第38話 吾が仕えし姫

 はい、私は何故か薄暗く壁に囲まれた道を進んでいます。何故でしょう?それもジュウロウザに抱えられています。


 その前には杖をつきながら歩いているお爺さんがいます。


 私、否定したよ。無理だって。駄目だって。なんでこんな事になっているんだ!!




 あの雨の中、私はシンセイに夏王の最後の言葉を言ったのだ。人には出来ないこともあるという意味を込めて、しかし、シンセイは別な方向に捉えてしまった。


 雨に打たれながら、水が溜まった地面に跪くシンセイ。


「ここにおいでにありましたか姫君。探し申しておりました」


 ん?何のこと?ボケ老人の戯言?


「このシンセイ。陛下の命により血を分けし妹を探してまいれと言われ、各地を巡り探し申しておりました」


 なんか、この話はおかしいな。確かゲームで今の夏王は一族を皆殺しにして王位についたはず、それも前王の一番末の子だったはず。妹なんていやしない。


「その王の妹さんの特徴はなんですか?」


「陛下は会えばわかると」


 駄目だ。これは絶対に駄目な部類だ。ちらりとジュウロウザを伺い見る。これ、絶対にジュウロウザと同じで国を追い出されたパターンだ。


 ゲームではボケ老人のシンセイが国を出ている理由が語られることはなかったが、先の夏王に重宝され、己の武器まで与えられた人物だとすれば、現王にとっては鬱陶しい存在だったのだろう。下手に扱えば、周りの者が黙ってはいない、古参の老人の言葉を無視することは出来ない、そんなところか。


「はぁ。わからない人を探すのは大変でしょうが、私には父も母もいますので、その姫君ではありませんよ」


 すると、シンセイは老人とは思えないぐらい素早く、すくっと立ち上がり、私を見て言った。


「姫君は姫君であります。吾が仕えし姫であります」


 その姿に若かりし頃の黒髪のシンセイの姿が私の目に映った。姿は老いぼれても魂は己が仕えた夏王と共に戟を振るい、戦った頃のままだと言わんばかりに。


「モナ殿。この御仁は俺と同じだったりするのか?」


 私とシンセイとの会話でジュウロウザも気がついてしまったようだ。


「仕える主を失った老将の居場所など限られているでしょうから」


 私はジュウロウザの言葉に肯定も否定もしない。私はシンセイがここにいる経緯を知らないのだから。


 ジュウロウザは何かを考えているのか黙ってしまった。


「お爺さん。私はただの村娘ですよ。村は穏やかな時が流れていて、争い事なんてありません。私に仕える意味なんてありませんよ」


「仕える意味を見出すのは吾にあり」


 えー。困るし。村にシンセイが居ても····いや、みんな嬉々として戦いを挑んでいそう。何故か冒険者をしている皆は向上心が旺盛なのだ。恐らくシンセイも村の結界を普通に通ることができるだろう。仕える新たな王に存在しない人物の捜索を命ぜられたのだ。それはもう戻ってくるなと言われたのと同意義。


「モナ殿。ダンジョンにあの御仁の武器を取りに行かないか?」


「は?キトウさん何を言っているのですか?」


 無理だし。私の駄目具合をジュウロウザは百も承知のはず。


「いや、32階層の突き当りというのなら、あの御仁一人で行けるかもしれないが、モナ殿は罠の中と言った。それは、普通では見つけられないということではないのだろうか」


 はっ!確かに!私も偶然見つけてしまっただけだし、普通なら39階層に真っ逆さまだ。

 ん?ということは、私も罠の中に飛び込まないと行けないわけ?7階層分を落下しろと?いや、あの神殿のフリーフォールもどきと比べれば、まだ、高さが低い方か。しかし、でも、そもそも私がダンジョンに入るということ自体無理がある。


「キトウさん。私、ダンジョンで生きていけませんよ?」


「抱えて行けば問題ない」


「なら、吾が先鋒を勤めよう」


 なに普通にシンセイが話に混じってきているんだ!ジュウロウザ!そこで頷かないで!



 そして、翌日私はジュウロウザに抱えられ、薄暗い道を進んでいる。その前には杖をついた老人がいる。すれ違う冒険者達に奇異な目で見られつつ進んでいる。

 ベルーイは流石にダンジョンの中に入れないので、宿でお留守番だ。


「シンセイさん。そこ右です」


 私は時々行く道を指示している。最初は進む道がわからないと思っていたが、レベリングするために何度もダンジョンに潜っていたので、段々思い出してきていた。


「真ん中に落とし穴があるので、壁側を通ってください」


 前方を行くシンセイは杖をついてはいるものの足取りはしっかりしており、飄々とした感じで進んでいく。本当にこれがあのボケ老人なのだろうか。




「姫、この先で戦っている者がいるようで、ブチのめしてまいろうぞ」


 まいらなくていいです。何か色々ぶち撒けそうなので。


「シンセイさん。冒険者には色々ルールがあるそうなので、関わり合わなくていいと思います」


「姫。吾のことはシンセイと呼び捨てでと申しております」


「私は姫という名ではないですよ」


 このやり取りは何度繰り返したか。


「シンセイ殿。基本的に助けを求められない限り、手を出す必要ない」


「そういうものか、ならそのまま進む事にしようぞ」


 少し進むと私の耳にも金属がぶつかる甲高い音と、人の声が聞こえてきた。薄暗い道を抜けると、広めの空間に出た。そこには4人の人影と獣型の魔物の姿が見えた。

 私にはどういう状況かわからないが、その冒険者達の邪魔にならないように端の方を歩いて進んで行く。その時にジュウロウザは私の外套のフードを深く被らせた。それじゃ、前が見えないのだけど。


 ん?なんだが、走ってくる足音が複数聞こえる。

 そして、その足音が過ぎ去って行き際に『悪く思うなよ』という声が聞こえた。何のことだろうと首を傾げていると、ジュウロウザの舌打ちが聞こえた。


「いやはやなんとも、これは如何なものか」


 シンセイの笑いを噛み殺したような声が聞こえてきた。


「っ『火炎龍破』」


 げ!その技は!

 私は外套のフードを上げてジュウロウザを見上げる。


「キトウさん!こんな限られた空間でt····」


 最後まで私は言葉に出来なかった。私の体にものすごい勢いで移動することで起きる後方への重力がかかり、言葉にできなかったのだ。


 後方で地響きが響く程の爆音が響いた。

 『火炎龍破』ジュウロウザの技の一つで、火炎が龍のように螺旋状に周囲を燃やしながら上昇していく技だ。あんな狭い空間で使おうものなら狭い通路まで炎が蹂躙してしまうことだろう。


 進むスピードが緩くなり、私の呼吸も普通にできるようになったところで、ジュウロウザを睨みつける。


「キトウさん。どういうことですか!あんな狭い空間で使うなんて、自殺行為じゃないですか!」


「モナ殿、あれで良かったんだ」


 良くないよ!


「姫。あれで良いですぞ」


 シンセイまで!


 その後も何事もなく進んでいった。時々遭遇する魔物は大抵シンセイの杖の一撃で事切れるので、ジュウロウザの危険極まりない技を使う必要はなかった。10階層ごとにいる中ボスもシンセイの杖の一撃で仕留められた。

 その杖、何気にすごいんだけど。


 20階層を過ぎると、冒険者に遭遇することもなくなり、25階層で一晩泊まることにした。

 25階層には魔物が出現しない部屋が一箇所あるのだ。ゲームでは回復できる光るサークルがあるのだけど、現実的にはそんなものは存在しなかった。

 やはりゲームはゲームだったということか。


 その何もない30帖程の部屋の隅に拡張機能が施されたテントを張ってもらい、私はさっさと中に入る。今日一日ほとんどジュウロウザに抱えられていたのだ。少しぐらい自分の足で歩くと言っても危ないからと歩かせてもらえず、なんだか異様に疲れてしまった。何故だろう?


 3人分の食事を用意し、食べられる状態にはなったが、ジュウロウザとシンセイが中に入ってこないどうしたのだろう。

 仕方がないのでテントの外に出て、二人を探すと部屋の中央で何かを話していた。


「どうかしましたか?食事が出来たのですが、食べませんか?」


 私が声を掛けると二人は顔を上げ、こちらにやってきた。


「モナ殿。何やら部屋の中央におかしな気配がするので、シンセイ殿と話していたのだが、よくわからないのだ」


「姫。怪しいので、ここではないところで一晩過ごしませぬか?」


 部屋の中央に怪しい気配?うーん?私が知っているのは回復する光るサークルが在るっていうだけで·····ん?最初っからあった?


 私はテント以外何もない部屋を見渡す。ゲームと同じだ。部屋の中央まで行って、本来光るサークルがあった床を見る。


 5芒星が石の床に刻まれていた。そして、5つの小さな窪み。ダンジョン内に散らばっている呪文を集めて唱える?

 何か魔術属性の文言だったなぁ。なんだっけ?

 ああ、思い出した。村で魔術の勉強をしていたとき聞いたことがあるって思ったのは、ゲームで聞いた事があったからだ。


「『最初に生まれたのは火だった』?」


 すると床の窪みが光、赤い石が窪みに顕れた。


「『次に生まれたのは水だった』」


 青い石が顕れ窪みにはまる。


「『火と水が風を起こし』」


 緑の石が窪みにはまる。


「『風が大地を作り出す』」


 緑の石が顕れ


「『そして、世界は光に満ち溢れた』」


 白い石が顕れ全ての窪みに石で埋まった。


「『光がと同時に闇が生まれ世界を調律した』」


 すると、突然部屋に光が満ち溢れ、目が開けられない状態に陥ってしまった。

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