第19話 神獣の巫女4

 賊を街道脇の樹に縛り付けると、ソルはルナのいる荷馬車へと向かう。

 賊が沈黙した直後、ルナは荷台へと入っていった。

 荷台を覗くと、そこには縛られていたであろう縄と目隠しの布をルナによって解かれた少女がいた。


 顔は赤く腫れており、目尻が切れて血が滲んでいる。

 先程の大男に殴られた傷だろう。

 ルナがちょうど治癒をかけていた。


「もう、大丈夫だからね、お姉ちゃんはあなたの味方だから」

「あ……あ……」


 少女の目は怯えで震えている。

 しかし、抱き締めるルナの温もりに安心したのか、少女は声を上げて泣いた。


 少しして落ち着きを取り戻した少女をよく見ると、少女は獣族だった。

 黄色の髪がやたら癖がついてボサボサだと思ったら、そこには獣の耳がついていたのだ。


「ありがとう、おねえちゃん」

「あなた、名前は?」

「……ニーニャ」


 泣き止みはしたが、その声に覇気はない。

 年はまだ10歳にも満たないというところか。だいぶ幼さが残る。


 話を聞けば、大砂漠にある集落のオアシスで遊んでいるところを攫われたとか。

 大砂漠まではあと3日は少なくともかかる。

 集落に戻る頃には、ニーニャが攫われてから1週間は経つことになるはずだ。


「ソルさん……」


 ルナの視線が完全なるお願い仕様だ。

 そんな目をせずとも、幼き少女を放ったらかしになどするわけがない。


「行き先は同じだ。連れて行かない理由はない」

「! よかったね、ニーニャちゃん! あのオジサンが送ってくれるって!」


 オジサン言うな。


「ありがとう、オジサン」

「いや、あぁ、うん……気にするな」


 ルナめ……いたいけな子に何ていうことを吹き込んでやがる。

 顔を背けているが、耳が赤くなって震えている――笑いを堪えているのが丸わかりだ。

 故意犯は重罪だ。罰してやらねばならないな。


 とはいえ、ニーニャの前だ。

 あまり刺激を与えるわけにはいかない。


「ニーニャ、このおねえさんに感謝するんだぞ。お前のことを必死で助け、送り届けようとまでする。それはとても偉いことだ」


 ルナを褒める素振りをしながら頭に手を置くと、指先に力を込める。


「あっ、えっ、褒められて、撫でられてるはずなのにっ、ソ、ソルさん? 痛い! 痛いです! ぁんっ! もっと! もっと優しくして!」

「……すまん、俺が浅はかだった」


 ニーニャに見せてはいけないものを見せてしまった。

 ため息を吐きながらニーニャを見やると、ニーニャは何をしているのか理解出来ないというようにポカンとソルとルナを見つめていた。

 話を変えよう。


「さて、それでアイツらだが――」


 樹に縛りつけた賊を振り返り、どうしようかと思案していると。


「殺しましょう」


 随分過激な言葉がルナから発せられた。

 その声音は非常に冷たい。

 目が覚めていたのか、やり取りを聞いていた御者の男が小さく悲鳴を上げる。


「その心は?」


 念のため、ルナの真意を問う。


「赦しを与える価値があるとは思えません。私達がこの場にいなければ、ニーニャちゃんはどんな未来を迎えていたか。想像するだけで吐き気がします。生かしておけば、同じ過ちを繰り返すでしょう」


 ルナの意見にはソルも全くの同感だった。


「助けてください! 私はコイツらに無理矢理御者を強いられていただけで!」


 ルナにナイフを投げたくせに、コイツは何をバカなことを言っているのか。

 無視してニーニャに問う。


「ニーニャ、お前はどうしたい?」

「同じことが出来なくなれば、殺さなくてもいい?」


 ニーニャは静かな怒りを燃やしているルナに抱きつきながら、ルナの顔色をうかがっている。


「……そうですね、もしそんなことが出来るのなら、それもまた彼らのような人種にとっては拷問でしょう。それはそれで良い罰です。しかし、そんなことは――」


 出来ない。ルナもソルも、それはわかっている。

 だからこそ、ここで息の根を止めることが最善だと考えられた。


「出来るよ。ニーニャ、それ、出来るよ?」

「「え?」」


 ソルとルナの、声が重なった。




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