第3話 常にボッチの治癒術師3

 ギルドの門をくぐると、掲示板の依頼をとりあえず一通り眺め、それから馴染みの受付嬢のいるカウンターへと向かう。

 二日酔いのせいで出遅れたこともあって、冒険者達はすでにまばらだ。

 美味しい依頼は大抵朝イチには取られてしまうからこの光景は当然といえば当然だ。


「あら、今日はおそようさんですね、ソルさん」

「おそよーさん、リタ。ちょっと厄介ごとに巻き込まれてな。で、何が残ってる? 出来れば今日中にそれなりの報酬が貰えるものがいい」

「なるほどなるほど。それだと……これですかね」


 リタから渡された紙に目を通す。

『深淵の森』の境界の木々の伐採。

 樹木1本につき大銀貨10枚。


「お、久々に出たなこの依頼……1本につき大銀貨10枚? いつもより断然美味しいが――」

「あ、これ、木材置場までの運搬込みです。伐採だけだと大銀貨2枚です」

「ちっ……しけてんな」

「そりゃ深淵樹の伐採は大変ですけど、運ぶ方がもっと大変ですから」

「まぁ仕方ないか。伐採だけの場合はいつも通りか?」

「はい、最寄りの木材置場のスタッフを呼んで現場を見せて、伐採証明書を持ち帰ってきてください」

「それが面倒なんだよな――」


「持っていけばいいじゃないですか?」


 急に隣から嫌な声がして顔を勢いよく上げる。


「……何でいるんだよ」

「マスターさんが、ソルさんが向かうならここだろうって」


 おいおいマスター……あとは頼むって言ったけど、道案内のことじゃねぇからっ!


「あっ、来ちゃったっ」

「改めて言う意味よ」


「あら……貴女は、ルナさんですよね。ソルさんとパーティを?」

「誰がこんな――」

「そうなんですぅ! ソルさんがボッチは寂しいって昨夜酔い潰れながら呟いていたものですから、私で力になれるならって思いまして〜」


 食い気味で被せてくるルナに対し、ボッチはお前だろと思いながらも、それを否定できるだけの自信はなかった。

 確かにソルは酔い潰れていたし、望んで一人でいながらも一人が寂しいと思うこともあるといえばあるのだ。

 否定できずに黙していると、リタが頷きながら口を開く。


「なるほどなるほど。良い組み合わせですね」

「それはもう奇跡的運命な組み合わせです」

「だからこんなバカとは組んでねぇって――」

「ルナさんのスキルがあれば、深淵樹も持ち運べますし」

「……は?」


 リタの言葉を反芻し、そして閃く。


「お前っ! まさかハコ持ちか!」


 驚愕の視線を向けた先にはしたり顔のルナ。

 ソルの全身にウザい予感が駆け巡る。


「えぇ、そうですけど? 私のハコがあれば、深淵樹なんていくらでも運べますけど? いくらでも運べますので、いくらでも稼げますけど? いくらでも稼げますけど、私は別にこの依頼を受けなくても生きていけますけど?」


 いくらでも運べるというのは盛ってるに違いないが、荷物を固有空間に沢山収納できるそのスキルは確かに便利で是非とも使いたい。

 使いたいが……


「けどぉ〜なんか私〜バカって言われちゃいましたし〜。振られたみたいなので〜。今日はもう宿に帰って不貞寝しちゃいましょうかね〜」


 深淵樹1本で大銀貨10枚、つまりは2本で金貨1枚。

 ハコがあるなら10本はいきたい。

 それだけでひと月は食いっぱぐれることもないし、何なら多少の贅沢も許される。

 が、チラチラとこっちを見るルナの顔が腹立たしい。


 リタは穏やかな表情でソルとルナの様子を見守っている。


「……」

「はぁ……ショックです。落ち込んじゃいます。どうせ私はバカで何の魅力もない女なんです。はぁ〜じゃあ……帰りますね」


 ルナが踵を返して背を向ける。

 が、その歩はやたらゆっくりで、あからさまに声が掛かるのを待っている。それがまた腹立たしい。

 腹立たしいが……


「す……す……」

「え? 私のことが好き? いやいやいやいやまだ出会って1日なのにそれは早すぎじゃないですか? でも私の魅力じゃしょうがないですかね。いやぁ〜照れますねぇ」

「くっ……」


 拳を握りしめる震えが大きくなる。

 金貨をとるか、プライドをとるか……


 依頼書をテーブルに叩きつけるように置くと、ソルは意を決して叫んだ。


「リタ! 行ってくる! これは俺の受注依頼だ!」

「承知しました。お気をつけて」


 恭しく頭を下げるリタに背を向け、ソルは威風堂々とギルドを出た。


「……へ?」


 きっと呆然と佇んでいるのであろう。

 そんなルナの顔を想像しながら、自身のプライドを守った確固たる意志を誇りに感じ、ソルの顔には自然と笑みが浮かぶのだった。



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