第18話 神獣の巫女3

「変わり映えのない景色ですね」


 ウェステリアを出て数日。

 特にトラブルにも巻き込まれることなく、平穏な旅路だ。

 あまりに平穏過ぎて、ルナが飽き始めてきた。


「油断するなよ」

「ソルさんが警戒してくれてると思うと、油断もしてしまいます。その分周りの景色を楽しんでましたが、ちょっと同じ景色過ぎて逆にメンタルが疲れてきました」

「これに慣れるなよ。単独行動する時、危険な目に遭うぞ」

「はーい」


 いつかルナとも別れる日がくる。

 そうなった時、ルナがこんな旅の仕方に慣れていては危ない。

 そんな親心からソルはルナを窘めるが、ルナには全く反省の色がない。


 ルナは鍛錬も兼ねて体力は自分のものを使うことを前提に旅をしている。

 それはいいことなのだが、いまいち危機感が足りない。


 どこかのタイミングで少し、脅かしてやる必要があるな。

 ルナの成長計画を練っていると、ルナが閃いたように声をあげる。


「競走しませんか?」

「競走?」

「はい、私のハコ渡りと」


 ルナの目はキラキラと輝いているが――


「お前と会った時に、既に決着はついてるだろ」


 そう、既に決着はついている。


「あれから少しは体力ついてると思うんです。ソルさんが私の身体を激しくしごいた結果、お見せしますよ?」


 ふふんと胸を張ってドヤ顔を晒してくるルナ。

 ソルの体力も使わずに勝負するつもりらしい。

 それならば疲れるのはルナだけだ。

 少し調子に乗っている鼻っ柱を折ってやるにはちょうどいい。


「やってやろう。ゴールは?」

「やった!」


 ルナは飛び跳ねると、木々に挟まれた真っ直ぐと続く街道を指差す。


「次の分かれ道が見えるまでというのは?」

「それでいい」


 次の分かれ道は今いる場所から徒歩で丸一日ほどの距離だ。

 ソルが本気を出せば10分もせず到着する。

 ルナのハコ渡りで、どこまで行けるかというところか。

 ルナの実力を見るにも適しているだろう。


「いつでもいいぞ。お前が動いたら俺は走り出す」

「ふふん、そんなハンデつけて、あとで負け惜しみ言っても知りませんからね――」


 そう言うと、ルナの姿が消えた。

 ソルの目が捉えたルナは、既に30メートルほど先にいた。

 と思ったら、更に30メートルほど先に。


 負けるかもしれない。


 そう思ったソルは初速から全力で駆けた。

 久々の本気。数秒でルナを追い越すと、そのまま一目散に駆ける。

 途中、背後を見るが既にルナは見えなかった。


「あの速度なら、すぐに追いついてくるはずだがな」


 少しスピードを落とす。

 来ない。

 立ち止まって待ってみる。

 来ない。


「アイツ……バテたな」


 ソルは元来た道を戻ろうとするが、街道脇に立ち並ぶ樹上へと飛び、上からルナの様子を確認する。

 少し戻ったところで、道の脇に座り込むルナがいた。

 律儀にも、本当にソルの体力は使わずに自身の体力だけで勝負した証だ。


 さて、どうしたものか。

 傍に行ってやるのは簡単だが、今のルナは窮地と言えば窮地。

 旅は危険なものだと擦り込むいい機会だった。


「ソルさんめ……ガチじゃないですか……こんなか弱き乙女を置き去りにするなんて、あとでお仕置きですねこれは……」


 ボヤく声が聞こえるが、反応するわけにもいかない。

 しばらく樹上から眺めていると、進行方向から複数の人と荷馬車が来た。

 パッと見は普通の行商人とその護衛だ。


「こんなところで座り込んでどうしたんですかお嬢さん」


 荷馬車の御者がルナに声を掛ける。

 ルナの肩がピクリと震えた。


「連れを待っているだけです」


 ルナの声は他者を寄せ付けたくない拒絶のオーラを纏っていた。

 その声に反応したのか、荷馬車がガタリと大きな音を立てる。


「街まで運んであげましょうか?」


 御者は荷台を一瞥しながらルナへ視線を戻す。

 上から見ていると、護衛の男共が警戒してゆっくりとルナを囲う位置に移動しているのがわかる。


 争いになることはないと思うが、何かあったとしても直前までは助けず様子を見ることに徹する。

 ルナも体力は削られているが、ソルの魔力を使えば逃げられるはずだ。


「行き先が逆ですし、結構です。積荷は何を? 行商人の方とお見受けしましたが」

「いや、これはここでは売れないものでしてね」


 その時、荷台から少女のくぐもった声と、殴打するような音が聞こえた。


「おっと失礼。教育中でして」

「……積荷は何を?」


 ルナがメイスを手に取る。

 その声は冷たさを孕んでいた。


 トラブルは避けられなさそうだ。

 どうやら真っ当な奴らではないらしい。

 それをルナも感じたのか、退く気は全く感じない。

 だがこの人数を、ルナ一人で相手に出来るつもりでいるということか。少なくとも外にいる護衛だけで4人だ。

 あとは帆で隠れている荷台に何人いるかだが。


「ふぅ……余計な揉め事は避けたかったのですが、お嬢さんがその気なら、私達も相応の対応をしなければなりませんね」


 御者が護衛に目配せをする。


「別嬪だと思ってたんだ。道中、楽しもうぜ」


 下卑た笑みを浮かべながら、男達が剣を抜く。

 刹那――ルナが荷馬車に最も近い男の背後に飛んだ。

 まだソルの体力は消費されない。


「なっ――」


 振り向き様にルナはメイスで後頭部を叩く。

 1人撃沈。

 周囲の男が出来事を把握するまでの一瞬の隙をついて、荷台を覗き込むと、すぐさま2人目の背後に飛んで叩き伏せる。

 3人目――というところで流石に同じ手は通じず、メイスは剣で弾かれた。


「くっ……」


 丸盾で追撃を躱すと、後ろに飛んで距離を取る。

 残りは護衛2人と御者。

 そして荷台から1人、大柄な体躯の男が降りてきた。


「こんな女1人に何してんだテメェら」

「お頭! すみません、油断しました!」


 ジリジリと後退るルナを見て、頭と呼ばれた男は舌舐めずりをする。


「気の強ぇ女は、嫌いじゃないぜぇ」


 荷台から取り出した剣は大剣。大男の身長と大差ない大きさだ。

 あれでは丸盾での防御も通じない。

 衝撃に潰されるか、刃が鋭ければ丸盾ごと斬られかねない。


 ここまでだな。

 今のルナでは、ここから勝てる見込みはない。


「さぁ! せいぜい足掻けよ!」


 大男の声と共に、御者がナイフを投げる。

 丸盾とメイスでそれを弾くルナだが、大男がその隙に間合いを詰める。


「一晩中、泣かせてやるよ!」


 大男が大剣が振り下ろす。

 しかし、その剣がルナに届くことはなかった。


「よく頑張ったな」

「ソル……さん」


 ルナの目の前には、小剣で大剣を受け止めるソルがいた。


「なんだてめぇ!!」

「うるせぇよ」


 次の瞬間、御者含め4人全員が、地に伏せていた。



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