第4話 常にボッチの治癒術師4
「こんなもんか」
目の前に薙ぎ倒されている深淵樹20本を見下ろしながら一息つく。
これが運べれば大銀貨200枚。つまり金貨10枚だ。
それなのにソルの手元に入るのは実際は大銀貨40枚。金貨2枚だ。
「理不尽すぎる」
とは心の底からは思えないのがまた腹立たしい。
深淵樹は高密度の魔力を宿した樹木であり、堅いだけでなく、相当重い。
実質、これを一人で切れる奴はいても、一本丸々一人で運ぶことが出来るのはハコ持ちとドラゴンくらいだろう。
ドラゴンは人ではないが。
「ハコ持ちか……あんな奴じゃなければな……」
木材置場の詰所まで歩きながら、どうにか運ぶ方法がないか考えるも、一人では限界がある。
荷車に積むために切断してしまえば値が下がるから切断は出来ない。
建材として非常に需要のある深淵樹はなるべくそのままの価値を維持するべき樹木なのだ。
木材置場に着く頃には諦めもつき、ソルは手近な場所にいるスタッフを呼んで伐採成果を伝える。
「20本ですか!? あ! 貴方が『樹喰いのソル』さんですか! うわ〜本物に会えるなんて光栄です!」
などと驚かれながらも、しっくりは来ない。
この依頼を嬉々としてこなすソルへの嘲りの二つ名としか思えなかった。
なんだよ樹喰いって。
だが感激しているように見えるスタッフを見て気分は悪くない。
が、相手をするのも面倒だ。
ファンサービスなどソルはしない。
適当にあしらいつつ、とりあえず現場確認だけを済ますために伐採場所へと一緒に戻った。
ソルとしては楽な仕事で金貨2枚。
早々と切り上げて陽のあるうちから一杯やってやろうと意気揚々としていたところで、事件は起こった。
「嘘……だろ?」
「確かに切り株はありますけど……大事な木がありませんね」
そんなわけがない。盗むにしても20本だぞ。
そんな簡単に盗めるもんじゃない。
ハコ持ちだってそんな頻繁にいるような人種ではない。
……そんなにいないが、ただ、一人だけ、ソルの邪魔をしたがるウザい奴の顔が思い浮かんだ。
切り株の1つ1つに視線を向ける。
すると切り株に隠れ切れていない白色の布地が見えた。
瞬時にその切り株まで駆けると、案の定、そこにはルナが切り株を背にもたれかかっていた。
「あ、ソルさん、やっと戻ってきましたね」
「何あたかも仲間の帰りを待ってましたオーラを出してんだ……返せ」
「ん? 何をですか?」
しらばっくれるルナ。しかしその顔はニヤけている。
間違いない。犯人はコイツだ。
「言ってわからないなら、その身体に無理やりわからせるしかないな」
「私の身体にソルさんの好みを無理やりわからせるって、なんて卑猥なことを言うんで――」
「うるせぇ! いい加減頭にきたぞ!」
そう言って手を伸ばすと、するりとルナはその手を躱す。
「ほぅ。やろうってのか、俺と」
「ふふふ。私のこと、捕まえられます?」
「バカなこと言うな。一瞬で捕まえてや――」
刹那。
目の前からルナが消え、数メートル先にその姿がある。
「ふむふむ。一瞬で? なんです?」
デカい口を叩くだけのことはあるらしい。
いいだろう。その気なら、こっちもそれなりにやってやる。
「捕まえてやるよ!」
数メートルの距離を一気に詰める。
「わっ」
ルナの戸惑いの声に勝利を確信するも、またしても目の前から消え、数メートル先にルナがいる。
理屈がわからない。
魔法か?
だがそんなことは関係ない。
速さには自信があるんだよ!
手を伸ばしては消え、伸ばしては消えの繰り返し。
その度に速度を上げ、何度目かでようやくルナを壁際に追い詰め捕まえた。
ん……壁?
周りを見渡すと、そこは木材置場だった。
この数秒間のやり取りで、ここまで戻ってきてしまったわけだ。
「あぁ…捕まっちゃいました。私の負けですね。どうぞ、剥くなり吸うなり好きにしてください」
「お前の身体に興味はない。だが素直に認めるのは好感が持てる。褒美として剥くのも吸うのもやめてやるよ」
「剥くとか吸うとかそういう言い方、やめた方がいいですよ? 気持ち悪いんで」
「おまっ――」
苛立ちのままに怒鳴ろうとするも、目の前の女の顔が柔らかく笑っているのを見たら、そんな気も失せてしまった。
艶のある赤髪に円な翠眼。
透き通る白い肌も相まってさぞ男共には人気だろうに。
何故コイツはボッチなのだろうかと思ってしまう。
答えは『ウザいから』なのだが。
「まぁいい。とりあえず出せ」
「胸をですか!? 剥くんですか!?」
「そういうのもういいから。深淵樹だよ」
「あ、はい、すみません」
その後は思いのほか抵抗少なく、事が運んだ。
木材置場の中に入り、先ほどとは別のスタッフを捕まえて事情を説明する。
指定の場所にルナが手を翳すと、深淵樹が20本、ゴロゴロと現れた。
ハコ持ちのこれはいつ見ても理解不能だが、羨ましいことこの上ない。
そんな視線に気付かれたのか、ルナはドヤ顔を晒してくる。
無視。
伐採運搬済証明書を発行してもらい、ソルは早々にギルドへの帰途へついた。
戻る途中、伐採場所に置き去りにしたスタッフが息も絶え絶えに走っており、すれ違う時に詫びを入れる。
何故かソルだけ。
「だって、私のせいじゃないですからね」
こういうところがボッチの理由であろうことに、本人は気が付いていないのかもしれない。
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