第41話 リリー

 何が最恐だ!私の何処が恐ろしいと!ムッキー!!


「モナ殿?どうかしたのか?」


「武神!ムカつく!!」


「できればわかる言葉で言って欲しいのだが」


 また、私は話す言葉を間違えていたのか!いや、この際いい!


『武神!!この私のどこが最恐なんだ!!この弱々ステータスの私のどこが!!出て来て説明しろー!!はぁはぁ』


 少しスッキリした。だけど、相変わらず大声を出すと体力が削られるのは変わらない。HPが10も減ってしまった。

 息を整えて困惑している二人に視線を向ける。


「キトウさん。シンセイさん。戻りましょうか」


 そう言ったあと私は踵を返して、部屋の隅に向う。確かこの辺りの壁だったような?


「姫はどうされたのだ?」

「時々、わからない言葉を無意識に話す事があるが、今のはわざとだな」


 という二人の言葉を背中で聞きながら、壁に埋め込まれたギミックを見つけた。微妙に触感が違う壁素材があり、それを奥に押す。

 すると壁が横にスライドし、ポッカリと闇が口を開けた。


「ここからは出口まで一本道です。さっさとダンジョンからでましょう」


 武神!覚えておけよ!いつか会うときがあれば、絶対に文句を言い続けてやるんだから!でも、手は決して出さないよ!!




 そして、無事にダンジョンを脱出し、村に戻った私は日常を取り戻したのだった。めでたし、めでたし·····。



 んな訳はなかった。一番の問題はそれは守護者という者だった。


「モナちゃん。そのおじいさんはどなた?」


 なぜか、村の入口で待ち構えていた普段着を着ていた母さんから一番に出た言葉だった。その隣にはいつも背負っている大盾を持っていない父さんが立っている。


「守護者その2」


 私は端的に答える。私とジュウロウザはベルーイに乗っているが、シンセイは戟を担いで徒歩で村まで付いてきたのだ。せめて騎獣をと言ったものの、己の足があるからいいと老兵は言い、ベルーイと並走してエトマから村まできたのだ。並走と言ってもベルーイが早く走ると私が保たないので、早足という速度ではあった。


 私が、守護者その2と説明した途端、母さんはシンセイに駆け寄って、証拠を見せるように問い詰めていた。そして、シンセイの右腕の聖痕を見て、これは大変と言わんばかりに村の中に帰って行った。残された私とジュウロウザとシンセイと父さんは何が大変なのだろうと、母さんの背中を見送っていた。


「父さん、それで村の状況はどうなったの?」


「ん?ああ、ほとんどの人は回復しているが、一番近くで、なんだっけハク···はく?」


「白月香?」


「そうそう、その白月香を吸ったリリー以外は皆、回復して日常を取り戻している。モナが頑張ってくれたおかげだ」


 リリーが!確かに祝い事だと言うことで白月香を焚いたと聞いたけど、まさか一番近くにリリーがいたなんて!

 一体あれから何日経ってしまった?私が5日も寝込んでしまったばかりに


「キトウさん。ベルーイを村の中に進めて下さい。リリーのところに行きます」


「モナ。20日以上経ってしまったのだ。もう、回復する見込みはないとサリも言っている」


 ばぁちゃんがそう言うのもわかる。1ヶ月でミイラのように干からびてしまう病気だ。もう、回復出来る状態ではないのだろう。だけど私には治せるはずだ。


「大丈夫。リリーは治すから。結婚式には出るって言ったもの」


 そう、約束をしたのだ。約束は守らなければならない。


「モナ殿。場所がわからないので案内を頼む」


 ジュウロウザがそう言うとベルーイが進んでくれた。シンセイも付いて来ており、何故か父さんも付いて来ていた。そして、父さんからため息が漏れ聞こえてきた。


「モナ。行っても会えないかもしれないぞ」


「会って治すから」


「だからな「父さん!」」


 私は父さんの否定的な言葉を遮る。


「誰しも幸せになる権利はあると思うの。だから、リリーは幸せにならないといけないの!」


 そう、私の天使は幸せにならなければならないのだ。私がそう強く言うと盛大なため息が父さんから漏れた。


「それで、その者は何の病を患っておるのですかな?」


 私と父とのやり取りを黙って聞いていたシンセイから疑問が投げかけられた。何も知らないシンセイからすれば、何を言い合っているのかと思うのだろう。


「ご老人、夏燥熱ですよ」


 父さんがシンセイの疑問に答えてくれた。その病名を聞いたシンセイは『これはこれは』と頷く。


「姫、これはちと難しいのではなかろうか?」


「大丈夫です」


「姫がそう言うのであれば、吾は言う事はなし」


 うーん?シンセイの私が言うのであれば信じるというのは嬉しいけれど、そこまで信用してもらっていいのだろうか。


 その後は誰も何も話さないまま、リリーの家の前にたどり着いた。そこはまるでお通やと言わんばかりにすすり泣く声が家の中から響いていた。

 私はジュウロウザにベルーイから降ろしてもらって、家の玄関扉をノックした。



「どなた?」


 リリーの姉であるアレーネさんの声が扉の向こうから聞こえてきたが、酷い声である。ずっと泣いていたのだろうか。


「モナです。リリーに会いにきました」


「も、モナちゃん!戻って来たの?熱は大丈夫?」


 アレーネさんは勢いよく扉を開けて私の額に手を当ててきた。


「大丈夫です。リリーに会わせてもらえませんか?」


「モナちゃん。ごめんなさいね。リリーはまだ病が治ってないから会わせられないの」


 やはり、会わせてもらえないのか。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。


「アレーネさん。リリーの病は治りますよ。だから会わせてください。お願いします」


「でも、ね。その、ね」


 アレーネさんの目が泳ぎ始めた。迷っているのだろう。これはもうひと押しか?


「モナ。入って来てリリー会ってくれ」


 私がゴリ押しのお願いをする前に奥の方から声が掛けられた。アレーネさんの後ろから現れたのはキールだった。リリーと結婚すると浮かれに浮かれていたキールだ。しかし、その顔つきは以前と全く違っている。銀色の髪はボサボサで、深い緑色の目は人を射殺さんばかりに目つきが悪くなっている。


「キール!」


 アレーネさんは私をリリーに会わせたくないのだろう。そんなアレーネさんにキールは首を横に振る。


モナ・・が会いたいと言っているんだ」


 キールがそう言うとアレーネさんは私に道を譲ってくれた。そして、私はキールの後ろを付いて行く。


「なぁ。モナ」


「何?」


「リアンを殺してきていいか?」


 人を射殺さんばかりの目で人殺し発言をしないでほしい。それにリアンは魔王討伐の使命があるから、簡単に殺さないでほしい。


「リアンが魔王を討伐した後だったらいいんじゃない?」


「それは俺が殺されないか?」


 まぁ、勇者として魔王を討伐した後のリアンはそれはそれは強くなっているだろうね。


「暗殺一択で」


「プッ。流石モナだな。はははh····。なぁ、なんでリリーだったんだ?なんでリリーじゃなければならなかったんだ?」


 そう言って、キールはリリーの部屋の前で立ち止まった。きっとキールはこの20日間ずっと思っていたのだろう。だから、私は笑ってキールに言ってあげる。


「キール。私達の天使は幸せにならないといけないの!キールはリリーを幸せにするって約束したでしょ!約束は守らないとね。あ、部屋にはリリーと二人きりにしてね。女の子同士の内緒話があるから」


「モナ。お前····いや、ありがとう」


 キールのその言葉を背に私はリリーの部屋に入って行った。


 ひんやりと冷えた部屋の中に入っていく。初夏とは思えないほど部屋が冷えている。

 そこにはヒューヒューと呼吸する音だけが部屋に響いていた。

 窓際のベッドの上にはやせ細り、目がくぼみ落ち、くちびるがカサカサに乾いたリリーが横たわっていた。


 ベッドの脇には雪華藤が水に付けられ冷気を放っている。これは冬の女神ティスカの神気が混じっていると言われている。言わばこの冷気が満たされた部屋は簡易的に神域を作り出していると。

 全てのモノに冬の女神ティスカの神域が温かな春を待つ穏やかな眠りに誘うとされている。病の原因である高熱を生み出す細菌も活動を止め朽ちていくと。そう、朽ちていく。

 弱いモノにはこの神域はキツすぎるのだ。だから、長居はできない。


 ベッドの側にあった椅子に座り、骨と皮だけになったリリーの手を握る。本当に折れてしまいそうなほど、細い。


「どうかこの者に治癒の奇跡を施しください」


 女神から戴いた治癒のスキルだ。別に文言なんて必要ないだろうが、女神ティスカに祈るぐらい、いいだろう。


 するとどうだろう。リリー呼吸が安定し、心なしかふっくらしてきたような気がする。ただ、私の気分が徐々に悪くなってきた。やはり、いつも使っている真眼と違って、治癒のスキルは私の何かを減らしているのだろう。ステータスを開くとスタミナが凄い勢いで減っていた。このままだと流石に倒れてしまうというところでリリーから手を離した。


 リリーの状態を確認してみると、呼吸は安定し、スースーと寝息が聞こえてくる。顔色も頬に赤みが差し、少しほっそりとしているが、先程の病的までに痩せこけた姿ではなかった。

 リリーはこれで大丈夫だろう。


 私は椅子から立ち上がる。···が、頭がクラクラする。やばいな。でも人様の家で倒れるわけにはいかない。気合で立ち上がり、扉を開け、部屋の外に出る。


「モナ。やっぱりリリーの姿を見て····」


 キールの落ち込んだ声が聞こえてきた。どうやら、私の気分の悪さをリリーの痩せこけた姿を見たからだと思っているようだ。


「キール。リリーは大丈夫だから、えっと。私をおんぶで玄関まで運んでくれる?」


「了解」


 そう言ってキールは背を向けて屈んでくれた。はぁ、本当にクラクラする。治癒のスキルは多用できないな。


「モナ殿!」


 キールに運ばれて玄関から出てきた私を見て、ジュウロウザが駆け寄ってきた。ジュウロウザはキールに背負われていた私を抱えて、顔色を伺っている。


「モナちゃん、だから会わせたくなかったのに」


 アレーネさんの声が聞こえるが顔を上げる元気すらない。


「モナどうしたんだ?」


 父さんの声も聞こえる。


「家で休みたい」


 それだけ。ただ、今の希望はそれだけ。気分悪過ぎ、頭がクラクラする。横になって休みたい。ただ····それ··だけ···。


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