第20話 神獣の巫女5
ニーニャの話では、ニーニャは神獣の加護により『誓約』を立てた者を縛ることが出来るという。
発動条件は簡単だ。
対象者は、ニーニャが触れている間に誓いの言葉を宣誓する。
その誓いの言葉をニーニャの加護で、対象者本人へと縛りを課すのだ。
ただの口だけの宣誓にならないように。
誓いを破った時の代償も合わせて宣言することで、対象者は誓約を守らざるを得なくなるというわけだ。
ソルもルナも神を信じていないため、神獣の加護というものに対しても信じ難い想いではいたが一種のスキルと割り切ることにした。
「聞いてたな、お前ら」
ソルは全員目を覚ました賊に向かい、確認する。
「今ここで死ぬか、誓約を立て真っ当に生きるか。選べ」
「はっ! 誓いの言葉だと? んな獣臭ぇガキんちょに『ごめんなさい、もうしません』ってか? 笑わせんな!」
「んだんだ! 頭がそれで詫びると思ったら大間違いだぜ!」
頭と呼ばれている大男と御者を除いた残りの男達がわめき始めた。
どうにも立場を理解していないらしい。
大男と御者は、黙って俯いている。
「ならお前らはここで死を選ぶということだな」
ソルが小剣を抜く。
それに合わせてルナもメイスを構えた。
「私が潰しますよ」
「か、頭!」
「お前ら……好きに選べ。もう俺は頭じゃねぇ。てめぇ達で、てめぇの人生を決めろ」
大男は、冷静に部下達に告げる。
「頭!?」
「見損なったぜ。クソダッセェな。あんたについてきゃ美味しい想いが出来ると思ったのに飛んだ見込み違いだぜ!」
男達は醜い仲間割れを始めた。
そしてそのうちの一人が叫ぶ。
「俺はごめんだぜ! こんなケダモノに詫びるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
ケダモノという言葉にビクッと肩を震わすニーニャ。
獣族をケダモノと呼んで差別する者はこの世界には多々いる。
それ故に商売として成立している人身売買ではなく、拉致により奴隷にさせられる獣族も多い。もちろん、全ての国で拉致は違法行為だ。
どうやらこの男も、そちら側の人種らしい。
「だがな、どうせ死ぬくらいなら――」
隠し持っていたのか、縛っていた縄を解き、勢いよく立ち上がるとニーニャに向かってナイフを振り下ろす――ことは出来なかった。
「かはっ」
男の喉を、ソルの剣が貫く。
ルナは咄嗟にニーニャの目を覆った。
「誓約か死か、と言ったはずだ」
「オジサン……ごめんなさい、オジサンの手を汚しちゃった」
ルナの手を自らどかしながら、ソルへと詫びるニーニャ。
人が目の前で死んだことに衝撃を受けている様子はなかった。
「……気にするな。既に汚れきっているからな」
賊の命など、今までも散々奪ってきた。今更だ。
それよりもオジサン呼びが気になっているとはソルも言えない。
流石に空気を読んだ。
崩れ落ちる男を見て、もう一人の男が同じように縄をナイフで切って抜け出すと逃げた。
ソル達に背を向け、一目散に逃げていく。
「ソルさん、ボディチェック緩すぎません?」
ルナが呆れるように呟くと、飛んだ。
逃げた男の真上に現れると、メイスを振りかぶったまま落下する。
しかし、ソルがそれを止め、そのまま空中でルナを抱える。
お姫様抱っこの形になった。
「なっ!? ソルさん!?」
「お前が手を汚す必要はない」
「ソルさんだけに背負わせるわけには――」
「いいから」
ルナを抱えたまま、ソルは蹴りで男の首を刈るとそのまま即座にニーニャの元へ戻る。
「話は後だ」
不満そうに頰を膨らますルナを諭しながら、地面へと下ろす。
「さて、心は決まったか?」
様子を見るに、大男と御者の心は決まっている。
残りの二人がまだ何かを企んでいるかのように目が泳いでいた。
その内の一人が、誓約を申し出た。
ニーニャはその男の頭に手を置く。
ソルもルナも、男が変な動きをしようものならすぐに対処できるように傍にいる。
そして男は、二度と他者を侵害しないと、命を賭けた宣誓をした。
「本当にこれだけで縄を解いていいのか?」
ソルは少し距離を取らせたニーニャに問い掛けると、ニーニャを迷いなく頷く。
「大丈夫。誓約は交わされた」
ソルが縄を解くと、男はニヤリと笑いニーニャの首へ両腕を伸ばした。
「バカめ!」
ソルもルナも瞬時に動いた。
しかし、二人の手が男に到達する前に、男はそのまま地面へと突っ伏した。
そのままピクリとも動かず、口からは血を吐いていた。
ソルもルナも、何が起きたのか理解出来ない。
「誓約が、破られたから」
ニーニャが悲しそうにポツリと呟いた。
「これが……誓約……」
ソルは呪術師の呪いを思い浮かべていた。
ニーニャのスキルは、呪術師の呪いそのものだった。
しかし、その効果は明らかにソルの知る呪術師の呪いよりも強く速く圧倒的だった。
「ひぃぃぃっ! バケッ……バケモノッ!! 嫌だ! 嫌だ!! 死にたくない!!」
言い争っていた残りの一人が、漸く事態を飲み込んだのか、パニックに陥る。
こんな状況でも、大男と御者は動じた様子はない。
完全に諦めているようだ。
パニックになっている男を後回しにし、大男と御者はすんなりと誓約をした。
2人に諭され、残りの男も何とか誓約を果たす。
「お前らがニーニャを攫ったのは、このスキルが狙いだったのか」
ソルの問いに、二人は黙って頷く。
悪用しようとしたスキルに逆に縛られることになるとは思ってもいなかっただろう。
3人がこの先どう生きていくのかはわからないが、少なくとも今までのような振る舞いが出来ないことはさっき事切れた男で十分に理解出来た。
「行け。死体は埋葬しておけよ」
埋葬され、鎮魂の供養がされれば基本的に死体はアンデット化しない。
しかし、埋葬作業を怠れば3人の死体がアンデットになる可能性がある。そうならないようルナが浄化の魔法をかけていた。念のためというところだ。
男達が森の中に入っていくのを見送ると、ソル達は再び大砂漠へ向けてゆっくりと歩き出す。
誰も口を開かない。ニーニャもスキルを使った影響か足元がおぼつかなくなっていたため、ソルが背負うとすぐに寝息を立て始めた。
ニーニャが寝て少しすると、ルナが口火を切った。
「さっきの話をしてもいいですか?」
ソルがルナを止めたことだろう。
その声には少なからず、不満が込められていた。
「どうして、止めたんですか? 私だって人を殺めたことくらい――」
「あるのか?」
メイスを振りかぶっていた手を止めた時、ルナの手は震えていた。
「……ありません」
「そういうことだ。お前は治癒術師。治すのがお前の役割だ」
「ですが! 私はソルさんの仲間です! 敵と見做した相手にはソルさんと同じように立ち向かうべきです!」
なんだそれは。
こういうところだけ真面目かコイツは。
その想いはありがたいがな。
「俺の仲間と言ってくれるなら、守るために力を振るえ。お前自身や、お前が大切にしているモノを侵されそうな時、それを守るためであれば人を殺めることも俺は仕方ないと考えているし、仲間のルナにはそう在って欲しいと思っている」
仲間のルナ、その発言にはソル自身むず痒いものを感じざるを得ないが、ルナが『ソルの仲間だ』と叫んでくれたのだ。
それくらいのむず痒さは我慢するところだ。
「……ずるいです、ソルさん。それだとずっとソルさんと同じものを背負えないじゃないですか」
「俺だって別に好き好んで殺してるわけじゃない。必要だったから殺した。殺さないで済むなら殺しはしない。だからルナが誰かを殺す必要がないなら、殺さないで欲しい。それだけだよ」
「わかるようなわからないような……」
「何だろうな。俺もよくわからん」
「ふふっ……でも、私のことを溺愛してくれてるっことがよくわかったので許します」
何か急に話がおかしなことになった。
「溺愛してねぇけどな」
「してると思いますけどねぇ! まぁ認めるのは照れちゃいますよね、いいですよ、私、わかってますから」
ソルの顔を覗き込んでくるルナが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
どうやら機嫌は直ったようだ。
「あ、そういや――」
「愛の言葉ですか?」
「ちげぇよ。お前、俺のことさりげなくオジサンとか呼ばせてんじゃねぇよ」
「あっ」
なんだそのしまったって顔は。
「まぁもういいけどな。ニーニャはそれで俺を呼ぶし」
「私はそう思ってないですからね? ソルさんがオジサンなら私もオバサンになります」
確かに、見た目的にはソルもルナもそこまで離れてはいないはずなのだ。
しかし――
「ちゃっかりおねえちゃんって呼ばれてるけどな」
「それはやはり溢れ出る若さは隠せないということですかねぇ。照れますねぇ」
「いや、照れどころじゃねぇだろ」
「ふふっ」
感情の表現がはっきりしているルナを見て、ソルはこういう無邪気なところが若さの印象に繋がっているのかもしれないと思った。
「あ、あと――」
「愛の言葉ですか?」
「ちげぇっつーの。お前、弓は出来るか?」
「弓ですか? いえ、全く」
「ダメか。サブの武器として、弓を使えるようになればなと思ったんだが。賊に囲まれた時の戦いを見て思ったが、お前は遠距離攻撃も覚える必要がある」
「ドンピシャなタイミングで来たと思ったら見てたんですか! いやらしい!」
「何がだよ!」
「だって、ギリギリのタイミングで助けて『俺カッコいい』したってことですよね? いやらしい!」
「ちがっ――」
「違いません! ちょっと株下がりましたよ! 死ぬかと思ったんですからね! でもまぁカッコ良かったですけどね!」
「どっちだよ」
「むむむむむむー! 乙女心は複雑なんですー!」
よくわからないポイントで頭を悩ませるルナだが、ソルは別のところで頭を悩ませる。
弓は使えない。どうするか。
ルナの成長計画を練り直すことにしたソルなのだった。
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