第16話 神獣の巫女1

「リタさん、泣きそうでしたね」

「そうだな」

「ソルさんは罪な男ですね」

「そうだな」

「そんな罪な男がゾッコンになってる私はもっと罪な女ですね」

「そうだな」


 街道をひたすら歩きながら、上の空のソルにルナはため息を吐く。

 ウェステリアを離れて丸一日、ソルはずっとこの調子だ。


 ウェステリアを出る際に、約束通りギルドへ立ち寄り、リタへと挨拶をした。

 あまりにも早い出発にリタは驚きを隠せず、その目には涙を浮かべていたのだ。

 その表情は、見つめられた誰もが恋に落ちるのではないかというほどに、美しかった。


 その魅力にやられた男が、ここにも一人いるというわけだ。

 何を話しかけても上の空。

 故にルナの悪戯心が悪さをしたとしても、仕方のないことだった。


「今夜は、その寂しさを紛らわすために私を抱きしめて離さないんですね」

「そうだな」


 いつまで続くのかわからないやり取りにゾクゾクしながら、ルナは徐々にニヤけていく。


「優しくしてくれないと、怒りますからね?」

「そうだな」

「……ソルさんは、私の身体を舐め回したいんですね」

「そうだな」

「ってもぉぉぉぉ!! ソルさん!!」


 ルナの方が限界だった。


「ん、どうした?」

「どうした? じゃないです! なんですか! 私というものがありながらどんだけリタさんに心持っていかれてるんですか!」


 何故ルナが怒っているのかわけがわからないという顔をしながら、ソルはため息をつく。


「リタには本当に世話になったからな」

「それはわかりますけど……」


 リタは素敵な女性だった。

 大らかで、お淑やかで。たまに変に怖かったが、素敵な女性であることはルナから見ても間違いなかった。

 ただ、これほどまでにソルの心が持っていかれるとはルナも思っていなかった。


 確かにソルがリタと過ごした日々はルナとは比べるまでもなく長く。

 その日々をルナは知らないのだ。

 ソルのその喪失感にとやかく言う資格はない。


 わかっている。

 わかってはいるが、ルナのモヤモヤは晴れない。


 ソルは知る由もないことだが、実はルナの方がソルのことを先に知っているのだ。

 覚えてもいないだろうから、そんなことをルナも言うつもりもない。


 ただ、これほどまでにソルの心を持っていくリタという存在に嫉妬してしまっていた。

 自身もまた、ソルにとってそのような存在になれるだろうかと。


 別に惚れた腫れたという話ではない。

 ソルという存在に、ルナは救われた。

 ソルがいなければ、ルナは大切な妹との別れに立ち会えなかった。

 大切な妹は逝ってしまったけれど、最期の瞬間に立ち会えたことが、ルナにとっての

生きる力となっている。


 ウェステリアでソルと出会った時には、本物かなんて自信はなかった。

 追いかけっこをした時も、こんな巡り合わせがあるものかと疑っていた。

 しかし、フォレストリザードを一閃した姿を見て、確信へと変わった。

 自身を救ってくれた、紫電のソルだと。


 そんな自身を救ってくれた存在を、自分もまた救いたいと思う。

 それだけの話なのだ。


 だからソルがリタへと馳せる想いに不満を感じるのは、筋違いもいいところ。

 ソルの心に穴が開いたとするのなら、それを埋められるようになればいい。

 穴を埋めるための一欠片だとしても、なれるならそれでいい。

 そう思うようにしよう。

 考えれば考えるほど思考が定まらなくなっていくのを感じ、ルナは考えるのをやめた。


「沢山の冒険話を、お土産に持って帰りましょう? また会えますから」

「そうだな」


 ソルの顔が、少しだけ笑ったように感じた。


「冒険の中で育んだ私達の愛の話も、いい土産話になりますよ?」

「育む愛なんてどこにもないけどな」

「えぇぇぇぇぇ」


 ルナの戯けた対応に、ソルもようやく自身を取り戻す。

 ルナがソルを元気付けようと軽口を叩いていたことにソルも気がついた。


「すまなかった。俺もボッチが長かったからか、久しぶりに人の繋がりに浸ってしまったのかもしれん」

「俺『も』ってなんですか、『も』って!」

「ボッチ大先輩の前で、ボッチを名乗るのも失礼だったか」

「ちょっとソルさん!?」


 感傷に浸り、そんな他愛のない話もしながら、ソル達はウェステリアから南の大砂漠へと向かうのだった。



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