第50話 勇者の名声

「本当の事を言えば、俺が嫌なんだ」


 なんですか?幼児並みのステータスしかない私のおもりをするのがイヤ?確かに古代遺跡となれば普通のダンジョンじゃない。


「あのリアンという者がモナ殿と関わるのが嫌なんだ」


 リアン?私が首を傾げていると、ジュウロウザは私を抱きしめてきた。

 はぅ。心臓がドキっと跳ねる。ここ最近私の心臓がおかしい。直ぐにドキドキとうるさい音を出してくる。

 そして、私の額に唇を落としてきた。


「ふぉ」


「嫌なんだ」


 い、嫌だとい···言われても····。


「彼女の得たい物は、本当にモナ殿が行かなければ得られないものなのか?」


 真剣な目をして聞いてくるジュウロウザに視線が合わせなれなく、横を向き、視線を漂わせながら答える。


「え····えっと···停止している古代装t····」


 な··なんで両頬を掴んで、視線を合わさせる!心臓が口から出そう···いや、潰れそう。



「戻ったであるぞ」


 ふぉぉぉ!シンセイの声に体がビクッと跳ねてしまった。

 はや!シンセイが戻ってきた。そんなに時間は経っていないはず!


「シンセイ、何かわかったのか?」


「いやいや、【ぐろーじゃん】であったか?」


 ジュウロウザの問いに、苦笑いを浮かべながらシンセイが向かい側に腰を下ろした。


「直ぐにわかったぞ。騒ぎになっておった」


 やっぱり!【グロージャン】に行かなくてよかった。ゲームでも冒険者たちのたまり場という説明がされていた。


「あの若造が騒ぎの中心であったぞ」


 リアン!!!何をしている!冒険者たちのたまり場だけれども、リアンが中心で騒ぎを起こすって馬鹿じゃない?しかし、サイザールには来ているようだ。


「原因はわかることはできなかったが、乱闘になっておるということだけ確認して、戻ってきたぞ」


 うん、今日は合流するのはやめておこう。面倒に巻き込まれるのはごめんだ。

 ···ジュウロウザ?隣に座っていたはずなのに、何故に私は膝の上に抱えられているのでしょうか?


「この街には来ているということか」


「さて、こちらはどうでようか、考えものであるぞ。今までの街で集めた情報だと、勇者という者は正義感を振り回して、弱き者を助け、街の問題を解決し、素晴らしい御仁であると噂に上がっておるのぅ」


 シンセイがニヤニヤ笑いながら言った。勇者としてお披露目してから3ヶ月でリアンの勇者としての活躍は目の見張る物がある。そして、勇者の評判はうなぎ登りに上昇している。

 あの、私が行くように言ったエトマのダンジョンを半月で制覇し、未発見領域まで発見したとことで、一気に勇者として名を広めたのだ。

 そう、帰り道の一方通行の裏ルートのことだ。そのことがジュウロウザとシンセイにとって不満のようだ。


 あのルナがいるのなら、知っていて当たり前のことだ。しかし、ジュウロウザとシンセイは私の方が先にあの裏道を発見したのに、リアンの名声を飾る一つになったことが不満らしい。


 そのあとも、各地で勇者の名を上げて名声を高めている。恐らく、今回の乱闘騒ぎも、【グロージャン】の美人の従業員が冒険者の誰かに絡まれたので、助けに入ったとか、ありきたりなことだったりするのだろう。


「なら、シンセイもモナ殿がダンジョンに行かないように説得してくれないか?」


 おお、ジュウロウザ。シンセイも仲間に加えようと言うのか!いや、仲間だけれど。


「吾は姫の望みを叶えるのみ。それをどのように叶えるか考えるのが吾らのすることぞ」


 おや、シンセイも私の考えに反対していると思っていたのだけど?


「しかし、危険を避けることも必要だと思うが?」


「フォッフォッフォッ」


 おお!このシンセイの怪しい笑いはなぜだか鳥肌が立つ。


「姫は路をわかっておるぞ。その知は計り知れぬ。ただ、力が乏わぬだけ。隠しておった吾の弱点も一発で言い当てられたしのぅ」


 いや、シンセイ。それは全部ゲームの知識だし、過大評価しないで欲しい。それに、シンセイが魔術に対して攻撃を受けていたこともゲームから知っていたことだからね。

 シンセイのMPは12203あるのに、MPを消費する技がない。ただ、シンセイのげきを手に入れて、かなり後半で【風牙突】という風属性を纏った突きを打てるぐらいなのだ。


 村にいた2ヶ月の間、あの【リュウゲン】と手合わせしたいという人たちに魔術併用でシンセイと手合わせをしてもらった結果。シンセイの技の種類は飛躍的に増えた。あれだ。見取り稽古というものなのだろうか。大槍を持つユーリカさんの破刃裂破ブレイクスパイクの技もシオン伯父さんの氷結凍刃グラースヴァンも他の人たちの技を次々に使えるようになっていったのだ。


 シンセイがヤバイ人になってしまったような気がする。




 私は外套のフードを深く被って1軒の店の前に立っている。宿屋兼酒場【グロージャン】の扉の前だ。勿論、ジュウロウザの腕をガシリと右手で掴んで、左手はいつでも武器ムチを振れるように手を添えておく。勇者リアンと立ち向かうにはジュウロウザ武器ムチは必要だ。


 そして、先鋒先頭のシンセイが頭の上に黒いオプション幼竜を乗せて、中に突入して入っていく。


 あの後、シンセイの言葉に不本意ながらも理解を示したジュウロウザが向こうの態度によって、こちらの対応を変えると言って、翌朝この集合場所まで足を運んだのだ。



 シンセイが扉の中に入って行った瞬間、騒がしくなった。よく聞こえないが、『ジジィどこの者だ』とか『置いていけ』とか口の悪い言葉が色々聞こえてくる。冒険者ってガラが悪すぎる。


 突如、そのざわめきに被さるような大声が耳に入ってきた。


「ちょっとー遅いじゃない!どれだけ待たせるのよ!」


 耳につくようなルナの声が聞こえてきた。


「ルナ。仕方がないよ。俺たちと彼らは違うのだから」


 うぉぉぉぉ。全身の肌が一気に粟立った。リアンの声質がもう駄目だ。ルナ大好きオーラが溢れている。


「気持ち悪い」


 思わず声に出てしまった。


「モナ殿。戻るか?」


 ジュウロウザ。私の本心を聞かなかった事にして欲しい。私は言葉無く首を横に振る。口を開けば、思わず罵倒の言葉が出てきそうだ。


 騒ぎが収まったので、ジュウロウザに中に入るように促す。


 中に入ると死屍累々の山が····。シンセイが杖でつついただけと?だけと言われても、その杖は魔物を今まで屠ってきた物だよね。


「ヒッ!」


 引きつったような声が聞こえて来た方に視線を向けると、一番にキラキラの物体が視界を占めた。そのキラキラの物体はニコニコと笑いながらこちらに手を振ってきた。

 思わず踵を返したい衝動にかられたけれど、ぐっと我慢をしてリアンに声を掛ける。


あ゛?!久ぶり何が違うって?待たせたねだったらでも始めっから仕方がないよねを頼らないでのステータスもらえるわかってるよね?リアン」


 あ、心の声と本心を間違えた。いや、どちらも本心だ。建前と本心だった。


「カスヒロインとクラッシャー!」


 その言葉を言った人物を見る。白い髪に黄色い目をした可愛らしい少女が清楚な白い聖職者の装備を着てリアンの隣に座っていた。少し幼いがゲームのルナにそっくりだ。


「混ぜるな危険がなぜ一緒に居るのよ!最悪!」


 そう言ってルナは私達を指さした。


「ヘボ聖女。文句があるなら自力でダンジョンに行ってもらえる?」


「モナ!彼女はヘボ聖女じゃない!ルナっていう名前がちゃんとある」


 リアンがどうでもいい横槍を入れてきた。あの少女がルナだって知っているし、向こうがカスヒロインって言ったから言い返しただけだけど?そして、ルナのことはかばうってことは、かなり信頼度を上げているのか。まだ、勇者の光を手に入れられないのに?


 私は馬鹿にしたように鼻で笑う。


「フッ!別に私がここまで足を運ぶ必要なかったのだけど?そこにいるまともに回復魔術が使えない聖女候補が、両親が心配だって泣きつくから仕方がなくここまで来てあげたのだけど?」


 確かにヘボ聖女じゃなかったね。回復魔術の成功率が4割にも満たない彼女はまだ候補でしかなかった。


「泣きついてないわよ!さっさとこっちに来て!行く経路の確認するわよ!その前にそこのクラッシャーを外に出して!私、まだ死にたくない!」


 彼女もゲームのジュウロウザで地獄モードを体験したのだろうか。ジュウロウザをまるで化け物でも見るような目で見てくる。


「悪いけどそれは無理ね。彼は私の両親から私の護衛の依頼を受けているから。今回のダンジョンに潜るのに彼を外すというなら、依頼破棄金額で星貨20枚必要なのだけど、貴女が払ってくれるの?」


 依頼破棄の言葉が私の口から出た瞬間、ジュウロウザから、絶望的な視線を感じた。それに対し、私は黙っているように人差し指を立てにして口元に持っていく。少し黙っているようにと。


「はぁ?4千万Gガルなんてお金が在るはずないでしょ!」


「そうでしょうね。そこに彼女の食費にお金が消えて行くものね」


 そう言って私は一人黙々と食べ物を口に運んでいる女性を指す。

 金髪を三編みに一つでまとめ、紫の目は目の前の食べ物しか映っていない。その格好はビキニアーマーという防御として意味があるのかわからない防具を身に着け、その横には背中に背負う程の大剣が置いてある。

 女剣士ルアンダだ。彼女のSPを維持するためには常に物を食べておかなければならないという、とても燃費効率の悪い人物なのだ。


 私に指摘されたルナは悔しそうな顔をする。恐らく、何かと名声が上がっては来ているが、それよりも金をくれというのが実情なのではないのだろうか。


「要はガーディアンさえ倒せばいいのでしょ?地下50階の扉の前に現地集合でいいのでは?その先の未発見領域にあなた達だけで行けば、また新たな名声が増えるでしょう?」


「それはかなり、うちらに都合のええ話やねぇ」


 そう言うのは、水色の髪に青い目をした奇抜な格好をした女性だった。奇抜···ゲームではなんとも思わなかったが、実際に見てみると、踊り子の衣装というものは目のやり場に困ってしまう。最低限を金属の装飾で隠し、後は薄いベールのような物を身に纏っているだけだ。

 そんな目のやり場に困る衣装を身に纏っている彼女は鉄扇と呼ばれる金属でできた扇で半分顔を隠してこちらの様子を伺っている。

 踊り子シュリーヌだ。彼女は衣服の防御力が皆無のため装飾品が多数必要となってくるのだが、それがよく壊れるのだ。ゲームに物の劣化性を取り込まないでほしかったが、彼女の装飾は一戦ごとに何かしら壊れていく。そう、彼女も金食い虫なのだ。


「都合がいいですか?私ははっきり言ってあなた達と関わりたくないので、依頼料も報酬もいりません」


「なんじゃ?小娘。わらわたちに嫉妬でもしておるのか?幼馴染みといっても所詮幼馴染みということじゃ」


 は?嫉妬?どこをどう嫉妬しろと?


「なんじゃ?なぜ意味がわからぬと首を傾げておるのじゃ?」


 このじゃじゃ言っている人物は見た目は5歳児程の幼女だが、300歳の魔女だ。黒髪に黒のロリータドレスに赤い目が印象的な子供だ。しかし、300年も魔女をしているだけあって、その知識量と使える魔術の術の種類は群を抜いて一番だ。

 ただ、魔力量が少なく大技一発で使い物にならなくなる魔術師メリーローズ。


 私は彼女の言いたいことがわからない。


「リアンの側にいられんで悔しいのじゃろ?」


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