第42話 不甲斐ない姉でごめん

 私が目を覚ましたのは村に帰ってきた2日後だった。

 え?日が飛びすぎているんだけど?普通は翌日に目が覚めない?その間は私はひたすら眠って居るだけだったらしい。ばぁちゃんが疲れているだけだろうから、ゆっくり休ませておけば、そのうち起きると言っていたらしい。流石、ばぁちゃんだ!


 それで、今の私は母さんと父さんの前に座らされて、ダイニングで事情聴取をされております。隣には勿論ジュウロウザがいます。そして、背後にはシンセイが立っております。

 座るように進めても、『吾はココで良い』と言って私の背後に立っている。なんか、背後に立たれると気になるんだけど。


「それでね。モナちゃん。いっぱい聞きたいことがあるけど、まずはリリーちゃんの事を教えてもらえる?」


 母さんがそう切り出してきた。リリーの事か。あれから大騒ぎだったらしい。


 私が気を失って帰ったあと、キールがリリーの様子を見に行ったら、リリーが起き上がって窓の外を見ていたらしい。そして、私に何があったのかと問い詰めて来たそうだ。

 それは病み上がりとは思えないほどの迫力があったとキールが母さんに言ったそうだ。


 キールは病み上がりのリリーに迫られて、私の様子を見に来たらしいが、肝心の私が眠っているので、すごすごと帰っていったキールの背中は喜びで溢れていたと母さんは言っていた。その間もリリーが回復したと村中でお祭り騒ぎのようになっていたらしい。

 リリーの奇跡的な回復。母さんはそれを聞いてきているのだ。


「治癒スキルをもらったから使ってみた。で、その結果、私も倒れた以上!」


「モナちゃん説明がなさすぎるわ。やり直しよ」


 母さんからダメ出しをされてしまった。隣のジュウロウザは笑っているのか肩が揺れている。


「えーっと。冬の女神の神殿に行って、お祈りをしたら治癒スキルをもらったの。それをリリーに使ったら私のスタミナゲージがすごい勢いで減っていって、気分が悪くなって倒れた。以上!」


 私の言葉に母さんと父さんが顔を見合わせる。どうしたのだろう?


「モナちゃん。冬の女神の神殿ってなに?」


「シュエーレン連峰の中腹あたりにある冬の女神を祀った神殿」


 私の言葉に若干顔色を悪くさせながら、母さんが次の質問をしてきた。


「そ、そうなのね。それで、その···シンセイとおっしゃるご老人はどこで出会って守護者になったの?」


「シンセイさんは元々夏国の先王の守護者だったらしくて、今の夏王に言われて人探しをしていたところに会って、シンセイさんの取られた武器がダンジョンの中にあるのがわかっていたから、それを取りに行ったら守護者になった」


 私が話している途中から両親の顔色がだんだん青くなってきた。どうしたのだろう?


「も、モナちゃん!先の夏王ってあの領土を倍以上に拡張したあの夏王?」


「そうだけど?」


「その守護者ってあのリューゲン龍玄!?」


 リューゲンって誰?私はシンセイの話をしているのだけど?

 私が首を傾げていると、シンセイの声が背後から聞こえた。


「姫、龍玄は吾のあざなである」


 ああ、リュウゲンというあざなね。シンセイって有名人なんだ。


「そ、そうなのね」


 母さんは顔色が悪いまま立ち上がって、隣にいる父さんに向かって言った。


「わ、私じゃ手に負えないから、相談してくるわ!」


 そう言ってダイニングから続く玄関扉を開けて家を出て行った。どこに相談に行くのだろう。父さんも同じことを思ったのか首を傾げている。


「お話し終わった?」


 ソフィーが薬を作っている作業部屋からぴょこリと顔を見せた。母さんが出ていったことで、終わったと思ったのだろう。


「母さんは相談に外に行ったけど、どうかしたの?」


「えっとね」


 ソフィーはタッタッタと私のところに来てニコリと笑って言った。


「おねぇちゃん、おかえりなさい」


 おお!そう言えば帰ってきた時は寝ていたし、今日、昼過ぎに目覚めて軽く食事を取ったあと直ぐに、母さんから事情聴取を受けることになったのだ。だから、ソフィーと言葉を交わすのは帰ってきて初めてとなる。

 だから、私はソフィーの頭を撫でながら言う。


「ただいま。ソフィーが作った傷薬のおかげでとても助かったよ。ありがとう」


 アレーネさんの傷を治すのにとても助かった。そう言うとソフィーは嬉しそうに笑った。うんうん。ソフィーの笑顔が一番だ。


 ジュウロウザから聞いたけど、帰ってきてから目覚めない私をすごく心配していたらしい。不甲斐ない姉でごめんね。


「あのね、おねぇちゃん。あまり無理をしないでね。ばぁちゃんも母さんも父さんもすごく心配してたんだからね」


「うん。ごめんね」


「おねぇちゃん。すぐに謝るよね!そうじゃなくて!」


 そうじゃない?ここは不甲斐なくて悪かったって謝るところだよね。


「ばぁちゃんがいつも言っているよね。頑張らない。行動するときは近くの人に言う。疲れたら休む!ばぁちゃんとの約束忘れちゃってるでしょ」


 あ、うん。言われた言葉もばぁちゃんとの約束も覚えているけど、覚えているけど····約束は守るためにあるのもわかっているけど···私しか知らないことや、できる事があるならそこは頑張らないといけないと思うよ。

 ばぁちゃんに何回も怒られたけどね。


「別に忘れてないよ。でもねソフィー。人の命が掛かっているなら、頑張らないといけないと思うんだ。心配してくれてありがとうね。ソフィー」


 ソフィーにそう言うとソフィーは頬を膨らまして、不満を表している。でもこればかりは何回言われようが変わらないと思うよ。

 そんなソフィーに父さんが声をかける。


「ソフィーがモナの心配しているのはわかるが、モナのおかげで病が治ったのは事実だ。そこはモナにありがとうと言うべきだろ?」


「むー」


 父さんの言葉にソフィーは納得をしていないようだ。納得ができないソフィーが口を開こうとしたとき、玄関の扉がバンッと開いた。


「モナちゃん!お母さんに任せておきなさい!」


 ん?何の話?

 いきなり入ってきた母さんがそんな事を言っているけど、母さんが相談に行く経緯も理解できなかったのに、どこをどうしたら母さんに任せるという流れの話しになったのか私にはさっぱり理解できなかった。





 季節は流れ、夏の日差しがサンサンと降り注ぐ季節になった。飛びすぎだって?まぁ、色々あった。

 あの後、元気になったリリーに突撃されたり、エクスさんがシンスイって何!と、突撃されたり、フェリオさんにも····いや、近づかないでください。

 そんなふうに徐々に日常を取り戻していった。


 今、私は自分の畑で夏野菜の収穫をしている。瑞々しいトマト。青々としたピーマン。緑の皮を剥けば黄r····虫に食べられたトウモロコシ····今年もか!

 野菜の名前は私が勝手に呼んでいるだけなので、本当の名は別にある。


 そんな食べ頃の野菜を収穫していっている。麦わら帽子のツバから差し込む日差しに目を細めた。本当に2ヶ月前のことが嘘のように穏やかな日々だ。

 しかし、後ろにいる巨体が嘘でなかったという事を示している。後ろの巨体。

 父さんが日傘を持って立っているのだ。ウザい、鬱陶しい、圧迫感あり過ぎと文句を言っても私が畑に出ていると日傘を差して背後に立っているのだ。


「父さん、暇ならどこか依頼でも受けに行ったらどう?」


「これが父さんの仕事だ」


 いや、これは仕事でもなんでもないし。


「それに手伝いに行っても邪魔って言われるから仕方がないよな」


 手伝い。それは私が依頼をしていた水路と水車の作業のことだ。厳つい体をしている父さんは溝と言っていい水路を掘る作業に適さず、細かい作業になる水車作りも適していなかった。

 今は手が空いている村人で手分けして水路と水車を作ってもらっている。


「それに冒険者稼業は少しお休みだ」


 冒険者としての活動を休止する。これは1月前に村で決められたことだ。なんでも隣国イルマレーラが消滅したらしい。父さんたちが受けるはずだった依頼を出した国だ。あの遺跡ダンジョン都市『ルルド』の調査依頼。


 どうやら、別の冒険者に頼んだらしい。そして、ゲームと同様に廃墟都市になってしまったようだ。


「モナ殿。村長殿が呼んでいるのだが」


 農作業をしていたジュウロウザが戻ってきた。水田の草抜きを農作業の重鎮グランじぃに頼まれ、手伝いに行っていた。


「村長が?」


 一体何の用だろうと首を傾げてしまう。取り敢えず村長のところに行けばいいか。

 収穫した野菜が入った籠を後ろで突っ立っている父さんに渡す。すると、日傘を渡された。差して行けと。


「キトウさん、お疲れさまです。汚れを落としたら、キッチンに昼食を用意しているので食べてくださいね」


「かたじけない」


 そう言ってジュウロウザは真新しい家に入って行った。真新しい家。そう、母さんが任せておきなさいと言ったのは家の新築の事だった。私には意味がさっぱりわからなかったが、守護者とは共に暮らさなければならないという、風習があるらしい。今でも私は理解できないでいる。


 今まで住んでいた家はばぁちゃんとソフィーの作業場に改装され、その横には今までの倍程の大きさの真新しい家が建っている。そこに私達家族とジュウロウザとシンセイが共に暮らしているのだ。



 私は村長が恐らくいる南の水路を作っているところに向かっていく。家々が建ち並んでいるところを過ぎると、少し拓けた空間がある。そこではシンセイが子どもたちに棒術を教えていた。5歳から15歳ぐらいまでの男の子と女の子10人程が一列に並んで棒を振っているのが見える。

 シンセイは直ぐに村の人たちに受け入れられたっというか、腕に自信がある人たちがこぞってシンセイに手合わせを申し込んでいた。


 うん、みんな大きな声で掛け声を出して、元気いっぱいでいいね。その中に混じっていたルードが私に気がついて手を振ってくれた。

 私に手を振らなくていいから、前を向きなさい。


 さて、あまり村長さんを待たせるといけないよね。そう思い、訓練をしている子どもたちから目を離し、行き先の方に視線を向けると、キラキラが視界をかすめ、日傘が風に飛ばされ、私の手から離れていった。そして、ガシリと捕獲されたような圧迫感。


「モナ、ごめんね」


 ワタシ、シヌカモ。


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