第58話 奇跡
「このルルドはね、光魔術がないと進めないぐらい、闇属性の魔物がはびこるところ。攻撃が通じない常闇の君がいるし、せめてレベルが65あるなら力技のゴリ押しで行けるかもしれないってところかな?この情報はルナから出てきた?」
「いや」
「今のリアンなら私が嘘を言っていない事がわかるでしょ?きっと私を刺して置いていった先の部屋の
ああ、あれはエンドレスかと思うぐらい大変だった。地獄の門が開くと地獄の幽鬼共がわらわらと出てきて肝心のケルベロスに攻撃が届かないという事態に陥るのだ。あれ、一時間ぐらい戦闘していたんじゃないのかな?2回目のときはLv.70まで上げて総攻撃で瞬殺したよ。
「ああ」
リアンは何でわかるんだという顔をしている。レベル16のルナを連れている時点で無謀だったんだよ。
「ここで本題。ルナを元通りには出来ると思う。だけど、ルナは両親を探すのを諦めようとはしないだろうね。だから、リアンはルナを連れてさっさとロズワードに戻るってことを
「わかった。
あ、それは私が教えた脅し文句だから、本気にしないで欲しい。まぁ、リアンならいいか。
ジュウロウザにルナの側に下ろすように言ったけど····駄目?ジュウロウザに抱えられたままルナに近づいた。
はぁ。本当に下半身がない。恐らく、ケルベロスに半分持っていかれたのだろう。
私はルナの体に手をかざす。
「この者に『極の逆転』の奇跡を与え給え」
そう、終末を変えることができる『極の逆転』。世界の時を戻すという大それたことは流石にできないだろうから、ルナの時間を巻き戻す。1時間ほどでいいだろう。このダンジョンに来たぐらいの時間だ。
するとどうだろう。本当に時間が巻き戻ったかのように衣服をきちんと纏った姿のルナがそこに横たわっていた。顔色も生気が戻って来ており、胸も上下に動いている。
私の目でルナの状態を視てみると、スタミナがほとんど無い状態だが、外見的には問題はない。
ただ、私のスタミナもごっそり持っていかれた。頭がクラクラする。
「ジュウロウザ。少し寝る」
その言葉を残して私の意識は眠りの海に没していった。
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十郎左side
モナが奇跡を起こした。死んだ人を、それも体が半分なくなってしまった者を元の状態に戻し、生き返らせたのだ。
眠ってしまったモナを見て、シンセイに視線を向ける。シンセイもわかったと首を縦に振って頷いた。
「おい、リアンだったか、その娘を連れて、来い。さっさとこのダンジョンから出るぞ」
リアンはルナという娘にすがりついて泣いている。
モナを殺そうとしたくせに。
モナが殺すなというから生かしているが、本当ならこの場で殺しておいてもよかったのだ。ダンジョンで死んだ者はダンジョンに取り込まれてしまうので、ここで始末してしまうのが一番よかったのだ。
リアンはルナを抱きかかえて大人しく付いて来ている。
はぁ。本当にモナが無事で良かった。本当に守りの結界を施しておいて良かった。実は側にいるのだから必要はないと思っていたのだ。
モナが連れ去られた後、転移をしてこちらのダンジョンに着き、モナを探しに行こうと転移の部屋から出たところで、先程いた幼い子供と剣士の女が飛び込んできたのだ。
「やばいのじゃ。あれは流石にやばいのじゃ」
そんな事を言って幼い子供が震えている。剣士の女も歯の根が合わないのか、ガチガチと音をさせ震えていた。
「そこの魔女よ。姫の姿が見えぬがどうしたのか答えよ」
シンセイがモナの行方を聞き出そうとする。
「ひめ?お主、龍玄か」
答えたのは魔女とよばれた幼い子供の方だった。あれが『アーテルの魔女』か人は見た目ではないということか。
「答えよ」
シンセイが幼い子供の姿をした魔女に近寄っていく。それも殺気を纏いながら。
「ひっ!と、途中で置いていったのじゃ!しかし、我らは先に進めず、戻ってきたのじゃが、帰り道には居なかったのじゃ」
目を左右にせわしなく動かしながら、話している。本当と嘘を織り交ぜてながら話しているのだろう。
どの辺りが嘘だ?
「フォッフォッフォッ。爪の赤い
さらにシンセイの殺気が増した。
「あ、あ、あ·····」
と言葉を漏らして幼い子供は崩れ落ちた。シンセイ。殺気を出しすぎだ。隣の剣士も見ていると同じ様に意識を飛ばしていた。
はぁ、使えない。
「フォッフォッフォッ。恐らく、魔女と剣士だけが逃げ戻って来たのであろうな。今まで、気配も何も感じなかった空間に突如として現れたことを思うに、刻の魔術をまたしても使ったのであろう。となると、そこまで刻はたっておらぬはず。こちらじゃ」
そう言って、シンセイの姿がかき消えた。俺もシンセイの後に続く。謎の直感というものが働いたのだろう。
そして、モナが何故かリアンというものに剣を向けられているという間一髪のところに助けに入ることができたのだが、まさかそれ以前にモナを殺そうとしていたとは、やはり今殺すべきではないのだろうか。
転移装置がある部屋まで戻ってきた。しかし、ここで問題というか。モナが予見していたことが起きていた。そのモナは俺の腕の中で眠っている。流石にダンジョンで殺されかけた上に奇跡の御業はモナの体に負担をかけたのだろう。
「だから!何で駄目なのよ!」
そう、モナの奇跡で生き返ったルナという少女が目覚めて騒ぎ出したのだ。
まぁ、俺としてはここまで連れてきたのだから、あの者達がどうなろうと構わない。
あともう少しで転移できる魔力量が溜まる。そうなれば、さっさとここから立ち去るだけだ。
「ルナ。俺たちにはまだ早かったんだ」
「そう、なのじゃ!一旦戻るのじゃ!」
リアンと転移の場でとどまっていた魔女が少女を諌めているが、全く聞く耳を持たないようだ。
「ここにはお父さんとお母さんがいるの!わたしが二人を助けるの!」
シンセイは俺の横でその茶番劇を見ていた。内心苛立っているのだろう。あの少女のわがままの所為で守るべきモナを見失ってしまったのだからな。
「うわぁ〜〜ん!なんで、みんなわかってくれないの!ここまで来たのに!このルルドまで来たのに!」
今度は泣き出した。はぁ、うるさい。寝ているモナが起きてしまったらどうするんだ。
「ぷーぷー」
という聞き慣れた寝息に視線を向けると、元の大きさに戻ったノアールが定位置であるシンセイの頭の上で寝息を立てていた。
今回はノアールの存在に大きく助けられたところがある。幼い幼竜でも己の役目を全うしたというのに、この者達は本当に何をしているんだ。
『テンイデキマス。テンイシマスカ?』
やっとか。やっと戻れるのか。
「その方らよ。吾らは転移で戻らせてもらおう」
シンセイがごちゃごちゃ揉めている者達に声をかける。すると、剣士の女がすぐさま転移装置に乗ってきた。彼らに付き合ってられないと言うことだろう。
「悪いのじゃが、そちには付き合ってられぬ。命の方が大切じゃ」
そう言って、幼子の姿をした魔女も転移装置の上に乗っていた。
「なんでよ!なんでなのよ!」
はぁ、もう転移してもいいか。なんだかあの甲高い声にすごく疲れを覚える。
「うるさい」
俺の腕の中から声が聞こえた。ちっ。モナが起きてしまったじゃないか。
「クソエルドラード!殴っておけばよかった」
くそエルドラード?確か神の名のはずだが?モナが目を開けて、俺を見た後に騒いでいる少女に視線を向けた。
モナの瞳が金色になっていた。光の加減で金色に見えるときはあったが、この場に強い光を発する光源は存在しない。モナのその姿にぞわりと肌が泡立つ。モナに違いないが、今までとは何かが違う感じがする。
シンセイも何かを感じたのか近くに寄って来た、そして、寝ていたはずのノアールも目を開けてモナを見ている。
「リアン。私は誰?」
モナは何を言っている?
「リアン?」
モナの不思議な問いかけにリアンはあれだけ固執していた少女の側を離れ、転移装置の上に乗ってきて、モナを抱えている俺の足元に跪いた。
「護るべき姫君だよ。モナ」
「そう、女神の欠片。欠片であるがゆえにこの地で生きていくには守護者が必要。そうだよね」
「そうだよ。モナ」
「今の私は守護者を得た。そして、欠片である女神の願いを叶えた。ねぇ、リアン。私は私の役目をきちんと勤め上げた。なら、リアンはどう?」
「····」
「そう、まだ道半ば。リアン、エルドラードから言われた事があるんだって?」
「·····」
「言われたよね。私、エルドラードから聞いたよ。『勇者として世界を滅ぼす魔王を倒して欲しい』って『できれば、君の幼馴染みを連れて旅をして欲しいけど、無理なら強要はしないよ。ただ、幼馴染みに剣を向けることをしては駄目』って言われたそうじゃない?よくもまぁ、毎回、神との約束を破れたものだよね」
モナの言葉からすれば、神と会っていたことになる。体はここにあるのに、精神だけが神と会っていたということだろうか。
そして、毎回ってなんだ?俺には意味がわからないが、リアンには理解できているのか、顔を上げずにうつむいている。
「
「モナ。聞いてくれ。俺は貴女を解放したかったんだ。繰り返し、繰り返し、この世界をさまよう貴女を」
「ふーん。でもそれは言い訳。で、本心は?」
「お前が憎い」
「まぁ。そんなところでしょうね。腕の骨が折れた時に思ったよ、こいつワザとだなって。でも私以外の人がいると、人がいいからタチが悪い」
なんだ?目の前のリアンという者から禍々しい気配を感じる。
「今回は大手を振って私を殺せるチャンスが来たからね。張り切ったんだよね?でも、私を突き刺した時の感覚がおかしいと思い直して、戻ってきたら、居なかった。仲間を魔物の餌にしてまで戻る口実を作ったのにね」
モナの言葉にルナという少女は意味がわからないと首を傾げているが、剣士と魔女は信じられないという顔をリアンに向けている。
そのリアンを見れば、顔を上げ淀んだ目をこちらに向け、三日月のような裂けた口で笑っていた。
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