第22話 神獣の巫女7
振われた曲刀は峰打ちだ。
そりゃそうだ。いきなり刃で斬りつけようものなら、ただの殺人鬼でしかない。
ソルは一歩前に出ると、その一閃を剣で受け止める。
第二撃は曲刀か、殴打か、脚蹴りか。
獣族もソルと同様、全身を使って戦うタイプが多い。
初撃の勢いそのままに女戦士は身体をぐるりと回転させると、縫うようにソルの隣を抜けて背後のルナとニーニャに迫る。
しかし、それを許すソルではない。
ニーニャに手がかかろうとしたその時、女戦士の後頭部を掴むとそのまま地面に押さえつけた。
「がはっ」
「問答無用で斬りかかるのはいかがなものか」
「く……放せ!」
「話を聞いてからだ――」
「ターニャ!」
ニーニャが叫んだ。
「やっぱり知り合いか」
ソルは手を放すと、ニーニャを見る。
ルナは屈んでニーニャを抱き締めていた。
「いやお前、敵だったらどうすんだよ。逃げられるようにしとけよ」
「大丈夫です、ソルさんの大事な私は無事です」
「そうじゃねぇ」
立ち上がりながら外套についた砂を払うルナ。
ルナの束縛から解放されると、ニーニャは膝をつく女戦士に駆け寄って抱きついた。
「ニーニャ様……よくぞご無事で」
「ターニャ……」
「感動の再会のところ悪いんだが」
「ご飯でも食べながら話しませんか?」
様付けをまず突っ込めよ、と思いながらも、この場で話すのは確かによくない。
周囲の目が完全にソル達に向いていたため、ターニャが出てきた酒場に入り直すと、ソルは店主に大金貨を1枚渡す。
「個室はあるか? あと適当に飯と酒だ」
店主は大金貨を見ると大慌てで給仕達に指示を飛ばす。
そして店主が直々にソル達を2階へと案内した。
個室ではなく、2階を貸し切りという感じだ。
カウンターやテーブルがあり、夜は2階も開放して客を入れるのだろう。
「こちらでよろしゅうございますか、お客様」
「あぁ。上には誰もあげるなよ」
「もちろんでございます! すぐに飲み物と食べ物をお持ちしますのでお好きな場所でお寛ぎください!」
言われた通り、外が見える一番奥の8人掛けの窓際テーブルに座る。
窓側がニーニャとターニャ。
手前がソルとルナだ。
「お金の使い方が半端ないですね」
「金は使うもんだ。使った分だけ稼げばいい」
「ひゅ〜! 一流は言うことが違いますぇ。でも気づいてます? 私達、ウェステリア出てから仕事してませんからね?」
「……わかってる」
ウェステリア出発の前に食糧や水など旅支度に必要なものを仕入れたソル達の手持ちは大金貨4枚と金貨3枚になっていた。
そこから大金貨を1枚ポンと出してしまったわけだ。
ルナとの共有資金にも関わらず。
「すまん」
「責めてないので、もっと私に優しくしてください」
「こんな面倒くさい奴と一緒にいるだけで優しいと思うんだが」
「優しさは受け取り手が決めるんです!」
「あーはいはい、わかったわかった」
「そういうところ!」
「とりあえず黙れ」
「ひどい〜」とボヤきながらもショボくれて黙る。
今はルナとの会話よりもニーニャ達だ。
「ターニャとか言ったか? とりあえずわからないことだらけなもんでな。ニーニャとの関係性から、話してもらっていいか?」
ルナとのやり取りの間、ニーニャとターニャも話をしていたようで、ソル達がニーニャを助けたことは伝わっているようだ。
ターニャは居住まいを正すと、テーブルに頭がぶつかるかの勢いで頭を下げた。
「まずは先程は無礼な真似をしたことを詫びさせて欲しい」
「構わん。頭を上げろ」
「すまない。ニーニャ様の救出と保護についても、感謝している」
「それはルナに言ってくれ。コイツが死に物狂いで賊と立ち向かったからな」
「そうですよぉ? 私、こう見えてデキる女なんですからね?」
「ルナ殿、本当に感謝する。貴殿のような優秀な方がいなければどうなっていたことか」
「あ、いえ、あ、あの……どういたしまして」
冗談を真に受けられて、ルナは目が泳いでいる。
しかし、ルナがいたからニーニャを救出出来たのは嘘ではない。
この感謝の念は、ルナが受け取るものだ。
だからこそ、普段の様子とは異なるルナが、いじり甲斐があったとしても、ここはいじるべきところではない。
「それで、ニーニャ『様』っていうのは?」
「ニーニャ様は、ニャ族の巫女だ。そなたらは神獣の加護を目にしたと聞いているが?」
誓約のことか。
「あぁ、凄まじいスキルだと思った」
「スキルではなく、加護だ」
ターニャの目には譲らないという意志が宿っていた。
「わかった、それで?」
「巫女は法の象徴だ。ニーニャ様が加護を得てから3つの部族で構成される我々の街から争いがなくなった。ニーニャ様はダイバスにとって、平和の象徴でもあるのだ。そして私は、ニーニャ様をお守りする戦士の1人だ」
どうやらダイバスというのがニーニャ達の街の名前らしい。
やはり1つの部族だけでなく、複数の部族と共に街を構えている。『街』と呼ぶだけの規模にもなるわけだ。
そしてターニャは巫女の側仕えということ。
しかしただの側仕えにしては距離が近い。
「名前が似てるのは?」
「獣族は、みな似通ったものだ。他にもアイニャ、ウーニャなんて名の者もいる」
「なるほど。ニーニャを守る戦士は他にもいるのか?」
「側近は3人だ。名はニャトスとセニャン。私とは別の方角を捜索している」
「3人だけでしか探していないのか?」
「ニーニャ様が攫われたのは機密事項だ。街の他の部族のものに知られたらまた争いが起きるかもしれない。だから最小限の人数での捜索とした」
「だが、見つけたことはどうやって知らせる? 残りの2人は延々と探し続けるんじゃないのか?」
「問題ない。先程、これを吹いておいた」
そう言って胸元から取り出したのは白い棒のような小さな笛だ。
「魔装具か?」
「あぁ。残りの2人も同じ物を持っている。持っている者にしかこの音は聞こえない」
便利なものだ。
失われた魔法都市。その功績は偉業と呼んでもいい。
滅びた理由はわからないが、現在の魔術師達の多くはかの栄光を求め、遺跡を探索し、研究を続けているという。
それが解明されたとしても、同じような魔装具が作れるようになるかはまた別の話だが。
ターニャと話し込んでいる間に料理も飲み物も運ばれてきており、ルナとニーニャは満足そうに頬張っていた。
ソルも麦酒を手に取ると、一気に呷った。
うん、美味い。
「でもまぁターニャと合流出来たってことは、俺達の役目も終わりだな」
「えっ……おねぇちゃん、お別れなの?」
黙々と食べていたニーニャの手が止まる。
ルナもその声に、手を止めた。
「そうね……ニーニャちゃんを故郷に連れて行くまでと思っていたけど、身内の人と合流出来たなら、終わりになっちゃうかな」
笑っているが、ルナも少し寂しそうだった。
しかし仕方がない。ソルにもルナにも目的がある。
自分達の手が必要となくなるならば、本来の目的に向かうだけだ。
とは言え、どこに向かえばよいのやら。
とりあえずは再び情報収集のためにギルドに向かってみるとするか。
そんなことを思っていると、ターニャが再び、頭を下げた。
「図々しいことだと、承知の上で頼みがある」
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