第4話 出世のための勤勉さは浅ましさの裏返し
11:46,10,26,A.C.2028
ニューヘブンポリス市工業エリア:スリーロードリバー橋手前付近
反重力ジェット付きヘリが市街地方面から轟音を立ててこちらにやってくる。
兵器が停止した現場の25m程先の上空で、ピタッと静止するとまるでシースルーエレベーターのように 機体が降下してくる。
機体横のドアが開くと中から武装した兵士と調停機構の紋章が付いた白衣を羽織ったシャツ姿の男が、
そして部下らしき女性が機体から降りてきた。
ヴィスリング技術中尉と市の科学捜査班のメンバーは敬礼し、白衣の男と後ろに居る女は軽い敬礼で答えた。
「皆様方、現場保持ありがとうございます。これから現場調査を指揮する、ニューヘブンポリス支部技術開発部のナカジマ2級調停官と申します」
「こちらの女性は支部情報分析部所属のスゥイート4級調停官です」
ヴィスリング技術中尉も返答する。
「ダリウス合衆国地上軍第5方面軍第二技術大隊所属ヴィスリング技術中尉と申します」
「これから現場に居る市警察の科学捜査班及び第5方面軍第二技術大隊は貴官の指揮下に入ります」
ナカジマは黒髪の眼鏡をかけている男で独特な形の背嚢を背負って、結膜が黒く身体に幾何学模様が走っている事以外は何処にでも居そうな雰囲気の男で、 スゥイートは金髪の髪を後ろに纏め上げており、ダークブルーの目に知的な雰囲気を感じる女性だった。
しかし丁寧な物腰と雰囲気から仕事はし易そうだと思った。あの
「皆様、その兵器の周囲から少し離れて頂けますでしょうか?」
ナカジマがその背嚢を地面に卸すとガンッと言う音と共に下にあった、小さいコンクリートの破片が飛び散る。
懐から灰色の携帯用端末を取り出し、コマンドを打ち込む。
するとその長方体ともつかぬ独特な形の非常に重そうな背嚢は数十個の立方体に分かれ、兵器の周囲に散らばっていく。
散らばった立方体はカニともクモとも付かない物体に変形して兵器にレーザーらしきものを当てていく。
ナカジマが手動で操作していない所を見ると簡易的な自律思考能力を持った機械か直接遠隔操作で動かしているのだろう。
この
暫くしてからナカジマは端末を眺めながら渋い顔をし、こう言った。
「内部の制御部を初めとしたハードウェアには対装甲兵器による物以外の目立った損傷が見当たらない。自律思考回路も焼き付いていないし、 画像情報処理チップも無傷だ。GPUもCPUも外的な異常は無い」
「となれば、記憶領域とOSの調査をしなければならないか……」
ナカジマは少し考え込むとスゥイートに端末を見せる。
スゥイートはナカジマとヴィスリングにこう告げた。
「近くの合衆国基地の空いている格納庫を調査拠点にして機材を運び込み、そこを事故調査拠点にした方が良いかと」
「組織間の情報共有の観点からしても、そこにおられる合衆国第五方面技術大隊と市の科学捜査班の方達の力を借りる事が最善だと思われます」
「今更機構が情報を独占してもトラブルの種を撒くだけです」
ヴィスリングに取っては意外な展開だった。てっきり彼らの
(出世のチャンスなんてモンじゃないわ。技術屋としての本懐を果たせて、最新の機密にも関われる可能性があるのは大きな財産になる)
(同期にビスちゃんなんてバカにした呼び方はもうさせない! 今まで休日すら犠牲にしてここまで来たのは間違って無かった!)
ヴィスリングは内心とてつもなく燃え上がっていた。自分が羽ばたく絶好のチャンスが巡って来たのだと感じていた。
ナカジマはヴィスリングの内心など知る由もなく「んーそうか。君がそう言うならそれが最善だな」と顎を触りながら呟くと仕事に取り掛かり、 機械達を再度集めて背嚢の形に戻し、回収と運搬の指示を周囲に出していく。
自分にとって余りにも都合が良い状況に夢中になっていたヴィスリングは後ろから向けられた妖しげな視線に気付かなかった。
12:35,10,26,A.C.2028
アレックス・マッケンジー上級少佐は兵器とその破片の回収を見届けると、部下の将校に「駐屯軍のオフィスに向かうから、後は頼む。部隊の市内展開プランはC、市外部監視重点プランだ。どうせ『機構』から再配置のプランが提示されるだろうがな」と言い残して装甲トラックに積んであった共用の軍用バイクに乗り、颯爽と現場を去った。
(昼飯には間に合ったな。午後から忙しくなる事間違いなしだ。体力を養う為に今日はガッツリ行くか!!)
市内のハイウェイを最新鋭のハービー社製軍用バイクで交通違反速度ブッチギリで駆け抜けていく。幸いな事に暴走事件のせいで警察は出払っている。
マッケンジーは商業エリアの外れでハイウェイを降りると下町を抜けて、市街地ギリギリの場所にある個人ファーストフード店の駐車場にバイクを駐めた。
とても香ばしく、それで居てギトついた濃厚で食欲をそそる匂いが流れてくる。
(きたキタ来た!! このたまらない油と小麦粉と肉と調味料の匂い! 揚げたてのポテトの匂いと溶けたチーズが放つ濃厚な香り!!)
更に嬉しい事に店の外のボードには『数量限定魚介ピザ! タラとイカ塗れの楽園にご案内!』とチョークで書かれている。
不運の揺り戻しが来たのだろうか。アレックスにとってラッキーな事に新作のピザまで出ている。
アレックスは店内に急いで入り込むとメニューを見るや否や顔見知りの店主へ向かってこう言った。
「魚介ピザ2つとダブルベーコンチーズバーガーとポテト3Lとダイエットコーラとナゲット10個入りでお願いする!」
「ナゲットのソースは無論バーベキュー味だ!」
店主はアレックスの言葉を聞いてニヤリとする。
「ご注文は以上で?」
「持ち帰り用にハンバーガーも追加で!」
それを聞いた店主はキッチンに向かって叫ぶ。
「オーダー! 魚介ピザ2つとダブルベーコンチーズバーガーとポテト3Lとダイエットコーラとナゲット10個入りバーベキューソース付き! 持ち帰り用にハンバーガーだ!!」
暫くして注文の品がアレックスの席に来た。
アレックスはひたすら魚介ピザとポテトを胃に流し込む。
口と食道の中でタラとチーズとイカとポテトと生地が、 ダイエットコーラのプールでシンクロナイズドスイミングをしている。
アレックスの脳は大量の油と糖分とタンパク質で最高に幸福な状態だ。更に幸福状態を維持すべく、ナゲットにバーベキューソ-スを漬けて口の中に放り込む。
バーベキューソースとナゲットの波状攻撃だ! このむせ返るような濃さ! そして更にダイエットコーラを胃に注ぎ込む。
(くぅ~~!! たまんねぇ!)
日頃のストレスが癒やされて行くのを感じる。ジャンクフードは身体の健康に悪いとぬかす輩は多いが、精神の健康にとっては確実に良い。間違いない!
それに自分の仕事は体力勝負だ。いつ食えなくなるか分からないし、食える内に食った方が良いというのもある。
バーベキューソースとナゲットの波状攻撃をなんとか凌いだアレックスはダブルベーコンチーズバーガーの包みを剥がし、バーガーにかぶりつく。
溶けたチーズがバンズと中のパテとベーコンに口の中で絡み合ってC4I戦術を展開し始めた。うおおぉぉっ! 俺の司令部(脳)はもう限界だぁ~!
このサイクルを何回か繰り返してアレックスの腹は鍛え抜かれた筋肉に締め付けられつつも、パンパンになっていた。
(このまま休暇申請出してフケちまうか? しかしその前に気になる事はある。今朝に居合わせた女の事だ……)
アレックスは満足感の余韻に浸りながら今朝の事件に居合わせた銀髪褐色の女の事を考えて居た
。
機構支部の危機対応部所属だと聞いたがそれにしては些か動きが
だが、自分が経験した実戦の時もそういう事はあった。この手のケースには裏がある事が多い。大体が隠し事をしているか、予め危険性を予知していたかだ。
だがあの巨乳ちゃんは全てを知らないだろうな、知らされてもいない筈だ。争いはもっと上のレベルで行われていてそれが表面化しただけだろう。
経験で理解出来る。この事態を操っている奴は居る。
間違いなく。
そしてそいつらは紛れもないクソ野郎共だ。
「アイツ可哀想にな……」
アレックスは店内から過剰なまでに晴れ渡る空を見ながら呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます