいつでも寝て体力回復に努められるように訓練しているのか。

 いずれにしろこんな環境ですぐに寝られるというのは、肝の据わった女であることは変わりない。


 本当に立派だよ、お前は。


 そう思いながら、ソルは早速激しい寝相で剥がれたルナの毛布を掛け直す。

 砂漠の日中は地獄のように暑いが、夜は嘘のように冷え込む。

 毛布なしでは間違いなく風邪を引くだろう。


 ソルもルナが渡してくれた毛布を広げて羽織る。

 ターニャ達も焚き火を作ると、自分達の荷物の中から毛布を取り出して焚き火の前で横になっていた。


 それを確認し、ソルは意識を研ぎ澄ます。

 見張りとして、魔物の侵入は1匹たりとも許さない。




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