第8話 常にボッチの治癒術師8
マスターが他の客の対応でソルとルナのそばを離れたことで、沈黙が訪れる。
昨日今日のルナの騒がしさが幻のように、マスターの手料理を口に運ぶだけである。
気まずい。
この言いたいことを言えない空気感は、ソルが最も嫌うものだった。
しかし、ルナは何もしていない。
この空気感に違和感を覚えているのは、ソルの一方的な主観でしかないのだ。
一息吐き、ソルは口火を切った。
「お前は――」
「んぐっ……ふぁい?」
マスターの手料理で口をもごもごさせながら、ルナは顔をソルに向ける。
「周囲からのパーティの誘いを断っていたらしいな」
「えぇ、まぁ、はい」
どうやらマスターの話は事実らしい。
「お前は仲間を求めているんだと思っていたが、何か断る理由があったのか?」
「そんな気になります? 私のことが――なんて言うのは、今はやめますね」
ルナは真剣なソルの空気を読んだのか、いつものふざけた態度から、真面目な顔つきへと変わる。
「私の旅には目的があります。ただ、その旅を共に出来る仲間とは思えなかった。それだけです」
確かにこの街の奴らは、貪欲に稼ぐっていうよりも、堅実な稼ぎ方をする。冒険者にしては保守的な奴らばかりだ。
街を出て新たな土地へ旅をするという奴もあまり聞かない。
深淵樹を切りつつ、別の街までの運搬の護衛をするだけでも生活は出来る。
「ハコ持ちなら尚更ここの冒険者達はお前を欲しがると思うが――」
「だとしても、結果、この街に縛られるとなれば、私の目的は果たせませんので」
目的へのこだわり。
この街へ来た理由。
ソルに付き纏う理由。
真面目な発言を聞けば聞くほど、気になってしまう。
何から聞くべきか。
どうせなら最も意味が繋がらない言動に言及してみる。
「俺なら、お前の目的を果たす仲間に相応しいってことか?」
「そんな上から目線で、利用するためだけにソルさんのこと見てませんよ。ソルさんが一緒に来てくれたらとは思っていますが」
「目的が違えば諦めるってことか?」
「恐らくですが、目的は同じだと思ってます」
「……どういうことだ?」
雇われの給仕が店に出てきたため、ソルは何食わぬ顔で空になった木杯を掲げ、追加を頼む。
しかし、内心は動揺していた。
落ち着いたルナの口調に、見透かされているような気がして、気持ちが悪かった。
「ここの冒険者の方々は、基本的には2人以上の複数行動でした。そんな中で、一人で行動しているソルさんのことを耳にしました。誰と組むこともなく、一人で深淵樹を簡単に切れる程の人がいると。しかもソルさんは、別の街からの流れ者だと」
「それが?」
何だというのだ。
「目的があってこの街に来た。そして、行き詰まっている」
「……」
「深淵の森の深奥にあると言われている古代遺跡がソルさんのお目当て。ただ、未踏の森に踏み込むには食糧などそれなりの荷物になりますからハコ持ちが欠かせませんが、わざわざ危険を冒して森に入るハコ持ちはいない。そもそもハコ持ちすら少ないから行き詰まっている。違いますか?」
追加で頼んだ上級麦酒が出てくる。
それを一気に喉の奥に流し込む。
違わない。その通りだ。
しかし、コイツは何者なのか。
この情報を繋ぐまでに、どれだけの者達と言葉を交わしたのか。
「ただ単に田舎町でスローライフを送りたい奴かもしれないだろ?」
「目が現状に満足してません」
畏れなど久しく感じていなかったソルだが、底が知れないルナに畏敬の念を感じずにはいられなかった。
「お前も、古代遺跡が狙いってことか?」
「そういうことです。厳密に言えば、古代遺跡にあると言われている魔装具ですが」
なるほど。
だが――
「目的の対象物が同じなのは、ライバルってことにならないか?」
「え、ソルさんも蘇生の指輪を?」
「あ、いや、どうやら違うらしいな。俺が欲しいのは互換の指輪だ」
ルナはソルの言葉を聞き、ホッと安堵の息を吐く。と同時に目を見開く。
「え? 互換の指輪? 蘇生の指輪ではなくて?」
「俺はそう聞いたが」
「まぁ……そもそも遺跡の有無の信憑性すら怪しい話ですから、これくらいの齟齬は仕方ありませんね」
そして、ルナは再び真っ直ぐとソルを見た。
「お力を、貸していただけますか?」
貸すも何もソルも借りる側である。
むしろルナにとって、本当に自分が必要なのかという疑念すら生まれるくらいだ。
「ちゃんとギブアンドテイクになるよう、頑張るよ」
ソルは空の木杯を握りしめると、ルナの持つ木杯へと軽くぶつける。
一人を選んだはずの男が、再び仲間と歩む決意をした瞬間。
そしてそれは、ルナがボッチの治癒術師を卒業した瞬間でもあった。
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