第17話 神獣の巫女2


「それにしても、混沌連峰じゃなくて、大砂漠なんですね」


 混沌連峰というのは、この大陸の北側に位置する。

 古代遺跡が多く残っており、また、竜も多く棲みついていることから寄り付く冒険者は少ない。

 ルナは次に目指すのは、遺跡の多いその北の混沌連峰だとばかり思っていた。


「北の遺跡は既に荒らされている。大したものは残ってないはずだ。竜の棲み処まで踏み込めば話は違うかもしれんが、2人で踏み込むにはまだ早いな」

「……すみません」

「謝るな。別に気にすることじゃない。南の大砂漠の方が期待できるしな」


 この大陸は大きく五つに分類できる。

 北の混沌連峰。竜の棲み着く荒廃した山岳地帯であり、古代遺跡が多いことで知られている。

 西のウェステリア。深淵樹を活用した林業をはじめ、農業、酪農で形成され、穏やかな暮らしはスローライフを求める人達の夢の国になっている。

 東のイスト。ソルが以前に拠点としていた国であり、ルナの故郷もまたイストにある。鉱山地帯であり、鍛冶屋がメインでドワーフが多く暮らしている。ドラゴンの襲撃に遭い、一部は復興中。

 中央にあるのは海に囲まれた国、神皇国ラムレス。東西を繋ぐ交易の拠点でもあり、神を信奉する国。

 そして南の大砂漠。様々な部族――主に獣族がそれぞれの領分を統治している。ソル達のようなヒューム族は海を渡らず東西を移動するために砂漠を横断するくらいでしか足を踏み入れることはない。

 ソルとルナは、その南の大砂漠へと向かっていた。


「でも何で、大砂漠なんです? 遺跡があるなんて話は聞いたことないですけど」

「あの砂漠が魔力災害で出来たと言われているのは知ってるか?」

「なんか聞いたことあるような気はします」


 でもそれが何か関係しているのかとルナは問いたげである。


「これは一部の冒険者間の噂レベルの情報だが。砂漠の下に、遺跡が眠っているんじゃないかってな」


 ルナが驚きの表情となる。


「基本ボッチだったソルさんの冒険者間情報とは……?」

「そこかよ! 昔のな。昔の情報だ。あと俺はお前と違って、一人でいたいから一人でいただけでボッチじゃない」

「さっき自分でボッチって言ってたじゃないですか! それなら私もですー! 私も一人でいたかっただけですー! ボッチじゃないですー!」

「あーはいはい」

「もう……それで、その噂レベルの情報と魔力災害が関係していると?」


 戯言を間に挟みながらも、ルナは話の本筋を見失わない。

 いちいち自分が話を戻そうとする必要がないあたり、ソルにとっては話しやすかった。

 ルナの問いかけに頷くと、これでこの話は終わりだと言わんばかりにソルは先に見える湖を指差した。

 そこは旅人達の野営地にもなっているようで、他にも何組か先客がいる。


「俺達も今日はあそこで休むか」

「人多そうですね……」


 その声には少し憂鬱さが滲んでいる。

 ソルも同じなのだが、ルナもまた人の多いところが苦手なのかもしれない。

 だが野営を考えた時、なるべく孤立しない方がいいのだ。


「ボッチにはキツイか」

「べ、別に交流するわけじゃないですし! ボッチじゃないですし!」


 近すぎず、どちらかと言えば少し離れた適当なところで腰を下ろすと、ソルはルナがハコから取り出した水袋を受け取る。


「そういえばだ」

「はい」


 水を口にし、唐突に声を上げるソルにルナは振り向く。


「生活魔法も使えると書いてあったが……」

「そうですね」

「飲水を出せるってことか?」

「そうですよ? 何を今更?」


 ルナの反応にソルは呆然。

 今更?ということは、ルナはこの事実に気付いていたということだ。

 だとすると――


「わざわざ水の買い溜めをする必要なかったんじゃないのか?」


 そう、長旅には欠かせない水。

 こうした湖の畔に野営地が自然と形成されるのも水を調達することも理由の一つだからだ。

 だが、その水の調達が魔法で済むというのなら旅路は圧倒的に楽になる。


「あー、そうですね。でもソルさんはその水を飲まなさそうだったので、買い溜めていくのかなと思ってました」


 ソルは首を項垂れる。

 自分の無知のせいで無駄金を使ってしまったと。


「すまん、ただそこまで頭が回っていなかっただけだ」

「あ……あぁ……まぁ、どんまいです!」

「あぁ……お前に素直に励まされると何故こんなにも心抉られるんだろうな」

「えぇぇぇ」

「すまんすまん、とりあえず――」


 ソルは両手で水を掬うように器形を作ると、そこに水が湧くよう念じた。


「本当だ……水が湧いた……」

「あ、ソルさ――」


 そして感動しながら、その水を啜る。


「美味い。魔法の水ってこんなにも美味いんだな」

「いや……はぁ……」

「今まで飲んだどんな水よりも舌触りも飲み心地もいい」


 水袋の革の匂いが染みついた水でもなければ、樽の木の匂いが染みついた水でもなければ、湖水を煮沸した時に煤が混じるような水でもない。


「いや……もう……はい……ありがとうございます」


 ソルが水に舌鼓を打っている横で、ルナは顔を赤くして俯いていた。


「どうした?」


 ソルが声を掛けると、ルナは頬を引き攣らせながらも何故か挑戦的な顔でソルを見返す。


「いえ。まぁ、それも一応、聖水ですからね」


 聖水。

 諸説あるが、広義的には魔力を帯びた水全般が聖水と言われる。

 そのため、魔法で出したこの水も当然、聖水ということになる。


「なるほど。聖水だから美味いのか」

「ただの聖水じゃありませんからね……まだお気付きになりませんか?」

「どういうことだ?」


 ルナの言いたいことがわからず、ソルはルナを見返す。

 そこにはニヤニヤした顔がある。


「その聖水は、誰の魔力か、ということです」


 湧き出る水を再度啜りながら、ルナにそう言われ、ソルは思い至る。

 ソルの魔力はルナのものだ。

 つまり――


「そう、ソルさんは今、私の聖水を飲んでいるのです!」

「ぶっ!」

「あぁ! 貴重な私の聖水になんてことを!」


 思わず口に含んだ水を噴き出してしまうソル。

 その表現は何とかならんのかと思いながらも、水袋を持ち歩く旅人や冒険者達に納得する。


「なるほどな……そういうことになるから、水魔法が使えてもみんな水袋を持ち歩くんだな」

「まぁ気にしない人は気にしませんけど、気にする人が多いってことですかね」

「それはそれで非効率だな。美味いのは確かだし」

「実はまぁ、その美味い不味いも色々あるんですけどね、美味しいと感じて貰えたなら私は恥ずかしながらも嬉しい限りです」


 もじもじしながらルナは頬を赤く染める。


「やめろ、水が飲みづらくなる」

「飲まないという選択肢がないことに感服です」

「俺は合理主義者だからな。美味いものは美味い、便利なものは使う。それだけだ」


 その言葉にルナは満足げに笑うのだった。

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