第5話 手料理は今は癌に効かないがその内効くようになる
18:36,10,26,A.C.2028
~マイクの実家~
マイクはどっと疲れてソファーにもたれ掛かっていた。
朝の遅刻もそうだが取材が終わった時のエザキ係長だ。同窓会のパーティで結婚した同級生でも見て焦っているのか?
兎に角心当たりがなさ過ぎて疑問と困惑が一気に来た感じだ。2年一緒に仕事をしてるが頭の奥で何を考えて居るかさっぱり分からない。
(女性経験の少なすぎる俺にはもうどうしようもない……ファビアンに相談するか)
マイクが横になろうとした時、母が2階の仕事場から降りながらこう言った。
「マイク~!帰ってきたなら先にお風呂に入って~!」
マイクは何時も通りの返事を返す。
「分かったよ母さん!もう少ししたら風呂に入るから!」
「今日の夕飯はマイクの好きな鳥のバジルソース炒めだから!ササッと入っておいで」
母の言うとおりにマイクは身体を洗い、風呂に湯を貯めて入る。
湯船に浸かると凝り固まった肩が水を吸ったスポンジのようにじんわり血流が拡がっていくのが分かる。
今日は色々ありすぎて疲れてしまった。身体は大して疲れていないが後頭部や延髄のあたりがドクドク言っているのが分かる。マイクは瞼が重くなるのに耐えられずにそのまま湯船で寝てしまった。
マイクは見知らぬ庭園に居た。
そうか自分は寝てしまったのか。
しかし心地良い夢なのでそのままにしようと思い、この夢を楽しもうとした。
目の前には木々に囲まれた石畳の一本道が奥まで続いていた。10秒程歩くとベンチがあり、そこからは海が見えた。
深いスリットが入っている深紅のドレスに身を包んだ銀髪の女性がこちらに背を向けて5メートル程離れた場所に立っていた。
女性はこちらの存在に気付いたのか向き直ると涙を流していて、何事か呟いた後に近くの崖から海に身を投げた。
マイクは慌てて後を追って崖から海を覗き込んだが、彼女の姿は見えなかった。
マイクは崖の下に行くための道を探し出して降りて行ったが、突然足下に穴が開いてそのまま穴の中に落ちてしまった。
するといつの間にかベッドに拘束されていて、女性の形をした影に唇を塞がれ何事かを呟かれてマイクは目覚めた。
マイクは風呂から出ると着替えて母親の作った夕飯を食べながら夢の内容を反芻していた。
マイクが上の空である事に気付いた母親が話題を振ってきた。
「今日は家から慌てて出て行ったけど会社には間に合ったの?」
母親はマイクの事を心配しているのだろう。
「いや間に合わなかったよ」「仕事はキッチリやったから大丈夫」
マイクは即座に返答する。
「遅刻ばかりしているとクビになるわよ。貴方ももう新人じゃないんだし」
またこれか。折角美味しい料理を食べているのに味がしなくなる。
「やめてくれよ。もっと別の話に……」マイクは話題を反らそうとする。
しかし無駄な反撃だった。
「余りエザキ係長に世話掛けるんじゃないよ。あんたみたいなのを気に掛けてくれる上司……いや女性は奇特なんだから」
女性?あの今にも破裂しそうな癇癪玉を「女」と見ろというのか?
「母さん……上司は分かるけど女性として?よく分からないな」
母親は溜息をつきながら口を開いた。
「あら?話を聞く限り悪くないと思うわ。だらしのない貴方をしっかり面倒見てくれそうだもの」
「もう少ししっかりするよ母さん」
あんなのと付き合わされてはたまらない。
「マイク。私の勘は良く当たるのよ。貴方も知っているでしょう。何時までも独身でいるというのは大変な事よ。特に貴方みたいなのは」
もう抵抗は無意味だな……マイクは母の圧力に屈した。
「まあいいわ。それより食べ終わったらゴミを出してきて欲しいのだけど……」
マイクは目を合わさずに無言でひたすら料理を口に運んでいた。逃走モードだ。
「マイク」
マイクは観念してゴミ出しに行く事にした――
00:36,10,27,A.C.2028
ガデス公国軍駐屯地から8km離れた監視部隊の陣地
その日は丁度新月で満月だった。月一個分の夜光が隠蔽された陣地を僅かに照らす。
哨戒の兵士は電子望遠鏡で木々の間からガデスの基地を監視していた。
兵士の無線に陣地から無線が入る。
『大型の軍用輸送機が3機と大型の空中貨物船と護衛艦2隻ずつが基地に向かっている。録画と監視を続けろ。オーバー』
『了解。録画と監視を継続します』
兵士は電子望遠鏡を録画モードに切り替え、周りの兵士達に無線の内容を伝え、何が起きても良いように即応体制を取らせる。
轟音と共に基地に近づいていき、輸送機が着陸していく。後ろから空中貨物船と護衛艦が続いていくのが見える。
飛行場の周りは降ろすモノが見えないように軍用車両や見た事の無い自律兵器らしき砲台、そして何時からか建設されていた防壁で遮蔽されていた。
「クソッ!コソコソ隠れるようなマネをしていた理由はこの為か……」
「もはや駐屯地ってよりは要塞だ」
兵士は呟く。
『こちら第4歩兵分隊。遮蔽物で貨物とその中身は見えません。オーバー』
『こちら監視本部。監視手段を遠隔ドローンに切り替える。分隊は陣地まで撤退しろ。オーバー』
『了解。第4歩兵分隊、ポイントを放棄して陣地まで撤退します』
「さっさと撤収するぞ!コレは面倒な事になりそうだ」
兵士達は闇夜に紛れて迅速に撤収していった。
01:05,10,27,A.C.2028
ニューヘブンポリス市ガデス公国軍駐屯地
カルロスはある人物の出迎えの為に駐屯地内の飛行場まで行き、部下を整列させていた。
その人物は護衛艦ではなく、輸送機の後部から真っ先に降りてきた。カルロスは「あいつ人らしいな」と思い、微笑しながら待機していた。
正直思っていた以上の展開だ。
「久しぶりだなカルロス。腕と勘は鈍ってないか?」
「いえ、お陰様で勘は鈍ってねぇな。少々退屈だけど」
ヴィトゲンシュタイン大佐は司令塔から二人を眺めていた。
輸送機から降りてきてカルロスと話している男はカルロスとそこまで背丈は変わらないが、一回り程ガタイが良い。
腰回りや腕などは中型重戦闘サイボーグ以外では有り得ないバランスだ。だがそれにしてはサイズが二回り程小さい。
どれだけの仕掛け・・・が詰め込まれているのか――考えても分からない事ではあるが。
名前が分からないこの男は数年前に首都レーゲンスシュタットの第1層にある官庁街で見かけた事がある。しかしそれ以上に気になるのはカルロスの態度だ。
音声は拾えていないが、見る限り軍の上級将校である自分に対してよりも明らかに敬意を払っている。
何者だ。
司令塔から出て基地の外客用施設のロビーまで出た大佐はその男を見た時に気圧された。
歴戦の傭兵隊長や戦闘狂の前線将校達と同じ血の匂いがしたが、
寧ろ知性的に見える顔からは怜悧かつ狡猾で、学もありそうな感じもある。
それでいてこちらを半ば威圧し、値踏みしている。
だがここで引いたら部下の統率に悪影響が出る。引く訳には行かない。
「私はガデス第7方面軍兵站管理部副部長兼在ニューヘブンポリス市ガデス大公国駐屯地司令のヴィトゲンシュタイン大佐だ。貴方の名は?」
「サン・クリストバル総督付副官のベルナルド・エル・コルテスだ。コルテスで良い」
大佐は不審に思った。
ジアースに駐在するガデス公国の高官の名前は大方記憶しているし、顔見知りもそれなりにいる。
だが「この男」は見た事も聞いた事もない。本国から来た山師なのか?最近は特に増えていると聞く。
このような怪しげな連中が蔓延る事自体、本国の植民行政と対ジアース戦略が混乱している事に他ならない。
恐らくこの男はそこにつけ込んだのであろう。
植民地に関する情報を収集・分析し直さなければならない。そう大佐は感じ取った。
大佐は彼の正体を探る為に幾つか質問をしようと考え、口を開いた。
「失礼ですが幾つか質問させて頂いても宜しいか?」
大佐が質問をした瞬間カルロスの目つきが殺気を孕んだ目つきにほんの少し変わった。
やはり関係者か。
それもかなり深いレベルだ。余計な勘繰りはしない方が良いだろう。
「答えられる範囲ならなんなりと。大佐」
「では質問をさせて貰う。貴方はここに来る前は傭兵をやっていたのか?」
「イエスでありノーだ。実家は最下級機族で大学院を中退した後、実家の手勢と仲間を率いて南大陸で異教徒の残党狩りをやっていた」
『異端狩り』か。確かに通常の傭兵活動とは性質が異なる。しかも最下級とはいえ機族だ。
間違いなく後ろ暗く、そして巨大なあの組織と繋がりがある。特に南ガデスでの勢力は強大なものがある。
だが数百年前に大公国の宗教庁の管理下に置かれて以来、世俗に対しての好き勝手な振る舞いは出来なくなっている筈だ。
「回答感謝する。もう一回だけ質問させて貰うが宜しいか?」
「問題無い。続けてくれ」
コルテスは淀みなく答えを返す。
「貴方がジアースに来たのはどれくらい前だろうか?」
「詳しい事は言えないが5年以上前だ。農園と奴隷が欲しくて来た。今では不動産業や貿易業等も手掛けている」
「快く答えて頂き感謝する。であれば将校用の部屋は物足りないか?」
「礼拝堂とメンテナンス室が近くにあれば問題無い」
「了解した。礼拝堂近くのメンテナンス室付きの部屋を手配しよう」
「ようこそニューヘブンポリス市ガデス大公国駐屯地へ」
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