第15話 深淵を喰らうもの7
ルナの装備を整えると、ようやく多少冒険者らしくなった。
今までのルナの風貌は冒険者というよりも旅人という方が近かった。
寒さや雨対策の外套も合わせて購入し、それなりの格好だ。
ソルよりも背が低いとはいえ、頭ひとつ分。
ソルがそもそも背が高めのため、ルナも女性の中では高い部類に入るのかもしれない。
フード付きの外套を纏っていることもあって、それなりの見た目に見える気がする。
ソルは思わず声が漏れた。
「ほう」
「そんな舐め回すように……いやらしい。気持ち悪いんでやめてもらっていいですか?」
「あぁすまん。お前はダサいとか言ってたが、ショートボブのその赤髪とよく似合ってるぞ」
「ききき気持ち悪いんでやめてもらっていいですか?!」
2週間共に生活をして、ソルはようやくルナの性分を掴みかけていた。
ルナは褒められるのに慣れていない。
言わばこれは照れなのだ。
そうわかると、大してルナの悪態も気にならないものだ。
「重さはどうだ?」
「重たい気はしますが、慣れない装備を着ているから、そんな気がするだけですかね。身体は普通に動きます」
よし、問題なさそうだ。
「店主、これでいい。いくらだ?」
「ありがとうございます、合わせて金貨3枚になりますが、『深淵を喰らう者』様御用達とならば良い宣伝になりますので、2枚にさせていただきます」
「随分と太っ腹だな」
思わぬところで効いてきた『深淵を喰らう者』。
ソルとルナは顔を見合わせ苦笑する。
「本当に共有資金からでいいんですか?」
「当然だろ。俺達の旅に必要な経費だ」
ソルはルナがハコから取り出した貨幣袋を受け取ると、中から金貨2枚を取り出し、店主に渡した。
「存分に宣伝するといいさ」
「ありがとうございます!」
店先まで見送りに来た店主を背に、二人は宿に向かう。
「ソルさんは装備いいんですか?」
今回買ったのはルナの装備だらけだ。
それを疑問に思うのも仕方ない。
「俺の装備はほぼ完成されてるからな。これ以上の装備があればその時また考えるさ」
脚技をメインとするソルは両脛に刃のついた脚鎧、動きを妨げないよう腕の一部を覆う籠手。そして主に胴を守る鎧。
手持ち武器は取り回しのきく小剣。
ただしその全てが軽量な上に最硬度を誇る魔鉱石ダクマタイトによるものだ。
市場に流通することもほぼない古代魔法都市の遺物である。
過去のダンジョン踏破で得た装備だった。
「そんな装備を身につけてるって……ソルさんってさり気なく凄いところを隠してますよね」
「ひけらかすもんでもないだろ」
「それはそうですけどね……私、凄い人とパーティ組んでるんだなと思うと気が重いです」
「気にするな。俺にとっちゃ魔力量が異常なお前の方が凄いと思うんだからな」
「そう言っていただけると、少しは、ほんの、ほんとにちょびっとだけ、気が紛れます」
ルナは指の隙間を1ミリくらいにしてその隙間を覗き込む。
「ほぼ紛れてねぇじゃねぇか」
「そういうことです。戦闘で少しは役に立つところ、お見せしないといけませんね」
すでにその片鱗を深淵の森で見たソルだったが、ルナ本人もやる気を出しているようだったため、特に何も言わずにそのまま帰途へと着いた。
「お、帰ってきたな、深淵喰らいのソルとルナ」
「うぅ……恥ずかしいです」
「諦めろ、少しの辛抱だ」
宿に戻るなり、マスターが笑顔で迎えてくれる。
この居心地のよさともお別れかと思うと、少し心苦しい。
ソルがウェステリアに来て半年。ずっと世話になった宿だ。
カウンターに腰をおろし、店内を見渡しながら過去に浸る。
深淵の森の遺跡に共に向かえるハコ持ちが見つからずに自棄になった日もあった。
思いがけずに稼げて酒を豪快に飲んだ日もあった。
ルナと出会った日も、パーティを組むことになった日も、この宿だった。
ソルのウェステリアの思い出の大半は、この宿と共にあるのだ。
寂しくないわけがない。
「今日は深淵喰らい様の貸し切りだぜ」
「は?」
マスターは店の前に本日貸し切りの看板を出す。
その背中にはどことなく哀愁が漂っているように感じた。
「近々、発つんだろ?」
「……あぁ、明日にはと思ってる」
「はえぇな。まぁ次の目的がありゃしゃあねぇか。最後に、思いっきり食って飲んでけ」
店の奥から酒と料理をドンドンと運んでくる給仕。
こういうところがこのオヤジのいいところなんだろうなとソルは目頭が熱くなる。
上級麦酒を木杯に注ぐと、早速3人はその木杯を掲げた。
「ありがとな、マスター」
「カンパーイ!」
「ごち!」
「いや奢りじゃねぇのかよっ!」
楽しく穏やかな時間は、あっという間に過ぎていく。
一夜にして大金貨3枚になるほどの酒を浴びるように飲んだソルとルナ。
かくして深淵を喰らう者達の名は、大酒を喰らう者としてもその名をウェステリアの街の歴史に刻むことになる。
ルナの目的の蘇生の指輪の在処はわからない。
道標のないソルとルナの旅路は決して楽なものではないだろう。
しかし、それでも2人は進むことしか選ばない。
やるべきことがあるから。
後ろ髪を引かれる程に名残惜しくとも。
こうして自分達が笑える場所があるから。
いつでも帰ってこいと背中を押してくれる人がいるから。
深淵を喰らう者達の本当の旅は、ここから始まるのだった。
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