第7話スマホを見ながら歩くのは止めた方が良い
10:01,10,29,A.C.2028
ニューヘブンポリス市海岸地区
マイクはファビアンと駐車場で待ち合わせし、海岸に来ていた。
例のエザキ係長の事について相談したいとファビアンを呼び出したからだった。
ファビアンは快く了承してくれた。結果スムーズに会えたのだが、マイクは何だか申し訳ない気持ちになった。
ファビアンは言う。
「石や貝殻を集めるのが俺の趣味だって知ってるだろ?お前の提案は丁度良かったんだ」
気を使ってくれているのか、それとも単に自分の趣味の延長で来ただけか?相変わらず掴み所がない。
しかし、いつも通りの彼である事には間違いない。
マイクは話題を切り出す。
「係長をエラく怒らせてしまってどうしたら良いか分からない。今までとは様子が大分違うんだ。」
「結論から言うとあのタイプの女上司の機嫌を直すにはどうしたら良いか、だ」
ファビアンは真面目な顔で10秒程考え込み、口を開いた。
「マイク。それは彼女が上司と言うより女性としての面を表に出して来た。そこが問題のタネじゃないかな」
「女性としての面?」
貝殻を拾いながらファビアンは話し続ける。
「そうだ。彼女の中の女性は君を意識したものである事は間違いない。つまり君を男性として意識してるんだ」
「君もなんとなくだが感づいていたんじゃないかな。言葉に出来ないだけで」
ファビアンにそう言われると最近の係長の行動や態度の全て納得が行く。
「ありがとう、ファビアン。こんな事に付き合わせて済まなかったな」
「いやこれくらいいいよ。大事になる前で良かった」
「さて、これからどうする?」
「暫く海岸をフラついた後メシにでもするか?」
「ああいいね。でも相談という期待に見事応えたからなぁ~」
「――分かったよ。海岸沿いのステーキハウスでどうだ?」
(ハメられたな。今回ばかりは仕方がないか。)
「よし!それで行こう」
「あと20~30分ぐらいフラつくか。ステーキハウスが開店するまで時間あるし」
「そうだな。でもあんまり高いのは注文するなよ?」
マイクは端末で電子マネーの残高を確認しながらフラフラと歩いた。
「わっと!!」
マイクは目の前を歩いていた誰かにぶつかりそうになり、砂浜に転んだ。歩いている時前を見てないとこうなる。
転んだマイクの目の前に褐色の手が無言で差し伸べられる。
マイクがその手を掴むとクイッとマイクの身体が持ち上がった。腕の細さに見合わない力?がある。
「本当にすいません。えーっと貴方は……」
「マヴと言います」
マヴと名乗った女性は銀髪の髪をまとめ上げ、帽子を被り少し色の入った眼鏡を掛けていた。
だが、マイクはこの女性に見覚えがあった。
「えーっとテレビ中継に映っていた方ですよね?」
マイクは率直に尋ねる。
「ち...違います。わっ私は只のマヴです」
完全に想定外の事態に動揺したのかしどろもどろになりながらその女性は答える。
(バレバレだろ)
ファビアンは呆れてしまった。
「じゃあ只のマヴさん。転んだ所、引き起こして頂いてありがとうございました。」
(マイク…ある意味君は容赦ないな…)
しかしその後マイクはファビアンの予想を良い意味でも悪い意味でも完全に超える行動を取り始めた。
「只のマヴさん。これからステーキハウスに行くんですけど一緒に行きませんか?」
(お前さっき係長の話をしたばっかなのに即ナンパかよ!てかお前ナンパした事ないだろ!!しかも相手ェ!!!)
ファビアンは心の中で激しいツッコミを入れる。
マヴ(仮称)は赤面し汗をダラダラ出しながらこう回答した。
「えーっと、そ...そのお誘いの申し出は有難いんですけど有難いっていうか…あの」
もう会話にすらなっていない。
「そうですか。じゃあ行きましょう!」
(じゃあってなんだよじゃあって)
もうここまでか。そう判断したファビアンは呆れ顔になりながら両者の間に割って入った。
「マヴ(仮称)さん。いきなりで申し訳ございません」
「この無粋な男は貴方のテレビでの活躍に惚れ込んで、いつも街ごとお世話になっている礼として、
ステーキを奢りたいと申し出ているのですが是非付き合って頂けないでしょうか?」
「は……はい!分かりました。そういう事なら遠慮なく!」
ファビアンはマイクに向けてグッドポーズをした。完全にドヤ顔だ。
マイクもファビアンに向かってグッドポーズをした―――
08:15,10,29,A.C.2028
ガデス大公国軍駐屯地礼拝堂
時は少し遡る。
駐屯地に建設された大規模な専用の礼拝堂で、
正規兵の一部と傭兵達が聖人である聖ドライベルグに対して祈りを捧げていた。
従軍司祭が祈りの言葉を捧げると後を追うようにして兵士や将校、そして傭兵達は祈りの言葉を捧げだす。
「「「聖ドライベルグよ我らの要塞をそして軍団を守り給え。聖なるかな、その威容は山の如く、
その明晰は快晴の如く。我らの全てを見守り給え」」」
大勢のサイボーグの兵士や将校や傭兵達の音声が礼拝堂の中にこだまする。
その異様な光景をヴィトゲンシュタイン大佐は礼拝堂の外から部下達と一緒に眺めていた。
彼自身に然したる信仰心は無い。特に北部の主要な大都会では無用の長物と化しているし、軍人として「何かに祈る」
という経験も無かった。
だか北部の都会から一歩出るとこちら・・・の方が未だ優勢なのだ。特に大公国南部出身の兵士達の信仰心は特に篤い。
だが、大佐には理解できる現象だった。
大佐は下級将校時代に南部の第三方面軍司令部直属の経理課に配属され、彼の地の事情やデータに触れる機会があった。
南部の経済状況は東部と比較しても「酷い」の一言で言い表せるレベルだった。
増え続ける人口・機族の放漫な経営・お世辞にも豊かとは言えない土地・高い失業率・そして裏社会と結び付き腐敗した元老院議員や官僚……
要素は数え上げればキリがない。
高等教育を受けていようがなかろうがとしても地方ではコネが無ければ若者は男女問わず下層の職しかない。
大多数は都会に出ていくが、高等教育を受けてなければロクな職業には就けない。
そんな彼らがまともに人並みの生活をしていくには軍隊に入るか、傭兵になるか、異教徒狩りをするか、奴隷同然に過酷な労働をするか
犯罪を犯すぐらいしかない。
そして大体彼らは富豪や機族や教会の都合で過酷な戦場に放り込まれる。中央政府の統制も糞もあったものではない。
彼らは生き残るために身体の機械化を進め、そしてそれでも助かりそうも無い状況で聖人達に祈る。それの繰り返しだ。
当然都会で通用するモラルなんぞは期待出来ない。彼らは自分達が生き残っていくだけで一杯だからだ。
特に傭兵達には保険制度なんか適用される訳では無い。常に巨大なリスクを負って生き残りをかけて使える物は全て使って富を目指す。
それが彼らの生き方だった。
大佐が思案に耽っている内に礼拝が終わり、正面の入口からゾロゾロと兵士達が雑談しながら礼拝堂から出てくる。
正規兵達は大佐を見かけると敬礼をしたが、傭兵達は別の方へと流れて行った。
傭兵達の流れる方向を辿ると例のコルテスとかいう男に行き着いた。傭兵達は笑顔でコルテスに話しかけている。コルテスも笑顔で答える。
どうやら傭兵達にとても慕われているらしい。
彼らを眺めていると突然横から声を掛けられた。
「副総督になにか用ですか?」
女性の声だ。声の方向を見ると自分の娘ぐらいに見える女性の傭兵が立っていた。
ピンク色の長髪で髪の右側を後ろに纏めて黒いリボンで結わえている。
目は赤く、可愛らしい顔の造形をしている。
戦場に似つかわしくない容姿を持った女性の傭兵が増えていると聞いていたが、近くで見ると猶更そういう感想を抱いた。
だが、その可愛らしい顔に付いている赤い目は自分の考えている事を探るようにこちらを見ていた。
まるで主人に仇名す者を排除しようとするかのような目だ。
大佐は彼女の疑いを逸らす為に淀みなく返答する。
「いや、副総督は傭兵達にとても慕われていると思ってな……人望があると言って良いのか」
彼女は豹変して一気に笑顔になった。
「そうなんです!皆コルテス様の事が大好きなんです!!」
「昔は皆とても苦しい思いをしながら生きてきたけどあの人が居たから皆救われていると思ってます」
「大佐が良い人で良かった!この事はコルテス様に取ってもきっと良い事ね!」
彼女はそう言うとコルテスの居る方向へ向かって駆け出して行った。
コルテスは大佐の存在に気付いていたようで、彼女が彼に抱き着くと大佐の方に向かって軽く頭を下げた。
もう少しこの男を見極める必要がある―――
大佐はそう感じた。
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