第44話 殴ろう

「モナ殿、無理をして起き上がらなくても良いのでは?」


 ジュウロウザが支えて起こしてくれた。いつ部屋に入ってきたのか全くわからなかった。


「いいえ。大丈夫です」


 そう言って、息を吐く。肋骨を押さえられると呼吸がしにくい。


「それで、途中から記憶がないのですが、何がどうなって私は生きているのでしょう」


 あのときはマジで死んだと思ったし、血を吐くだなんて人生で3度ぐらいしか····。思ったよりあるな。全て、リアンが関わることで起こった吐血だったが。


「記憶が無いのならわざわざ思い出さなくていいだろう?」


 いや、事実を知ると言うことは大切な事だ。不意打ちリアンにどう対処するか。そこが一番重要だ。···出来ないような気がするけど。


「はぁ。今回は全くもって不意打ち過ぎて反応できなかった。私が駄目だったのです」


 声すら出なかった。今までなら、リアンの所為で怪我を負わされたり、引きずられたり、捕獲されても叫び声を上げる事ができた。それで大人の人が助けに入ってきてくれた。

 いつも何があってもいいように気を張っていたのに、リアンが戻ってくるはずがないと、思い込んでいた私の落ち度だ。


「いや、村長殿に呼ばれたのなら、俺が付いていけばよかったのだ。すまなかった」


 ジュウロウザがそう言って、頭を下げてきた。

 三者三様に自分が悪いと言っている。なんだか、その状況がおかしく思えてしてしまった。


「ぷっ。三人が三人共自分が悪いだなんて言っていたらきりがないですね。クスクス···イッ!」


 笑ったらぐるぐる巻に固定していた肋骨が動いたようで、激痛が走った。


「モナ殿!」

「姫!」


「大丈夫。笑ったのが駄目だったみたい」


 ジュウロウザがベッド上に座っている私の側に腰を下ろし、私の頭を撫ぜながら言った。


「笑えるようで良かった」


 いや、笑った所為で胸が痛いんだけど?すると扉の向こうから声が掛けられた。


「キトーかリューゲン老師。扉を開けてもらえないかしら?モナちゃんにミルク粥持ってきたの」


 母さんが私のために食事を持ってきてくれたようだ。まだ床にいたシンセイが立ち上がり、扉を開ける。そこにはトレイを両手で抱えた母さんが立っていた。

 なんかトレイの上が山盛りになっているけど私はそんなに食べれないよ。


 そんな山盛りなったトレイをシンセイが受け取る。


「キトーも老師もモナちゃんが倒れてからまともに食事を取ってないでしょう?モナちゃんは起きたのだからちゃんと食べて欲しいわ」


 え?私が倒れて2日経ってるって言っていたけど、その間ご飯を食べてなかったの?


「申しわけな···」


 シンセイは言葉を止め、気がつけば戟を母さんに突きつけていた。正確には母さんの横の空間にだ。


 手に持っていたトレイはというと、私の部屋のテーブルの上に置いてある。いつの間に!!

 ジュウロウザも何かを警戒しているのか、扉の方に視線を向けながら、私を抱き寄せていた。


「あら?不法侵入かしら?」


 母さんはそう言いながら後ろを振り返る。私には誰がそこにいるか見えず、わからない。



「モナが目を覚ましたって聞いたから」


 その声を聞いて私の肌は粟立った。リアンがいる。扉の向こうにリアンが!


 誰に聞いたんだ!あれか!殴りに行くと言っていた父さんにか!きっちり殴って足止めしておいてよ!!

 いや、父さんを殴ろう。違った、父さんを殴ってもらおう。殴ったりしたら私が手を痛めてしまう。


「リアンくん。モナちゃんは起きたばっかりなの。帰ってもらえるかな?」


「いや、でも」


「若造。去れ。姫には会えぬぞ」


 リアンが母さんに帰れといわれ戸惑っている声に、シンセイが強く言葉を放った。

 シンセイが言った言葉に反応したのか母さんが横に押しのけられ、リアンの姿が私の目に映る。なんか姿がフェリオさんに近づいていっている気がする。


 ああ、さっきから肌の粟立ちがひどい。ジュウロウザに抱き寄せされているため動けないが。私の手は先程から武器ムチを探してピクピクと動いている。


「モナ!」


 リアンはこちらに来ようとしているが、シンセイに戟を突きつけられ、それ以上は入ってこれないようだ。


「ちっ!ジイさん邪魔だ!それにしてもお前は誰だ?モナのなんだ?村の人じゃないのになぜこの村にいる?」


 なんだか機嫌が悪いらしい。でも、シンセイに当たるのは間違っているんじゃない?


「吾か?吾は姫の守護者じゃ」


 そう言ってシンセイは右腕を見せた。すると、リアンはその腕を凝視して、信じられないという顔をする。そして、リアンは私を見る。いや、私の横に視線を向けている。


「じゃ、お前はモナのなんだ?」


 強く睨んだ視線を向けて、ジュウロウザにリアンが問いかけた。



「俺が何かと問うよりも、モナ殿に言うべき事があるのではないのか?」


 ジュウロウザに指摘されたリアンはハッとして私を見る。そして、口を開いた。


「モナ、一緒に来てほしいところがあるんだ」


 その言葉に私は支えていたジュウロウザの手を振り切って、ベッドの脇に置いてあった一輪挿しの花瓶を投げつけるが、全く届かず床に水をぶち撒けるに留まる。


「はぁ?!私に来てほしいだって?私の骨を折るのは何回目?一番に私に言うことがそれ!」


「そうだね。モナに会えたのが嬉しくって力が入りすぎたみたいだ。ごめんね」


「軽っ!私は2日も寝込んだのに軽すぎない!帰れ!というか勇者に選ばれたんだからさっさとやるべき事をしろ!!」


 叫んだら胸の痛みが復活した。ズキズキと痛みが体を支配していく。右の脇を思わず押さえるが痛みは引かない。


「リアンくん。モナちゃんを怒らせないで、それからもう帰ってもらえる?」


 母さんのなんだか怒ったような声が聞こえる。


「リアンにぃちゃん!おねぇちゃんは今は安静にしておかないと駄目なの!」

「兄さん。帰るよ。テオさんと父さんに一発ずつ殴られる覚悟しておいてね」


 ソフィーとルードの声が廊下側から聞こえる。しかし、リアンは諦めきれないのか、廊下側と私の顔を交互に見ている。


「いや、でも」


「でもじゃない!兄さん帰るよ!」


 その声と当時に小さな手がリアンの腕を掴むが、リアンと体格差のあるルードでは引っ張ることができないようだ。すると、外から、母さんの声が聞こえてきた。


「テオ!フェリオ!リアンくんを連れて帰って!モナちゃんの顔色が悪すぎるの!」


「「なにー!」」


 二人の重なった声が外から聞こえてきた。しかし、私から母さんが見えなかったのによく母さんは私の顔色が悪いとわかったね。

 痛みのあまり脂汗が滲んでいるのだ。それは顔色も悪くなるだろう。


「おねぇちゃん。これを飲んで眠って!」


 ソフィーから緑色の毒々しい色の液体を差し出された。ああ、クソまずい薬ね。液体より粉がいいな。

 しかし、ソフィーは私が使えるフリーズドライの魔術が使えないので仕方がないか。予備は無かったのだろうか。


「父さん、そんなに怒らなくてもいいんじゃないのかな?」


 ふぉ!そこにリアンとフェリオさんがいる!!思わず受け取った毒々しい液体が揺れる。


「リアン。いつも言っているが、怪我をさせて、全く悪いと思っていないのは駄目だと言っているよな」


「え?謝ったよ」


「はぁ。取り敢えず帰るよ」


 リアンの姿が部屋の入口から見えなくなった。私もフェリオさんと同じくため息を吐きたい。


 リアンは少し感覚がおかしいのだ。それが勇者の質なのだろうかわからないが、全て自分が中心なのだ。

 怪我をさせても自分が悪いというより、そういうこともあるなという感覚なのだ。

 そして、自分が納得できないことは、頑として動かない。


 リアンが居なくなったことで安心し、左手に持った毒々しい液体がを見る。これを飲まないといけないのか。意を決して一気に呷る。

 ぐっ!不味い。横から差し出された水と

 思えるコップの中身も一気に呷る。

 あ、甘い。果汁水?


 コップが手から抜き取られ、目の前に白い瑞々しい果肉がフォークに刺さって差し出された。手に取ろうと右手を上げれば痛みに顔が歪む。

 つい利き手を上げてしまった。痛みを逃がすためにふぅーと大きく息を吐き出す。


「口を開けて」


 そう言われ、口を開けると口の中に瑞々しい果肉が入っていた。美味しい!これ、以前に食べたことがあるやつだ。いちご!


 口の中にいちごが無くなった頃にもう一つ差し出され、ぱくりと食べる。美味しい。このいちご味の果実、好きだな。

 しかし、眠い。うつらうつらと眠気の波が漂ってきた。


「安心して眠るといい」


 その言葉を聞いた後私の意識は眠りの海の中に沈んでいった。



_______________


モナが眠ったあと


「おねぇちゃん。ラベリーが好きだなんて知らなかった」


 モナが寝ている姿を眺めていたソフィーがぽそりと呟いた。


「ジューローザが一昨日いきなりラベリーは無いかって言われてビックリしたけど、モナねぇちゃんの好きな食べ物だったんだ。果物はいつも僕達に切り分けてくれるから、好きじゃないと思っていたんだけどな」


 ルードがソフィーの隣で安心しきった顔で寝ているモナを見ながら言った。どうやら、モナはジュウロウザに白水果といわれ差し出されたものが、村でも食べられていたラベリーと同一の物と気がついていなかったようだ。

 それも、自分は食べずに妹とルードに差し出していたものだった。ただ、モナとしては美味しそうに食べている幼い二人の顔を見る事が好きだったため、自分の分も差し出していたに過ぎなかった。


 ソフィーとルードはモナが目覚めて良かったと言って嬉しそうな顔をして部屋を出ていく。 


 そして、この部屋に残っているのは十郎左と秦清だった。


「はぁ。まさか姫があの者を苦手としていたとは思いもよらなんだ」


 秦清がため息混じりの言葉を放った。恐らく自分が近くにいながら助けに入らなかった事を悔やんでいるのだろう。


「いや、モナ殿の拒否反応は異常だと言っていいだろう。姿が似ているフェリオ殿も遠ざけているフシがある」


 十郎左はモナがリアンに対する反応は異常だと言った。確かにモナのリアンに対する反応は普通を逸脱していると言っていいだろう。


「しかし、モナ殿を何処に連れて行こうというのだ」


 十郎左は部屋の扉の向こうを厳しい顔で睨みつけるのだった。


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