第9話 もうどうにも止まらない

11:47,10,29,A.C.2028




機構委任統治領マルカンダ諸島「機構」本部


緊急招集された機構最高評議会ではニューヘブンポリス市爆撃の真相を巡って議論が紛糾していた。


ある者はアレは所属不明機で反機構組織が繰り出した物と主張し、また他の者はガデス大公国軍が雇った傭兵部隊の物ではないかと主張していた。


イルミナ連邦が秘密裏に育成していたテロリストでは無いかという主張をする者さえ居た。


現時点では画像解析の結果待ちという状況だが得られた画像はいかんせんどれも精度が荒く解析に時間がかかり、情報分析部の分析結果提出を待つという体ではあった。


議事の進行を務めるマレー調停統括官は冷静ではあったが内心頭を抱えていた。


分析部からの情報がまだ上がってこない以上、会議をここでお開きにして再度評議会を招集する事べきだと考えていたが、一部の国々の代表は即座に機構の緊急大権を持ってジアースに存在するジアース外の国が保有する全ての軍事基地の調査をしなければならないとまで提案していたからだ。


まず連邦とガデスにそんな要求をしたら機構直属の軍事部門であるOFC(Organization Force Command)の作戦能力は著しい弱体化を迫られるに違いない。


何せイルミナ連邦とガデス大公国のOFCにおける提供兵力は全体の3割にも上っており、彼らの同意を経ずに調査を強行しようとすれば機構からの兵力引き揚げに繋がりかねず、またそれは抑止力の低下を意味していた。


機構自身が直接集めた部隊は全体の3割弱で、残りの4割の内約1割がバンドウ共和国の物で、3割は他の機構参加国からの部隊で占められていた。



バンドウ共和国は既にもう一つの世界でガデス大公国が存在するヴェルトで経済的に対立しており、これに加えて軍事的な対立までもを望まないだろう。


抑止力になりそうなアークトリス連合王国に関してはイルミナ連邦との関係が深く、彼らの動きも期待出来ない。


大公国や連邦、共和国とはまた違う世界にあるという点も大きい。彼らはヴェルトの事情に干渉する気が無いのだ。


OFCそのものが構造的な問題を抱えているとしか言いようが無かった。


考えれば考える程実現性の低い案だったが、考慮すべきメリットも十分にあった。


無用なジアースにおける紛争が防げる上に機構の意志や存在感を示し、世界自体の安定に繋げられるという点。


そして「異世界大戦」の勃発を未然に防止出来るという点だった。


決して悪い案では無いし、1%でも大戦の可能性があるなら摘み取って置きたい。


ジアースの安定と調和を一手に担う「調停官」の職務的立場からも個人的には調査案に賛成だった。



そろそろ正午だ。一旦休場の宣言をするか―――


そう思った矢先だった。


バンッと議場のドアが開いた。


若い分析官が息を切らして分析用の端末を抱えている。


分析官はマレーの下に駆けていき、マレーに端末の画面を見せて声を張り上げた。


「マレー調停統括官この解析結果を見てください!」


議場が騒然となる。


マレーの瞳孔が収縮する。


若い分析官は言葉を続ける。


「爆撃を行った機体はガデス大公国の老舗軍需メーカーであるGWA社で30年前に製造された型と一致します」


「それと観光客が動画サイトにアップロードした、空母がミサイルによって沈没する映像について、スローで見て頂きたいのですが」


「議場中央のホログラムシアターに繋げ」


「了解しました」


分析官が端末を投影機に同期させ、議場中央に事件当時のホログラムが投影される。


「2発のミサイルが船体に命中していますが、命中する瞬間をスーパースローでご覧ください」


船体に命中する前にミサイルの先端から緑色の光が発せられているのが見えるでしょうか?」


「その緑色の光とやらは一体どういうものかね?」


評議員の一人が質問した。


分析官が答える。


「端的に言うとある合成物質の化学反応で金属を溶かす高熱を放った際に出る光です」


「つまり反応色という訳か」


「はい」


「そしてこの緑色の光を伴った爆発が起きた部分では船体を二つに切り裂いています。


このミサイルが船体の2箇所で爆発した為、船体が3つに切り裂かれて沈没したという訳です」


「そしてこのミサイルに使われている合成物質を生成する技術はジアースではまだ実用化されていない極めて高度な有機化学を背景にした技術です」


「反機構組織が保有する科学力と研究施設では到底製造・保有出来ないレベルの代物なので、反機構組織の犯行とは考えにくいと思われます」


暗に連邦か大公国が犯人だと言っているのだろうか。正面から言えば角が立つ所の話では無いから、止むを得ない表現だろう。


「以上です。急を要する事態だったので概要だけ報告致しました。詳細な報告は後を追って電子書類で提出します」


「ご苦労。自分の持ち場に戻り給え」


マレーがそう言い渡すと分析官は自分の職場へ戻って行った。


「我が国の物では無い事は確かです」


分析官の姿が見えなくなるや否や、イルミナ連邦代表の評議員の一人が評議員達とマレー達に向かって突然話し始めた。


「我が国に置いては5年前に先端兵器管理法の改正と武器輸入法の改正を行っており、その時から国内及び主権が及ぶ範囲でのガデス大公国及びバンドウ共和国の武器・兵器の無許可の保有とライセンス製造を認めておりません」


「今回使われた機体は過去にGWI社で製造された物である、という話ですが…」


「全ての外国製武器・兵器は連邦政府兵器・武器管理局が管理しており、個別の武器の保管情報はリアルタイムで監視されています。勝手に持ち出されたとなればネットワーク上を巡回しているAIによる警告が発せられて即座に回収部隊が出動し、追跡・捕獲する手筈になっています」


「よって今回の様な事態は起こり得ないと考えております」


「以上です。マレー調停統括官殿」


話し終わるとその評議員はガデス大公国の評議員達を見やりながら自席に付いた。



不意打ちを喰らった大公国の評議員達は何事かをボソボソと話合っていたが、その中で一人の評議員が前に進み出てこう述べた。


「こちらも意見を述べて宜しいでしようか?マレー調停統括官殿」


「どうぞ。発言を許可します」


「OMFガデス大公国派遣軍統合参謀長のゼオン・フォン・ナルセス中将と申します」


派遣軍を実質的に統括している参謀長にしては非常に若く見える。全身義体だろうか?


「先程連邦の評議員が述べられた事は事実と少し異なっております」


「ほう。それはどのような点で?」


「連邦の先端兵器管理法の改正と武器輸入法の改正についてです」


「この法律には穴が有ってその為に改正が行われたのですが、政治的な妥協の為に表面的な手直しに留まる物でした」


「して、その穴とは?」


「連邦軍が委託している企業及び団体の施設や敷地においては法律の対象外になっている事です」


「つまり連邦が軍が管理業務を委託した民間企業の施設に外国製兵器を保管する事で間接的な外国製武器・兵器の保有が可能という事実です」


「この辺りを正確に話してはおられないのは何らかの理由があるのではないかと邪推したくなります」


「そして我がガデス大公国では他国への許可なき自国製武器・兵器の持出しには極刑を持って当たっております」


「軍務省の兵器持出し申請記録データベースにはGWI社製の汎用随伴ステルス戦闘機の持出しについてのデータは存在しておりませんでした」


「現在本国の諜報機関に問い合わせておりますが、干渉門を超えた違法な集団の存在はここ5年確認出来ていない、との回答が現時点では返って来ております」


「一連の事実から我が国においてはこの一件に関与していない、と主張します」


「ご清聴有難うございました。マレー調停統括官殿のご賢慮に期待します」


「ナルセス中将殿。他に主張して置きたい事は有りますか?」


「いいえ、ございません」


主張したい事を言い終わるとナルセス中将は席に着いて行った。


やっと一段落ついたか。マレーは会議を締めに掛かった。


「緊急会議進行役としてはこの議案は十分に検討・調査する必要があると考えております」


「この事件によって多数の死傷者を出したダリウス合衆国政府からも真相と事実の究明及び調査を強く要求されており、兵器暴走の一件も片付いておりません」


「『機構』の対応としては性急な結論を出す事を控えると同時に本日13:00を持って、OFCと危機対応部による各地の干渉門の一時的な封鎖を行います」


「ではまた数十時間後に会議を招集するので、こちらから会議予定を通知させて頂きます」


「封鎖だと!?冗談じゃない!!!」


「1日でどれだけの物資と人間が干渉門を通ると思っているんだ!!」


「こんな事、本国には伝えられん!」


「機構には経済観念が無いのか?」


「我が国の兵士や民間スタッフも死んでいるんだぞ!どう落とし前をつける積りなんだ!?」


「『機構』は事態をまるでコントロール出来て無いな…」


一部の評議員達が怒ったり困惑しながら議場を後にしていった。


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