第23話 大地の覇者1

「残念でしたね、ソルさん。私と2人きりになれなくて」


 ターニャにダイバスまでの道のりの同行を頼まれ、ソルとルナはターニャとニーニャの後ろをついて歩いている。

 厳しい日差しの中、外套を目深にかぶり、砂に足を取られながらゆっくりと。


「その頭の軽さが羨ましいな」

「ひどい!」

「2人は仲がよいのだな」


 ターニャが振り向きながらその顔に笑みを浮かべた。


「おいおいやめ――」

「わかりますぅ?! やっぱりわかっちゃいますよぇ?! いやぁ〜照れますねぇ」


 このポジティブさは何なのか。

 何を言っても基本的に挫けず、ぐいぐい絡むルナの鋼のメンタルにそろそろ尊敬の念を抱きそうだ。


「おねえちゃんね、明るいの。すごく。助けてくれたのがおねえちゃんで本当によかった」


 出会った頃に比べたらだいぶ明るく笑うようなったニーニャがルナを褒める。

 ニーニャも元々明るいコなのだろう。

 あんなことに巻き込まれて元気なく見えたが、ルナと接し、本来の明るさを取り戻したようだ。

 もちろん、ターニャと再会出来たのも大きいだろう。


「ん〜ニーニャちゃんはいい子だね〜」


 ルナが嬉しそうにニーニャの頭を撫で回す。

 その様子にターニャは少し対応に困っていた。

 そりゃそうだ。

 部族の大事な巫女様が撫でくり回されていれば止めたい想いもあるだろう。

 その辺りの空気を読むことをルナは学ぶべきかもしれない。

 ソルの視線に気付くと、ルナはチッチッチッと指を口元で左右に振った。


「可愛いから愛でるんです。私は命の恩人ですからね、遠慮はしません」


 図太い。

 そう言われたら流石のターニャも何も言えないと思ったのか、見て見ぬふりを徹底するようだ。

 当の本人のニーニャが嬉しそうに笑っているから、ソルからも特に止めるつもりはなかった。


 それよりも3つの部族が住むというダイバスという街を想像する。

 ニャ族とガル族とキー族という3部族。

 獣族は見たことあるが、彼らが何族かなんていうのは今まで気にしたことがなかった。

 今回の冒険で今後出会う獣族が何族かを気にするようになるだろう。


「部族に特有のスキルみたいなものはあるのか?」


 ふと思い立ってターニャに聞いてみる。

 異なる種族の特性のようなものは、聞いておきたい。


「獣族にスキルはない。加護を得るか得ないかだ。そういった意味ではソル殿達ヒューム族と同じだ。貴殿達も、スキルを持つ者と持たない者がいるだろう?」


 スキルは万人が持つものではない。

 確かにそう考えると、種族が異なるとは言え、基本的には同じなのだ。


 だったら――


「それってやっぱり加護じゃなくてスキ――」

「加護だ」

「わかったよ、すまなかった」


 どうやら獣族にとってスキルは神獣からの加護、ということにしたいらしい。

 異なる文化圏の表現の違いだと割り切ることにする。


「その他の特性としては……獣族はみな、鼻と耳がヒューム族より利く、ということくらいかもしれないな」


 なるほど。想定の範囲内といえば範囲内だった。


「ソ……ソルさん……」


 急に死にそうな声が聞こえてきて、勢いよく振り返る。

 ルナが汗だくになりながら肩で息をしていた。


「いや、バテるの早くね?」

「砂漠がこんなに歩くの大変だなんて……おんぶしてください」

「いや、使えよ、指輪」

「指輪に頼ったら、自分の地力が上がらなくなりますから」

「じゃあ歩けよ」

「歩けないからおんぶしてって言ってるのにバカなんですか?」

「くっ……」


 言っていることがめちゃくちゃなのに、何故こんなにも偉そうなんだコイツは。


「ソル殿、この暑さだ。この土地が初めてであれば尚更辛かろう。おぶってあげたらどうだ? 周囲の警戒は私がしているから少なくとも一瞬が命取りになることはない」

「オジサン、おねえちゃんおんぶしてあげて」

「いや、そうじゃなくてこの指輪がな――」

「ありがとうございます」


 身体をふらつかせながらソルの肩に手を置くとグイグイと下に下げようとする。


「ほら! 早くしてください!」

「えぇ……」


 しかしこの流れで拒否をするのも、ターニャとニーニャの面子的にも申し訳ない。

 致し方なく背負うと、顔の脇から伸びるルナの手の先には木杯が。


「お水出してください」


 まぁ確かに脱水症状は危険だ。

 もしかしたらそのせいで頭が回っていないのかもしれない。

 木杯を満たすとルナはそれで唇を少しずつ湿らせ、ゆっくりと口に含む。


「はぁ…助かりました。飲みます?」

「…あぁ」


 ソルは差し出された木杯に水を足すと、ルナから受け取り飲み干した。

 相変わらず美味い水だ。


「二人も飲むか?」

「い……いや、私達は水袋があるから大丈夫だ」

「う……うん、大丈夫」


 魔力で水を生み出しては飲み干すソルとルナの姿に若干引きながら、ターニャとニーニャはソルの勧めを断る。

 なるほど。普通はこうなるということか。


 あまり人前ではやらない方がいいかもな。

 ルナにも後で言っておこう。聞くかどうかは別にして。


「ダイバスまで結構かかるだろ? 水が足りなくなるようなら言ってくれ。背に腹は変えられない」

「わかっている。だが、もう少しすると日陰に入るから、日差しは楽になるぞ」


 ターニャの策は長々と続く大峡谷の中を進むというものだ。

 まだ大峡谷の端には来ていないが、直に見えてくるらしい。


 砂漠上と大峡谷では圧倒的に砂漠上が安全だ。完全に安全とは言えないのだが、逃げ道が制限されていない、という方が正しい。

 峡谷では前か後にしか逃げられない。そういうことだ。


 ターニャは大事な巫女のニーニャを連れて峡谷を進むという意外な選択を取ったわけだ。

 それにも訳がありそうだったが、特に話されることもなかったので、気にするのをやめた。

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