第7話 常にボッチの治癒術師7
「ほらよ、上級麦酒だ」
トンとテーブルに置かれた木杯。
早速手に取り、思い切り飲み干す。
「くはぁ〜! 美味い!」
陽が落ち切っていないうちから飲む酒の美味さは格別だ。
まだ客もいない酒場。しかも手には上級麦酒。
口当たりが滑らかで雑味の少ないこの麦酒は、今日のように儲かった時にしか飲めないから尚更美味い。
「嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
認めたくないが、ソルが金を気にせず上級麦酒を飲めるのはルナのおかげだ。
そのルナは今、部屋で寝ている。
連れ帰って来ている途中で、すでに寝息を立てていたから、そのまま部屋に寝かして来た。
マスターはその様子を知っているから心配しているのだ。
「今日の依頼でスキルを使ってな。かなり消耗したみたいだ。でもそれだけだから、大丈夫だよ」
上級麦酒にセットで出てくるツマミのナッツを口に放り込みながらマスターに答える。
「そうか。それにしても、本当にお前とパーティ組むとは思わなんだ」
「いや、だから組んでねぇって」
リタもマスターもなんなんだ。
アイツが勝手にくっついて来ているだけのこと。
ソルはパーティを組むなんて一言も言っていない。
「じゃあ何でお前は上級麦酒をこんな時間から飲めてるんだ?」
「いや、だからそれは成り行きで――」
「いいじゃねぇか。いい子そうだぞあの嬢ちゃん」
「いい子って歳じゃねぇだろ」
「俺から見たらお前も嬢ちゃんもガキってことさ」
「それは違いねぇけどさ」
マスターも昔は冒険者だったと聞いている。
髪は既に白髪だが、その体躯は鍛えられていたものだとすぐわかる。
客同士のトラブルがあっても、他の客に迷惑がかからぬよう、その鍛えられた身体で閉め出す姿を何度も見ている。
良識ある常連にとっては最高の味方だ。
そういうのもあってソルはこの店を頼りにしている。
「マスターはアイツのこと知ってるのか?」
空になった木杯のおかわりを頼みながら、ルナのことを聞いてみる。
「噂だけな。あの容姿だ。仲間に誘う野郎共は山ほどいたって話だよ」
「は? じゃあ何でアイツはボッチで有名なんだよ」
「誘った奴らは悉く振られてるわけさ。誘い方もあったのかもしれんが、それはもう手酷いもんだったらしい」
「まぁアイツのあのウザさで振られることを想像するとムカつくな。男にしか誘われなかったのか?」
「そんなことはない。嬢ちゃんはハコ持ちなんだろ?」
「あぁ」
「ハコ持ちスキルを活かした運搬系の依頼を一人で達成したり、男共をバッサバッサ振る姿を気持ちよく思った娘達もいて、娘達も声を掛けていたらしい」
「なのに、断ってたのか?」
「まぁな。断り方は野郎共への対応と違って丁寧だったらしいが、娘達は『お高くとまっている』と感じたみたいだな」
なんだそれは……。
今の話が真実だとすると――
「アイツがボッチであることを悪く言ってる奴らって、逆恨みや妬みが主なところってことか?」
「そんなところだろうな。だが、そうやって一人でやってきたのに、お前さんを誘った理由ってのは、流石にわからん」
「そりゃ俺も知りたいところだよ。聞くつもりもないがな」
「なんでだ? 聞けばいいじゃねぇか」
マスターは怪訝な表情でソルを見る。
「別嬪だぞ」と余計な言葉も付け足して。
「……聞いたら、パーティを組むことに前向きだと思われそうで恥ずかしいだろ」
ソルの答えに、マスターはポカンと口を開け、そして――
「ぶぁっはははははは!!」
大笑いし始めた。
「な、なんだよ!」
「ひぃっひぃぃぃっ! 腹がっ! 捩れる! ソルおめぇなんだその理由。いい歳して何が恥ずかしいんだよおいっ!」
片手で壁をバンバンと叩きながらもう片方の手で目尻に溢れる涙を拭っている。
何がそこまで面白いのかわからない。
「ったく、何なんだよ」
「あぁすまねぇすまねぇ。別にバカにしてるわけじゃねぇからな。面白ぇの半分、嬉しいの半分だ」
「嬉しい?」
「あぁ。一人でいることを選んだお前が、また一歩踏み出そうとしている。子の成長は、嬉しいもんなんだよ」
「子じゃねぇし」
「細けぇこと言うな。で、どうすんだ?」
麦酒をちびちびと口にし、腹に溜まるものを注文しながらマスターの問いを考える。
ソルは煩わしい人間関係のない生活を送りたかった。
人は群れると関係性を気にし始める。言いたいことも言えなくなるし、言わなくなる。
そして小さなストレスが積み重なっていくのだ。
そういうのが面倒くさいのだ。
一人でいれば言いたいことを言えなくなるとか、そんな些細なストレスさえも感じることはない。
喧嘩することもなければ、喧嘩別れ等で虚しい想いをすることもない。
だからソルは今は一人でやっている。
稼ぎは少ないが、一人で生きていく分は何とか稼げている。
ただ、ソルがソルの目的を達成するには、一人じゃ無理であることはわかっている。
だが、共にやれると思える仲間に出会えないから停滞しているというのが現実だ。
「ウザすぎて、今更変に気を遣う必要がないというのは、俺にとってはやりやすい」
「あんだけギャースカ言い合えれば十分だわな」
「だが、俺の目的に付き合わせるとなると、また話は別だ」
「まぁその辺はお前らの話だからな。俺がこれ以上踏み込んでいい話でもねぇ」
「そういうとこだぜ、この店が好きなのは」
「惚れるなよ? 俺は若いねーちゃんが好みだ」
「マスターまでアイツみたいなこと言わないでくれよ……」
溜息をつきながら、木杯を掲げると、マスターも酒の入った木杯をぶつけてくる。
「かーっ!仕事中の酒は美味い!」
「店主がこんなんで大丈夫かね」
「これでいいんだよ!俺が楽しまなきゃ客が楽しめるわけがねぇ!」
言ってることが真っ当な気がしてくるから不思議だ。
やってることは仕事中に酒を飲んでるだけなのに。
「あ、ちなみにこの上級麦酒代はお前持ちだからなソル。ごち」
「あ? なんだよそれ! てかそれも上級かよ!」
「美味い飯もこのあと出るし、楽しく飲めてるだろ? いいじゃねぇか」
図々しいのに憎めないのがこのオヤジの不思議なところだ。
酔いが回ってきたのかもしれない。
飲み始めてから1時間は過ぎただろうか。
そろそろ夕暮れで客も来るかという頃合いで、木の軋む音が聞こえる。
振り返れば、ルナが階段からジーッとソルを見ていた。
「うおっ。なんだよ気持ち悪い。声かけろよ」
いつからいたのか、話を聞かれていたかもしれないと思うと、少し気まずい。
「気持ち悪いとは酷いですね。マスターさんとイチャイチャしてるのを邪魔しちゃ悪いと思って空気を読んだんです」
「そんな配慮いらねぇよ。で、調子は?」
ぐっすり寝ていたと思ったが、口調はしっかりしている。
マスターが作っていた飯の音と匂いに釣られて意識が覚醒してきたのかもしれない。
そしてそれなりに話を聞かれていた気がする。
「おかげさまで。上級麦酒を飲んで美味しいご飯が食べたいと思えるくらいには回復しました」
「嬢ちゃんのもあるぜ、こっち来て座りな」
「ありがとうございます! 流石マスターさんです」
階段を軽快に下り、ソルの隣に腰掛ける。
「ご馳走になります、ソルさん」
「なんでだよ!」
「いや、私のおかげで稼げましたよね? 御礼にご飯くらいはいいんじゃないですかね?」
ったくコイツも図々しい!
さっき感じた気まずさなどどこか行ってしまった。
「わかったよ、好きに飲んで食え」
「わーい! やりましたねマスターさん!」
「おぅ! 俺も飲むぜぇ!」
「あんたは仕事しろっ!」
せっかく重くなった財布がまた1日で軽くなるのかと恐怖したが、マスターはパラパラと増える客足への対応を求められ、ソルの財布は無事に守られたのであった。
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