第11話 深淵を喰らうもの3

 ゴーレムが立ち上がり、その巨体をゆっくりと揺らしながらソルへと向かってくる。

 振り上げた腕には鎖が巻きついており、どうやらそれを振り回すのがこのゴーレムの戦い方らしかった。

 だとすると、その鎖の射程範囲内には間違いなくルナが入ってしまう。


「ルナ! 下がれ!」

「っ! はいっ!」


 ソルの声にルナは即座に扉の外側へと退避する。

 ゴーレムの鎖はドーム内の壁面ギリギリを縦横無尽に跳ね回っていた。

 扉の内側にいたら、ルナは間違いなく大ダメージを負っていたことだろう。


 そんな中、ソルはゴーレムの両腕の鎖を難なく回避し続ける。

 回避しながら、脚蹴りを頭部や肩部に喰らわせているが、ゴーレムに特にダメージはなさそうだ。


 ソルは剣に手をかけようともしたが、ゴーレムと剣の相性を考えたのか、結局は抜かずに蹴り技を立て続けに繰り出す。

 ソルもルナもダメージが通らない理由を理解していた。


 ゴーレムの表面に魔力の膜があるのだ。

 ドラゴンと同じように。

 魔力ゼロのソルにとって、魔力の障壁持ちは天敵だ。


 ルナは手元の小箱を見る。

 ソルが魔力を扱えるようになるという情報を得ていた魔装具がこの中にあるはずだった。


 箱の表記には古代文字で『互換の指輪』の記載。

 ソルの目当てのものだった。

 箱を開け、蓋の裏の説明書と思われる文面を読み込む。

 一部を除き、概ねソルから聞いていた情報に相違ない。


 この指輪があればソルはゴーレムに勝てる。

 今のままではジリ貧なのは間違いない。

 ルナはソルに罵倒されるのを覚悟して、指輪をソルに渡すべく、部屋の中へと踏み込んだ。


「ソルさん! 互換の指輪です! 装着してください!」


 何との互換により魔力が扱えるのかソルはわかっていないが、最悪生命力との互換であることまで覚悟をしていた。

 それでもソルは、この互換の指輪を欲していた。


 故に、ルナが部屋に踏み込んだ瞬間、ルナの元へと駆け下りる。

 指輪を受け取ると同時に、鎖が二人に襲い掛かる。

 しかし、その鎖は二人の前で弾かれた。

 扉の周囲を守るように、障壁が展開されたのだ。


 ソルも状況を飲み込めていない。

 ルナから受け取った指輪を嵌め込み、鎖からルナを守るために鎖を弾こうと腕を振るっただけ。

 しかし、腕に衝撃はなく、代わりに目の前の水面のような障壁が波紋を広げていた。


「これが水の盾?」

「俺が出したのか? 冒険には水が欠かせないと常々思っていたとはいえ、まさか水魔法の指輪とはな」

「そんなもんですよ。さて、これでもう勝ち戦ですね」

「簡単に言うな。魔法なんて、どうやって使えばいいんだ?」

「指輪に込められていたのは水盾、水刃、水弾の三種類です。念じれば今のように生じるはずです」


 ルナは部屋の外までまた下がり、ソルの戦いを見守ることができる位置をキープする。

 ソルもそれを見て、ゴーレムを練習台にすることを決めた。


「今のが水盾。あとは水刃と水弾か」


 ゴーレムを見据え、掌を向ける。

 水盾の内側からゴーレムの腕目掛け、水の弾が飛んでいくよう念じる。

 すると掌から凝縮された水弾が水盾を破裂させ、そのままゴーレムへ向かって弾けた。


 岩の破裂する音、そしてズシンと落ちる音が響いた。

 水弾がゴーレムの片腕を吹き飛ばしたのだ。


「マジかよ……あんだけ蹴ってもノーダメージだったのに」

「いや、今の水弾も高密度で洗練されすぎですけどね。そりゃあんなの喰らえばゴーレムの腕ももげますからね?」


 背後からルナの呆れた声が聞こえてくる。

 楽しくなってきたソルは、脚蹴りを放つと共に、その衝撃が水刃となって飛んでいくよう念じる。

 チュインッと甲高い音が鳴ったと思うと、ゴーレムの身体に斜めの切れ込みが入り、次の瞬間にはその半身が崩れ落ちた。


「……扱い慣れすぎじゃないですかね」

「魔法が使えたら、こうやって使いたいとは昔からずっと想像していたからな」

「何はともあれ、お見事です。逃げずに互換の指輪で戦うことを選択してよかったです」


 魔石を残して塵に返ったゴーレムが憐れに見えるほど、ソルの魔法は洗練されていた。

 ルナは自分の選択は正解だったと胸を張る。

 ただ、ソルはそこで思い至った。


「ルナ、小箱を貸せ」

「え、な、何でですか?」

「いいから寄越せ」


 ソルはこの指輪が、何との『互換』なのかを確かめねばならなかった。

 最悪、自身の生命力との互換も覚悟している。

 ただ、そうであるならば使い所は気を付けねばならないとも考えている。

 小箱を渡すのを躊躇っているルナの様子から、強ちその線も否めない。


「大丈夫だ、覚悟は出来ている」


 ソルはそう言い、ルナへ手を伸ばす。

 躊躇っていたルナだが、見せないわけにはいかない。

 このやり取りはソルとルナの信頼関係にも影響を及ぼすものだ。

 ルナも覚悟を決め、小箱を差し出した。


「勝手なことをしてごめんなさい」

「は? 何でお前が謝るんだよ」


 ソルはルナの不審な言動を不思議に思いながら小箱を受け取る。

 表記の『互換の指輪』を確かめ、蓋を開ける。

 そして、中身を確認すると、ソルは目を見開いた。


 小箱の中には、指輪が嵌っていたであろう窪みがある。

 その窪みの数がおかしい。2箇所あるのだ。


 ソルは1つしかつけていない。

 となれば、もう1つは――


「ここにあります」


 ルナの右手の薬指に、それは嵌っていた。

 何故? ルナがわざわざ指輪をつけている?


 ――互換の指輪。


 その名前に嫌な予感を感じ、直ぐに蓋の裏の古代文字で書かれた説明文を読む。


『この指輪は一対の指輪であり、それぞれ装着した装着者の魔力と体力を互換するものである。体力を欲するものは互換の指輪(体力)を身につけ、魔力を欲するものは互換の指輪(魔力)を身につけること。互換の指輪(魔力)には水盾、水刃、水弾の魔法を基本魔法として封じるが、生活魔法を使用することも差し支えない。また、魔力のみを発動することも可能である。初回の起動にあたってはどちらかの指輪に魔力を通わすこと。なお、この指輪は一度装着すると外すことは不可能のため、装着者互いの為にその身を犠牲にする覚悟を持って装着することを推奨する』


 これは……どういうことだ。

 ソルの右手の薬指に装着されている指輪は、互換の指輪(魔力)なのだろう。

 とすると、ルナの右手の薬指に装着されている指輪は、互換の指輪(体力)ということだろう。


「俺が魔法を使うとルナの魔力が……消費される?」

「はい。そして、その分、その魔力に応じたソルさんの体力が私へ還元されます。逆に私が指輪を通してソルさんの体力を消費すると、ソルさんから体力が消費され、私の魔力がソルさんへ供給されます。私は体力がないので……ご迷惑どころではない迷惑をおかけすることに……。ソルさんに対して取り返しのつかないことをしたと理解しています。この身、ソルさんのために捧げる覚悟も出来ております」


 その言葉にはルナの軽薄な雰囲気はなく、深刻な空気が満ちていた。


「ふざけるな」

「っ! ごめんな――」

「俺の体力のことなんてどうでもいい! 体力しか誇れるものがないくらいなんだ。そんなものいくらでもくれてやる。それよりも大丈夫なのか? さっき使った魔法でどれだけ消耗したんだ?」


『俺の体力を吸い取る気か』と罵声を浴びる覚悟だったルナは拍子抜けのあまり開いた口が塞がらない。

 ソルは自身のことよりも、まずルナのことを考えている。


 その事実に、ルナは徐々に口元が緩んでいくのを何とか堪える。

 この真剣な空気感の中で、ニヤけ顔を晒そうものならソルからの罵声が現実のものとなるに違いないからだ。

 誤解が生じないように、ルナはゆっくりと言葉を紡いだ。


「実は私、体力がない代わりに魔力の多さが取り柄でして。ソルさんがさっき使った魔法では、どれだけ減ったかなんてわからない程度の魔力しか減ってないんです」

「……本当だな?」


 ソルの神妙な顔付きに、ルナも黙って頷くしか出来ない。


「わかった。ならまずは帰るぞ。詳しい検証は帰ってからだ。それまで俺は魔法は使わん。お前は遠慮なく体力使って構わないからな」

「いや、それは――」

「いいと言っている。ハコが激しく体力消耗することは知っているからな」


 ソルの気が緩むのがルナも肌で感じる。

 ルナを思いやってくれていることも。


 何も自分の心配したことには繋がっていない。

 それがわかり、ルナも安堵のためか声が大きくなる。


「はいっ!」

「ゴーレムの魔石、ハコにしまっておいてくれ」

「はいっ!」

「あと、ここで一先ず野営して、陽が昇るのを待とう」

「はいっ!」

「……素直すぎるのも調子狂うからやめてくれ」

「はいっ! ってどーゆーことですか!?」


 先を行くソルの背を追いかけて、ルナはキャンキャンと犬のように不満を漏らすのだった。




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