第14話 深淵を喰らうもの6
「終わったぞ、リタ、ありがとう」
「お疲れ様でした」
訓練場の鍵をリタに返し、ギルド内を見渡すと既に冒険者が複数名、掲示板の前に群がっていた。
依頼を見てはあれじゃないこれじゃないと議論するこの街育ちの冒険者を見て、ソルは離れ難い空気を感じていた。
「今後について、考えないとな」
深淵の森の遺跡にはルナの求める蘇生の指輪はなかった。
つまりルナの目的のためには、このウェステリアを離れる必要がある。
手持ちの共有資金は大金貨6枚と金貨2枚。
旅に出ようと思えば出られる金額だ。
「2週間も顔を見せないと思ったら、またすぐにこの街を出られるのですか?」
リタが心なしか、寂しげな表情をしている気がする。
「そうだな……何かあるかルナ?」
「一人旅をしてはいましたが、どちらかと言えば私はまだ駆け出しの冒険者です。長旅の備えについては、正直ソルさんにお任せしたいところです」
やはりルナもこの街に留まるつもりはない。
遺跡が空振りだったのだから当然と言えば当然のこと。
そして先を急ぎたい気持ちも間違いなくあるはずなのだ。
タイムリミットがあるとは聞いていないが、目的達成は早いに越したことはない。
ソルとルナの様子に、リタも多くは語らない。
「出発前には、顔を見せてくださいね」
多くの冒険者達を見送ってきたギルド職員だ。
出会いがあれば別れがあることも理解しているし、今までも散々経験してきた。
それでも寂しさを感じないわけがない。
そしてそれはソルも同じだ。
煩わしい関係性は敬遠していたが、リタはその距離感を汲み取ってくれていた。
この街で長くハコ持ちを待つことが出来たのも、リタのおかげと言っても過言ではないのだ。
「当然だ。恩人に挨拶もなくいなくなるほど、俺は礼儀知らずじゃないよ」
「ならよかったです。
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「なんだそれ? 樹喰いじゃないのか?」
ソルの疑問に、リタは笑顔で胸を張る。
「過去、誰も深淵の森の深奥の遺跡まで踏破した方はいませんので、噂を聞きつけた冒険者の方々は昨夜からお二人のことをそう言ってますよ? 深淵喰らいのソルと深淵の魔女ルナ。お二人の担当の私も鼻が高いです」
「え? それ、私もそうやって呼ばれてるんです?」
ルナは頰を引き攣らせている。
「ボッチの治癒術師よりマシじゃねぇか」
「それは……! そうですけど……」
「けど?」
「もう少し、綺麗な感じか可愛い感じの二つ名がよかったです。それにその二つ名だと私、ソルさんに食べられてるじゃないですか」
「もちろん、そういう意味も込められてます」
「何でだよ!」
リタの言葉にソルは頭を抱える。
この街の奴らはアホなのか。
ソルは短絡的な思考に呆れる。
「まぁ間違いではないですねぇ。いや〜照れますねぇ」
「いや間違いだらけだろ!」
ルナは不満げな顔からいつものからかい顔へと変わっている。
思考を切り替えるのが早すぎだ。
「ふふ、冗談です。ルナさんも深淵喰らいの治癒術師って言われてますよ。ですので、お二人のパーティ名は『深淵を喰らう者』でこの街に浸透しそうです」
「うぅ……もっと可愛いのがよかったですぅ」
「まぁどうせこの街でしか通じねぇよ。二つ名なんて、行った先々で勝手につけられるもんだからな」
ソルの言葉にリタも頷く。
「そうですね。二つ名が街や国を越えて響き渡るには、相当の実力と実績が必要です。ですが、お二人にはそのお力があると、私は思いますよ」
「ソルさんにはあると思いますけど、私はまだまだですよ」
「珍しいな。ルナが謙遜するなんて」
「本当のことを言ったまでです」
「ルナさんもハコ渡りまで使えるお方です。そのお力はあると思います。派手な戦い方ではありませんが」
「そこですそこぉぉぉ。良い二つ名を獲得するためには、派手さが大事なんですよやっぱり。ただ私のだと無理があります」
思いのほか二つ名にこだわるルナ。
そんなことどうでもいいと思うソルは、ルナの新たな一面に頰を緩めた。
「なら俺がいつかお前の気に入る二つ名でも考えてやるよ」
「本当ですか!? 絶対ですよ!?」
「わかったわかった」
何でこんなことを言ったのか。
ソルも自分の口から滑り出た言葉に驚きを覚えるも、ルナの喜びに満ちた顔を見たら、それもまたいいかと思ってしまう。
「とりあえず明日に向けて準備だ。俺の装備はいいとして、ルナ、お前は丸盾を持て。ローブを着るなら魔装具のローブが欲しいところだが、この街にはないだろうし、しばらくはローブじゃなくて薄手の革鎧と、その上に鎖帷子を着ておけ」
メイスだけでは防御し切れない攻撃があるかもしれない。
機動性を残したまま防御可能な丸盾は必須。
ローブも今ルナが着ているのはただの厚手の布だ。
斬撃にも衝撃にも弱いルナの今の防具では心許なかった。
「えぇ……重くて動けないですよ。それにダサそうです」
「大丈夫だ、問題ない。理屈的にはな。見た目は外套でどうせ隠れるから気にするな」
重さはソルの体力が供給されるから支障はないはず。
だが当然のことながら、買う前に試着は欠かせない。
「はぁ……そういうことですね。わかりました」
二人のやり取りを静かに見守っていたリタは、嬉しそうに笑う。
「本当にこの2週間で、パーティらしくなりましたね」
「そうなんです、奇跡的運命の出会いを果たしたパーティです」
ルナがキリリとドヤ顔を決めてくる。
「勘弁してくれ。ただの即席パーティだよ」
ソルの言葉にルナはまた頰を膨らませ、ぶーぶーと不満をたれるのだった。
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