第9話 深淵を喰らうもの1
鬱蒼と生い繁る森を一歩一歩進む。
速さが自慢のソルも密集した森の中ではスピードも出し辛い。
とは言っても、今はソル一人ではないため、スピードを上げるわけにもいかないのだが。
「大丈夫か?」
ソルは背後で息切れしているルナへ声を掛ける。
どうやら体力はあまりないらしい。
「この間みたく、おぶって、くれても、いいんですよ? 私の、身体に、堂々と、触れますよ?」
「そんな口を利けるならまだ大丈夫だな」
バカなことを宣うルナを一瞥し、再びソルは前を向く。
パーティを組むことになった日の翌日。
ソル達は数日分の食糧と水を買い込み、深淵の森に入っていた。
後ろから「ひどい」とソルを罵る声が聞こえる気がしたが、ソルは気にしない。
本当に無理そうなら支えるつもりだ。
しかし、真剣な冒険時において甘やかすことは厳禁だ。
未知の場所の冒険は、いつどこから危険が降りかかるかわからない。
ソルは周囲への警戒をしつつ、すぐに身動きが取れるような状態を維持しなければならないのだ。
そのまま暫く進んでいくと、木々の間隔が徐々に開けてくる。
野営をすることも可能なくらいの広さになってきていた。
「こんな木々が密集した森に遺跡なんてあるのかと思ったが……」
「奥に進むほどに間隔が開けるなら、ありそうですね」
空は赤く染まりかけていて、ソル達からは既に陽は見えない。
これ以上進むのは危険と判断したソルは周囲の木々から枝を刈り取る。
「今日はこの辺で野営しよう」
「はぁ……よかったです。そろそろ本気でおんぶしてもらおうかと思ってました」
大きく息を吐きながら、ルナは転がっていた丸太に腰を下ろし、息を整え始めた。
「もう少し火種を集めてくる。食える物を出しておいてくれ」
「目の届く場所にいてくださいね。魔物が出ても私じゃ殺されるだけですから」
「何言ってんだか。だが基本、見える場所にはいるようにする」
ルナはハコ持ちの治癒術師だ。
武器としてメイスを携帯しているが、正面からの戦力だけでいえばソルの方が上だ。
ただハコ渡りも合わせて戦うのであればルナも強い。
相手の死角へ飛んで叩くことが可能だからだ。
森に入って少しした時、木々が密集したところで樹上にいた大蜘蛛に襲われたが、瞬時にルナが飛んで叩き潰していた。
治癒術師は戦えないイメージがあったが、そんなイメージはルナには通用しなかった。
腐敗したゴブリンゾンビが出てきた時も、その匂いに顔を顰めてはいたが、即座に治癒魔法を唱えて浄化していた。
一人で旅をしていた時期があるというのは、その戦いぶりから真実であることが手に取るようにわかった。
ソルが役に立ったと言えば、ゴブリンが3体現れた時に瞬時に3体を屠ったくらいだろうか。
そうして火種となる枝を集めながら今日一日の戦闘を振り返っていると、ルナの方から木々が裂けるような音が響いた。
「なっ……フォレストリザードだと!」
ソルの視線の先には、木々の合間を縫って現れた緑色の大きなトカゲが舌舐めずりをしていた。
その大きさは熊を縦に3頭並べた程。
人が一人で太刀打ちできる相手ではない。
フォレストリザードの視線はルナに向いている。
ルナは足元に置いたメイスへとゆっくり手を伸ばしていた。
「バカ野郎……下手に動くな」
姿が見えているとはいえ、声が届く距離でもなく、ルナの手はメイスを掴んだ。
と、同時、ルナを喰いちぎらんと強くしなやかに動いたフォレストリザードの首が飛んだ。
刹那の出来事。しかし、ルナは見ていた。
黒紫色の残像がルナの目の前を横切ったのを。
「……これが、紫電一閃」
着地するソルを見つめながら、思わずルナは呟く。
フォレストリザードの首は、ソルの脚蹴りで一刀両断されたのだ。
両断したソルの武器はスピードと両脚の脚鎧につけた刃。
これがソルの武器の1つであり、最大の武器でもあった。
首を失ったフォレストリザードの身体が蒸発するかのように霧のようになってゆっくりと消えていく。
瞬間的に噴き出た血も同じように消えていった。
そこに残ったのは、人の頭程の大きさの魔石のみ。
その魔石を持ち上げると、ソルはルナを振り返る。
「何戦おうとしてんだよお前は」
「メイスがなきゃ防御も出来ないですから」
防御しようとするということは、ソルが助けに来るということを考えていなかったということ。
もしくは、助けに来るとわかっていても、助太刀をしようとでも考えたのかもしれない。
「ったく……もっと俺を信じろ」
「ですね。すみません、ありがとうございます」
そう言って座り直すルナは震えていた。
必死に平気な素振りをしているが、身体の震えは隠せない。
ソルはルナの隣に座ると、脇に抱えいた火種となる枝をバサバサと目の前に放り投げ、火打ち石で火をつけた。
「自分で言うのもなんだが、俺は、それなりに強い。東では紫電のソルと呼ばれてたくらいだ」
「ご本人かどうか自信はなかったですが、今、確信しました」
「知ってたのか。まぁ、だから大丈夫だ。安心しろ」
「……ありがとう、ございます」
一人で冒険してきたとはいえ、ルナには流石にフォレストリザード程の大きさのものに耐性はない。
命の危機を感じて震えてしまうのは仕方のないことだ。
震えるルナの頭を撫でようとソルが手を伸ばすと、ルナの顔がガバッと上がる。
「すごい! すごいです! やはり私の目に狂いはありませんでしたね! いや〜強い方と見込んでのお誘いでしたが、まさか本当に紫電のソルさんだなんて、自分の目利きが恐ろしくなっちゃいますね!」
どうやらルナの震えの正体は恐怖心ではなく、気持ちが高揚していただけのことらしい。
ルナの頭に触れる直前で止まっているソルの手に、ルナの視線が向かう。
「ん? どうしたんです? 私にボディタッチしようとしてるんですか? カッコいい姿を見せつけたからってどさくさに紛れて何しようとしてるんですか〜」
「……お前の身体に興味はない」
ソルはそう言って伸ばした手をしずしずと引っ込めた。
怖がっていると思って頭を撫でようとしたなんて、絶対にバレるわけにはいかない。
「相変わらず酷いですね! 手を出す直前だったくせに! この天邪鬼めー!」
「うるさい。黙れ。飯にするぞ。あとこの魔石をしまっとけ」
手に持った魔石をルナの傍に置く。
ルナはその魔石を言われた通りハコにしまうと、干し肉とパンと水を取り出す。
「あの、何でさっきの魔物は消えたんですか?」
「お前、ダンジョンは初めてか?」
「ダンジョン? 遺跡のことですか? であれば2回目ですけど」
「ちょっと違うな。ダンジョンは魔力濃度が高くなった結果に生じるものだ。遺跡であっても、魔力濃度が高くなければただの遺跡でしかない」
「ここの遺跡は、ダンジョン化しているということですか?」
「そういうことだ。そして、ダンジョンの魔物は殺すと実体がなくなり魔石だけになる。さっきのやつみたいにな」
ダンジョンの魔物は死ぬと身体が霧のように消える。
これは少しでも魔力をダンジョンに還元し、新たな魔物を作る糧になっているからだと言われている。
「魔物は生態系関係なく、ダンジョンの魔力から生じているということですか?」
「ダンジョン化した場所は、そういうことになる」
「原因となる魔力濃度の高まりっていうのは、魔力の高い魔物が原因と考えていいんですか?」
「それだけじゃないがな。魔装具もダンジョン化の原因となり得る」
それはつまり――
「ここに魔装具がある可能性が高いということですね」
「もしくは、ドラゴン並みの魔物がいるかだ」
ドラゴン、という言葉にルナの肩がピクリと震える。
「ソルさんは……ドラゴン相手でも勝てますか?」
「今は無理だな。俺は魔力がないから魔法が使えない」
「え? ソルさん、魔力がないのですか?」
「あぁ、ない」
ルナはソルが告げた魔力ゼロという言葉に開いた口が塞がらない。
魔力ゼロであの強さであることが、ルナにとっては衝撃だったのだ。
しかし、強いとは言えドラゴンの火炎には魔法防御が必須となるし、魔力に覆われた強靭な外皮を斬るにも魔力を通す魔装具の武器が必要となる。
つまり、どの道、魔力のないソルには勝ち目がないのだ。
「じゃあもしここのダンジョン化の理由がドラゴンだとしたら……」
「残念ながら、逃げるしかないな」
幸いにもソルはスピードには自信があるし、ルナもハコ渡りを持っている。
逃げるとなれば無事に逃げられる想定なのだ。
「だから俺が逃げると決めたら、さっきみたいに戦うような真似はするなよ。お前がハコ渡りで逃げようとしなければ、俺がお前を担ぐことになる」
「大丈夫です、わかってます」
「まぁ深淵の森付近でドラゴンを見かけたなんて話は聞いたことがない。大丈夫だとは思っている」
「原因は魔装具であって欲しいですね」
言葉には深刻さが滲み出ながらも、干し肉とパンを頬張りながら喋るルナには、今ひとつ緊張感が感じられない。
コイツはある意味大物かもしれない、そう思うソルなのだった。
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