第47話 氷竜の卵
再び旅に出る用意を始めることになった。今度は往復二ヶ月かかる上に、ダンジョンの攻略だ。生きて帰って来れるだろうか。
そして、私の膝の上にはむっちりした生き物が鎮座している。そう、とうとう氷竜の卵が孵ったのだ。今までおざなりジュウロウザが卵に魔力を与えていたが、リアンが頻繁に訪ねてきてから、一日の終りに魔力を全て卵に与え始め、5日で孵ったのだ。え?この2ヶ月は何だったの?
魔力を本気で与え始めた5日後の夜に卵にヒビが入ったと、ジュウロウザから卵を渡された。
いや、私に渡されてもコレをどうしろと?
親と認識させる?
それ、困るんだけど?
私、この卵でも大概重いのだけど?
それにドラゴンって鳥のような親の認識機能ってあるのだろうか。
卵にヒビが入り、ドキドキしながら待っていると、上の殻が大きく割れ、氷竜の顔が···?氷竜って黒かった?
思わず魔力を与えたジュウロウザをジト目で見てしまう。何故に黒い!生まれたばかりだから黒いのか!いや、ゲームでは真っ白だったよ。
「キトウさん、氷竜は黒いのでしょうか?」
「あ、いや。そんなことはないはずだが」
戸惑うジュウロウザの声が聞こえた。そして、シンセイの笑い声が部屋に響いた。
「ハハハッ。これは良き竜になるのではなかろうか?黒き背に白き花が舞っておるわ」
なんだって!思わず、まだ一部殻がついていた幼竜をくるりと回して、背中を見た。確かに黒い鱗の一部が白くなっており、さくらが舞っているように見えなくもない。そう、見えるだけで殻がこびりついているだけでは?
幼竜の黒く一部白い背中を擦ってみるも、落ちる感じではない。
嫌な予感がしつつ幼竜を視てみると
【
マレキって何!意味がわからないのだけど?
ついでに私のステータスも視てみる。
【惑乱のマレキ】
あ、うん。もっとわからなくなってしまった。見なかったことにしよう。
そして、私の膝の上には氷竜という種族のはずだが、黒い鱗を纏った幼竜が雪華藤をむしゃむしゃと食べている。
「モナちゃん!新しい服できたわよ」
そう言って、玄関から入って来たのはルードの母親のトゥーリさんだ。アレーネさんが押し付けるように大量に布地をお礼にと持ってきてから、こうしてトゥーリさんが服を持ってくるようになった。何も言わないけど、リアンがやらかしたお詫びもあるのだろう。
「秋用の服よ。これでリリーちゃんの結婚式に出てね」
そう、あれから2ヶ月も経っているのに、まだ式をしていなかったのだ。
「ノワールにはこの蝶ネクタイね」
そう言って、幼竜に金色の蝶ネクタイをトゥーリさんは合わせている。名前はいつの間にかソフィーが【ノワール】と呼んでいたので、そのまま採用している。
リリーなのだけど、流石にすぐはリリーの体調が戻らないだろうからと、夏に式をという話だったのだ。けれど、夏になるとリリーは体調を崩し、家から出られないようになった。
病気ではなく、つわりだ。かなり酷いらしい。新しい命がこの村に誕生することは喜ばしいことだ。きっと天使の子も天使に違いない。キールの要素は全て排除してもらって構わないから。
そんなことで、つわりが収まるであろう秋に式をあげようと言うことになったらしい。
その頃に私は村に戻って来れるだろうか。
「あと、旅装束よ。寒さにも暑さにも耐性があって、どんな環境でも快適に過ごせるように作ってあるわ」
「ありがとう。トゥーリさん」
トゥーリさん!凄い!
実は夏に村の外に出るのは嫌だったのだ。この村は箱庭だ。だから、ある程度気温の上下はあるけど、結界により年中快適に過ごせるようにされている。
一度、真夏に隣町に行って動けなくなり、荷馬車から一歩も降りなかったこともあるぐらいだ。
この服があればこれから行く南の国も縦断することができるだろう。
「モナちゃん!モナちゃんの鞄を改造してもらったわよー」
今度は母さんが私の拡張機能付きの鞄を持って帰ってきた。村にいる魔具師に頼んでいたものが、出来上がったらしい。そう、拡張機能の上に時間停止機能を追加してもらったのだ。これで、色々持って行けて往復2ヶ月とプラスαを過ごすことができるだろう。
「ありがとう」
「ぷー」
ああ、雪華藤ね。不満げに声を上げた、黒いむっちりした幼竜に雪華藤を与える。それを美味しそうにパクパク食べている姿は可愛い。そのうち巨大化するのだろうけど。
「おねぇちゃん!お薬できたから忘れずに持っていってね」
白い紙、赤い紙、青い紙に分けられた粉の薬が差し出された。この粉にする過程のフリーズドライの魔術はジュウロウザが覚えて粉にしてくれたものだ。あの、私の曖昧な表現でよくここまでしてくれたものだと関心する。
「ソフィー。ばぁちゃんもありがとう」
私が一ヶ月もかけて旅に出ることに誰も反対せずに、逆にその準備をしてくれる。本当に感謝しかない。
いや、一人だけ反対している人物が居るのだけど···。
3日で準備を終えて、4日目の朝には村を出立できることになった。
家の前には母さんとばぁちゃんとソフィーとルードが見送りに出てきてくれた。父さんがここにいないのは、フェリオさんと一緒にリアンの監視兼指導員として張り付いてダンジョンに潜っているのだ。
「モナちゃん。体には気をつけるのよ」
母さんわかっているよ。
「モナ。神はいつもモナの事を見ておる。忘れるでない」
あれ?ばぁちゃんの言っていることがいつもと違う。神が見ている?
「おねぇちゃん、薬は沢山作ったけど、使わないことが一番いいんだからね」
ソフィーそうだね。使わないことが一番いいよね。
「モナねぇちゃん。リアン兄さんのことは存分にしばいていいからね」
ルード。任せておきなさい。しばくのは私じゃなく、ジュウロウザかシンセイに任せるけど。
「それじゃ、行ってきます」
ベルーイは私のその言葉と共に歩き出した。勿論私は一人でベルーイ乗れず、後ろ側にはジュウロウザがベルーイの手綱を握っている。
ベルーイの横には杖をついたご老人が···。シンセイには、もう一度騎獣に騎乗するように言ってみたものの、『不甲斐ない老兵は徒歩でよい』と言われてしまった。未だに私の吐血事件を根に持っているようだ。
ベルーイはカポカポと南の出口に向かっている。日差しを遮る為に深めに被っていた外套のフードを少し上げる。
私は馬竜のベルーイの上から、村を見渡す。本当にここはいい村だ。世界から隔離された英雄がエルフの姫君の為に作った村。もし、桃源郷というものがあるとしたら、こういうところのことを言うのかもしれない。
麦を収穫し終えた畑の多くは大豆が植わっている。その奥には青々した稲が植わった田んぼが少しだけある。大豆畑と田んぼの間では作業をしている人たちの姿が見え、手を振って来たので、それに答えるように手を振り返す。
水路はもう少しで水を通せる状態にできるらしい。来年は稲を植えることができる区画が増やすことができそうだ。
「モナ殿本当にいいのか」
ジュウロウザが聞いてきた。ここ3日程同じこと聞かれている。
本当にあのリアンのダンジョン攻略を手伝うのかと。
「キトウさん。断っても恐らく諦めてくれないでしょう。それに、ルルドに行きたいという言葉を聞いてしまったら、私は····」
恐らくルルドは壊滅状態だろう。彼女もそのことはわかっているはずだ。だけど、一部の望みをかけて行きたいのだろう。
私はきっと選択肢を間違ってしまったに違いない。あのとき両親に行かないで欲しいと言うだけでなく、ルルドには手出しをするなとギルド経由でイルマレーラに言ってもらったらよかったのだ。
「姫。姫が気にされることはない」
ベルーイの横を歩いている。シンセイが言ってきた。そのシンセイに視線を向けると、白髪の頭の上には黒い物体が乗っている。長時間、私の膝の上に幼竜が乗っていると、足がしびれて動けない事件が勃発したので、それからは膝の上にいるのは雪華藤を食べるときだけと決められてしまった。
「父君と母君に聞いたであるが、姫は何も悪くはなかろう?父君と母君を守った、それは褒められることであるぞ」
自分の周りだけ幸せならそれでいいのか、いや、私にできることは限られている。できないことの方が多い。
「でも、決めたのです。キトウさんとシンセイさんにはご迷惑おかけすることと思いますが、道中とダンジョン攻略宜しくお願いしますね」
「御意」
「了解した」
まぁ、二人は内心納得はしていないのだろう。しかし、道中はこの二人がいれば問題ないと思う。この二人は攻撃特化型だ。それも凶悪過ぎるジュウロウザの攻撃力。全てを一撃で伏していく一騎当千のシンセイ。
····今、思ったら恐ろし過ぎない?この二人の側にいて私大丈夫?いや、リアンの気遣いのなさに比べたら、彼らは私の弱さをよく理解してくれている。
大丈夫のはず···。
そして、一ヶ月と10日後。地底湖ダンジョン【ロズワード】に一番近い街サイザールに到着した。
道中は本当に何も無かった。魔物に襲われている人に遭遇することはあっても、魔物に襲われることはなかった。盗賊や人攫いに遭うこともなかった。それで、なぜ10日余分にかかったかと言えば、夏の神殿に寄っていたのだ。
別に寄るつもりは無かったのだけど、ふと大きな泉が目に映ったのだ。確かこの泉の中央に夏の神殿があったなと思い出し、思わず声に出てしまった。
「ああ、ここ夏の神様がいるところだ。確か、世界の書があるんだよね」
「ここに?泉の中か?」
「将よ。対岸に何か見えるぞ。建物のようだ」
「対岸?回ってみるか」
え?いや、私は行くとは言っていないし、それにあれは対岸じゃない。
「あの···私のただの独り言なので行かなくていいです。それにあれは対岸ではなく。浮島です」
そう浮島の上に神殿が立っているのだ。浮島だというのに、木々が生え、草も生えている不思議な浮島。そして、浮島ということは島自体が移動するということだ。
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