第40話 吾が魂

 翌朝、日が昇らないダンジョンの中で目覚めた私は準備をし、テントの外に出たところで呆然と部屋の隅をみてしまった。

 い、いもむし?!

 いや、ローブでぐるぐるにされた人と思われる物体が4つ、光るサークルから遠く離れた部屋の隅に転がっていた。それが、気持ち悪く、うごうごと動いている。


「シンセイさん。あれはなんですか?」


「姫。侵入者でありますぞ」


 侵入者って、ダンジョンは誰の物でもないし!


「将が縄を持ってまいりましてな、騒がしいとあの様にしたのでありますぞ」


 昨日、あれから騒ぎが酷くなり金属の甲高い音が混じって来たところで、ジュウロウザに様子を見に行ってもらったのだ。それから、直ぐに二人が戻って来たので、無事に何事もなく問題が解決したのかと思ったけど、強制的に黙らせただけだった。


 テントの中にいる間は聞こえなかったけど、ものすごく腹の虫が鳴いている。それは一晩放置されれば、お腹も空くだろう。


 私は石の床に置いている鞄から、干しぶどうを練り込んだパンを4つ出し、油紙の上に乗せて、その4つのいもむしに近づいて行こうとすると、シンセイに取り上げられてしまった。

 さっき朝ごはん山程食べていたのに、まだ食べる気か!


「姫は優しいのぅ。あのような者たちに施しをしようとは」


 そう言って、シンセイは4つのいもむしの所に向かって行った。


「モナ殿」


 上から呆れたような声が降ってきた。


「なにか?テントが片付いたのなら行きましょうか?」


 ジュウロウザがテントを鞄の中にしまってくれたので、その鞄を私に差し出していた。鞄を受け取り、その上から外套を羽織る。すると、ジュウロウザがフードを深く被らせてきた。


「モナ殿。約束は覚えているのか?」


 そこまで馬鹿じゃないから、覚えているよ。人前ではフードを被る。人に話しかけない····お、覚えているよ。

 私はジュウロウザから視線を外す。


 いや、ちょっとあれは酷いかなって思うじゃないか。一晩、芋虫は辛いよ。


「はぁ」


 ジュウロウザのため息が聞こえたあと、体が浮いた。はい、今日も歩かせてもらえないと。ええ、わかっていますよ。私の体力じゃ階層一つでへばってしまうってことぐらい。

 でも、普通にダンジョンを攻略してみたい!どこかスライムだけ湧き出るダンジョンってないのだろうか。いや、なんだかスライムまみれになっている私の姿が頭に浮かんでしまった。


「モナ殿」


 そう言ってジュウロウザは自分の頬を指す。ジュウロウザぐらいなら、中級のダンジョンなんて楽勝だよね。


「昨日も言いましたが、このダンジョンで守護のスキルは必要ですか?」


「必要だ」


 笑顔で必要と言われてしまった。くっ。本当に必要なのか?そう思いながら、ジュウロウザの頬にくちびるを落とす。


「32階層まで行けばいいのだな」


「そう、32階層に行ってください」


 私が答えると、ジュウロウザが歩き出した。はぁ、今日は罠の中に真っ逆さまかぁ。段々と憂鬱になってきてしまった。



 今日も昨日と同じく順調に進んで行った。魔物との遭遇も殆どなく、遭ってもシンセイの杖の一撃で事が済んだ。やっぱり、あの杖が凄い?




 そして、問題の32階層にたどり着いた。罠は33階層に降りる階段の手前に存在する。普通に攻略をするなら、遠回りをしてその33階層に降りる階段に向かうのだ。

 この32階層は31階層から降りてくると直線的に33階層に降りる階段が見えるのだ。そう、見えてしまうのだ。だから、そのまま突っ走る。で、罠にハマって落ちてしまうのだ。


 31階層から降りてきて一番最初の十字路で立ち止まるように二人に言う。そして、鞄から小さな魔石を取り出し、直線的な通路に投げる。すると、その魔石は通路に落ち、ころころと転がりながら33階層に降りる階段に向かっていくが、突如として暗い空間が口を開けた。どう頑張っても逃げれない距離。落とし穴の中央付近に来て罠が発動するのだ。


「吾の魂が呼んでおる!」


 そう言ってシンセイが罠の中に飛び込んでしまった。待って!そのままじゃ駄目だって!

 声を掛ける暇もなく姿が見えなくなってしまった。


「落ちた先に魔物がうじゃうじゃいるのに」


 真っ暗な穴に向かって私は呟く。そのまま飛び込んでも39階層に落ちてしまうだけなのに、私の話を聞いていなかったのだろうか。


 私はため息を吐きながら、もう一つ魔石を取り出し、それに明り取りの魔術を込め、闇の中に放おり投げる。その光を目で追いかけると、キラリと光るモノが目に映った。


「キトウさん、あそこまで飛べます?」


 目測10メルメートルほど下に落ちたところの対岸側に光るモノがあった。そして、光はそのまま下に落ちていった。


 私はダンジョンの薄暗い光が届かない穴に飛び込むために魔道ランプに明かりを灯す。


「ああ、問題ない」


 そう答えるジュウロウザの声と穴の中から聞こえる奇声と重なった。シンセイは39階層にたどり着いようだ。『吾の魂はどこであるか!』というしわがれた叫び声が亡者の叫び声のように響いてくる。知っていなければ恐ろしい声だ。


 そして、ジュウロウザは私を抱えたまま、穴の中に飛び込んで行った。



 暗い穴の中を落ちていく。私はジュウロウザに掴まり着地の衝撃に耐える為にかまえているが、衝撃がなく落下が止まった。周りをみると、左右上下が壁に囲まれた空間だった。私にはわからなかったけど、魔石の明かりだけで、ジュウロウザは横穴の場所が見えていたようだ。


 ジュウロウザが縦穴の方に振り返ると、暗い縦穴の壁には槍のようなものが突き刺さっていた。ジュウロウザはそれを手を伸ばして引っこ抜く。


 長い柄の先には鉾と片刃の刃が付いたげきと呼ばれる武器だった。その姿はゲームで見たものと寸分違わぬ姿だった。


「あとはこのまま落ちて裏ルートで戻るのだったな」


「そう、それでいいです」


 裏ルート。一方通行の帰り専用のルートだけど、魔物が格段に強くなる。ジュウロウザとシンセイなら、問題ない強さだ。問題は私だけ。だけど、この戻り方が一番早い。

 私は神殿の泉の水を片手に持っているから構わず、駆け抜けるように言ってある。

 なぜなら、もう一日ダンジョンにいるなんて私の精神が耐えられないからだ。暗いし、変な匂いがするし、魔物がいつ飛び出てくるかビクビクしながら過ごすのは、これ以上無理だ。


 私の確認を取ったジュウロウザは再び暗闇の中に身を投じた。亡者の叫び声のような『吾の魂!!!!』という声が響いている闇の中にだ。




 39階層にたどり着いたときも、衝撃もなく着地をした。不思議だと首を捻りつつ、周りを見渡そうと顔をあげると、ジュウロウザの外套の内側に囲われていた。


「あの?キトウさん、何も見えないのですが?」


「モナ殿。少し待ってくれ『砂塵裂破!』」


 刀が抜かれる音と共にジュウロウザが技を振るった。え?いや、待って!なんでここで全てが砂状に崩壊する技を使う必要が?


「おお。これは目汚しを、姫にいらぬ物を見せるところでしたな」


 え?何のこと?シンセイの声が聞こえたってことは無事なんだろうけど。何が目汚し?


 私はジュウロウザから下に降ろされ、やっと自分の足で立つことができた。自分の足で立てるって素晴らしい!

 そして、ジュウロウザからシンセイの武器を差し出された。いや、私の武器じゃないからそれはシンセイに渡して!


「モナ殿からシンセイ殿に」


「???」


 よくわからないけど、ジュウロウザから渡された、げきを受け取って、振り返りシンセイに差し出····あれ?いない。

 視線を下に向けると、杖を地面に置いて跪いてこうべを下げ、片手を拳のように固く握りそれをもう片方で覆うように合わせ掲げているシンセイがいた。


 え?なにこれ?受け取ってくれないのかな?


「シンセイさん。貴方の魂である武器をどうぞ」


 そう言って戟を両手に持って差し出す。重い。腕がぷるぷるする。早く受け取ってくれない?


「吾が魂。吾が命を。吾に生きる意味を与えてくだされた姫に捧げる事を吾が神、武神郭羽に誓おう」


 え?そういう重いものは誓わなくていいから!

 するとシンセイの掲げていた腕から垣間見えていた黒い龍が動いた。いや、形が変化している。色が黒から金に変わっていき、形が花の紋様に変化していった。こ、これは桜!

 私はジュウロウザを振り返る。


 ジュウロウザは満足そうに頷いていた。だから、何がどうなってこんな事になっているんだ!



 私は戟をシンセイに押し付け、二人に向かって言った。


「なんですか!これは!なんで守護者が増えるのですか!」


 己の魂と言っていい武器を取り戻したシンセイはすくっと立ち上がり、満足そうに笑って言った。


「それは吾が魂を姫に捧げると誓ったからでありますぞ」


「シンセイさん!私はただの村娘です!そんな重い誓は必要ありません」


「モナ殿。女神殿がモナ殿には複数の守護者がいるような言い方をしていたし、モナ殿が気にしていたから、守護者だろうと当たりをつけていた」


 複数って何?守護者って複数居ることが普通なの?

 それに私が気にしていたのはそれなりに使えるキャラだったからで···。ん?そもそもエトマが気になったからと言って来たのは私の所為か。

 え?私が?なんだか自分で自分の事がわからなくなってきた。


 頭を抱えて座り込む。これは私がこの現況を起こしたってこと?いやいや、でも、しかし····はぁ、考え込んでもわからない。

 そもそも私には守護者という存在の情報がない。考えてもわからないもの考え続けるのは時間の無駄。それよりも、命の危険のあるダンジョンを出るのが先決だ。



 私が顔を上げると、心配そうな二人の顔が映った。私は再びため息を吐き、立ち上がる。


「はぁ。なんだかよくわからないので、考えるのは後でいいです。さっさとダンジョンを出ましょう。これ以上変な冒険者にからまれるのも、落下するのも、嫌ですから」


 そして、ちらりとシンセイのステータスを視る。



秦 清(シンセイ)


 72歳

 職種:老将


 Lv.74


 HP 166582

 MP 12203


 STR 762251

 VIT 12032

 AGI 9802

 DEX 15002

 INT 90554

 MND 33220

 LUK 12200


 老将って職種になるのだろうか?やはり、ジュウロウザ程とはいかないが、高いステータスだ。


 そして、称号は【聖帝の守護者】が黒く反転しており、【シンキ神姫の守護者】が····?シンキ?ジュウロウザを視る【カミトの守護者】のままだ。え?余計に守護者というものがわからなくなってきた。


 私のステータスを確認する。あ、うん。称号が増えている。


【最恐のシンキ】


 もっと意味がわからなくなってきた。


 コゥラァー!武神ってヤツ出てこいや!この私のどこが最恐なんじゃー!!(巻き舌で失礼しました)



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