第24話 大地の覇者2

「日差しは楽になりましたけど……酷い道ですね」


 肩で息をするルナが握るメイスからは青緑色の液体が滴っている。

 刃のついたソルの両脛、手持ちの剣も同様だ。

 ターニャの曲刀もまた同じ。


 大峡谷の端についたソル達はターニャの案内のまま大峡谷を下に降りて行き、日差しが隠れるだろう高さのところまで下がると、そこは人が5〜6人、荷馬車なら一台通れるくらいの幅の道なき道があった。

 とは言っても荷馬車はすれ違えないからそんなものが通るわけもないのだが。


 大峡谷自体は更に地下深くまで続いているが、それ以上深く降りる意味もないため、ターニャ先導でその道を来た。

 しかし、出るわ出るわ砂漠の魔物。


 ワームをはじめ、毒蠍や吸血蝙蝠、酸を吐く得体の知れない多足蟲など休む間がない。

 流石にルナも指輪を使い始めた。


「すまない。2人ならこの道を通れると思ってな。早いんだ、この道の方が」


 ターニャも汗を滲ませるが、まだ体力には余裕があるようだ。

 ニーニャを守りながら戦うのだから生半可な集中力では無理だ。かなり消耗しているはずなのだが、そこはさすが巫女を守る戦士というところか。

 その戦いぶりも一流の戦士であることがソルにはよくわかった。

 そしてルナもまた、体力がカバーされていれば基本的にこの程度の魔物の群れには引けを取らないだけの強さがある。


「森の時も思ったけど、お前、蟲とか平気なんだな」

「無理ですよ。気持ち悪いです。でもやるかやられるかなら、やるしかないですからね」


 肝が据わっている。

 ルナみたいな女はキャーキャー騒ぐものだと思ったが、よくない偏見だったとソルは自分を戒めた。


「ターニャさんみたくソルさんが私を守ってくれてもいいんですよ? 私、治癒術師なんですから」

「それだとお前のためにならんからな」


 ルナの目的である蘇生の指輪を手に入れた場合、一緒にいる理由はない。ソルと別れたあと、死なれでもしたら後味が悪いのだ。

 そのためには一人で生きていけるだけの強さを身につけてもらわねばならない。


「そんな間接的なSMプレイはお断りです」

「直接の方がいいのか?」


 ルナの顔に置いた手先に力を込める。


「あっ……ダメ……そんな……強くしないでっ! って……いたたたたたた!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!」


 手を放すとルナは両手で頭を抱えてしゃがみ込む。


「ったく。まぁ森でも言ったが、安心しろ。本当にヤバい時は守ってやる」

「もぅ、何なんですかこの飴と鞭ー! もっと優しくしてください!」

「二人はこんな状況でも変わらないのだな」


 岩崖の隙間から飛び出して来たワームを斬り捨てながら、ターニャは2人のやり取りに微笑んだ。


「ニャトスとターニャみたいだね。男女は逆だけど」

「ニャトスって、側近のうちの1人だったか」

「うん! ターニャと仲いいの!」

「ほぅ」

「ただの腐れ縁さ。セニャンとの仲も長いが、ニャトスは子供の頃からの幼馴染というだけだ」

「ほほう? それでそれで、ニャトスさんとはどこまで?」


 ルナがノリノリで首を突っ込んでくる。

 ターニャは苦笑しながらも首を振った。


「ルナ殿が期待するようなことは何もないよ。本当に、ただの幼馴染なんだ」

「それはニャトスさんを叱らないといけませんね。こんなに素敵な女性を前に幼馴染止まりなんて許せません」

「そもそも私は奴を男という性で見たことはないからな」

「そうなんですか?」


 ターニャからの思わぬ発言にルナは驚く。

 てっきり少なからず意識していて、ただ幼馴染という壁を越えられないのだと思ったが、まさか意識すらもしていないなんて。


「ニャトスさん……ご愁傷様です」


 ソルとルナの関係を逆転させたような関係ということは、ニャトスがターニャに絡む側ということだ。

 ルナは自身がソルに絡むことを棚に上げて、顔も知らない獣族の男を偲んだのであった。


「やめてくれ、縁起でもない」


 そんなルナのセリフに、ターニャは顔を歪ませる。


「あ、ごめんなさい」


 悪気はなかったが、ニャトスとセニャンは今も一人でこの砂漠をダイバスに向け進行中のはずなのだ。

 何かあって、怪我なり最悪命を落とすこともあり得る。

 そう気付いて、ルナは即座に詫びた。


「いや、すまない。そんなつもりの言葉ではないとはわかっているだが……」

「2人ともあんた並みに強いんだろ? 心配する必要はないんじゃないか?」

「……」


 そう問いかけるソルの言葉に、ターニャの顔は翳りを帯びる。


「どうした?」

「この魔笛については話したが――」


 ターニャの持つ魔装具の笛だ。

 持つものにしか聞こえず、その笛はニャトスとセニャンも持っているものだ。


「返答の笛の音が、1つしか返ってこなかった」

「え……?」


 ターニャの言葉に、ニーニャも絶句する。

 それはつまり、ニャトスかセニャンのどちらかが、笛を吹けない状態にあるということ。

 笛を落としたか、盗まれたか、当人に怪我があり吹けない状態か、もしくは命を落としているかということだ。


「どっちかっていうのはわかるのか?」

「それはわからない」

「……2人の行き先は?」

「セニャンは砂漠の東側、ニャトスは南側の大峡谷。つまり、ニャトスはこのあたりでニーニャ様を捜索をしていたはずなんだ。東側と大峡谷では、大峡谷の方が危険だ。笛を吹いたのがニャトスであれば追いかける形になるだけだ。ただ吹いたのがセニャンであれば、ニャトスは笛を吹けない状態で大峡谷にいるはずなんだ。後者の方が可能性は高いと思っている」


 ターニャがここを通ろうとしたのは、近道だけが理由ではなく、仲間のニャトスの安否も同時に確かめたかったからなのだろう。

 それならそうと言ってくれればよいものを。


「大峡谷ってずっとこんな感じで魔獣や魔蟲が出るのか? だとしたら休まず戦い続けているニャトスって奴は相当な手練だぞ」

「何箇所か、魔物が近づけないようにしてあるセーフポイントがある。そこで休息は取れているはずだ」


 なるほど。確かにそんなものがなければこの道を一人で通るのは自殺行為だ。

 ソル達4人だったとしても、このハードな行軍が続くのは危うい気がした。


「無事だといいですね」

「あぁ……」


 ルナの言葉に、心底心配している顔でターニャは頷く。

 そして、


「黙っていてすまなかった。力を貸して欲しい」


 そう言って、再びソルとルナに頭を下げる。

 ニーニャもターニャを見習い、頭を下げた。

 そんな2人の様子にソルとルナは顔を見合わせる。


「「何を今更」」


 言葉が重なる。

 そしてルナはターニャの手を取った。


「私は恋する乙女の味方ですから」


 その見当違いなルナの言葉に、「違うんだがな」と言おうとして、しかし協力を仰ぐ立場から、ただ「感謝する」としか言えないターニャを、ソルは静かに憐れんだ。



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