第37話 桜吹雪?

 雪が降る中、カポカポとベルーイが進んでいく。真っ白な世界には轍や騎獣の足跡が街道に沿って続いているぐらいで、魔物の存在など見当たらない。上空は厚い雪雲に覆われているが南の方角は雲が薄く日が差し込んでいることから、もうすぐこの雪ともお別れだ。


 雪が全ての音を飲み込んでいるので、辺りはベルーイの歩く音しか聞こえない。怖いぐらいに静かだ。


「モナ殿」


 降っている雪を眺めていると、ジュウロウザの声が降ってきた。


「なんですか?」


「先程の事だが·····」


 言いにくそうに言葉を止めてしまった。先程のこととはどのことだろうか。


「『闇待月』は何処にあるのだ?」


 ああ、その事?ん?って言うことは


「キトウさんは封じられた神の成れの果てを解き放ちたいと?」


「違う。ただ···そう、ただ興味があっただけだ」


 興味ね。あんなモノに?興味を持つ程のものじゃないのに。きっと、探すように言われた事が頭に残っているのだろう。


「次元の狭間ですよ。神が封印を解かないように隠したのですから、普通にはいけませんよ」


「そうか、行けないのか。でも、行くことはできると」


 諦めきれないのだろう。絶対に手にすることは適わぬと知りながらも、求めてしまうのだろう。

 行けないことはない。リアンと共に行動をすれば、たどり着くことになるだろうから。

 だから、ジュウロウザに私は選択肢を提示する。どうするかはジュウロウザが決めればいい。


「勇者リアンと共に行動すれば、たどり着くことはできますよ。そこには勇者にとって必要な物がありますから、必ずたどり着きます。キトウさん、どうされますか?リアンがこの大陸にいる間に共に行どu···」


 私はその続きの言葉を紡げなかった。ジュウロウザの手によって口を塞がれてしまっていた。

 人が折角たどり着ける方法を教えてあげているというのに、いったい何だ!という意味を込めて、ジュウロウザを仰ぎ見る。


「その続きは言葉にしないでくれ。ただ、知りたかっただけなんだ。モナ殿に捨てられるのは嫌なんだ」


 私はジュウロウザの腕を持って、下におろす。


「私は、キトウさんを拾っていません!それに、国に戻りたいと願うのであれば、リアンと共に行動を共にするのが一番の近道です」


 そう言うと頭を撫ぜられ、そして、ジュウロウザは少し寂しそうに笑った。


「いいんだ」


 その時、粉雪が風に煽られ、辺りに無尽蔵に舞ったその情景は、まるで桜吹雪のようだった。


 一瞬、世界が色づいた。真っ白な世界から淡い桜の色に。過去の記憶の情景と今が重なった。


 ドクンっと胸が波を打つ。

 桜が舞い散る中、私とジュウロウザは存在している。

 まばたきをすると真っ白な世界に戻っていた。今のはいったい何?


 ドキドキする心臓がうるさい。

 これはきっと私の過去への妄執が生んだ目の錯覚だ。私は息を大きく吐き出し、うるさい心臓を落ち着かせたのだった。




 そして、翌日の昼過ぎにはダンジョンの街エトマにたどり着いた。

 服装も雪山装備から、ただの村娘の服装に戻っている。ジュウロウザも見慣れた着物袴姿に戻っていた。


 今日は朝からシトシトと雨が降っている。外套に雨が当たり流れ落ちていくが、こころなしか肌寒い。

 普段は活気のある街だけど、雨が降っているので外を歩く人はまばらだ。

 なぜ、私はこのエトマが気になったのだろう。

 ベルーイが泊まれる宿を門番に聞いたので、今はそこに向かっている途中だ。


 ダンジョンの街だけど、私がダンジョンに潜れるはずもない。そもそも、ここのダンジョンは中級のダンジョンで100階層もある中々攻略しごたえのあるダンジョンだ。私なんて1階層で、プチッとやられてしまうだろう。


『うぉぉぉぉ!』


 いきなり、人の叫び声が耳を圧迫した。大音量の雄叫びだ。


「いやね。また、あのボケ爺さんが叫びだしたわ」


 野菜を売っている店の人の声が聞こえてきた。店の女性の言い方だと、毎日叫び声が響いているかのようだ。


「本当にいつまでこの街にいるつもりかしら?」


 そこで野菜を買っている客の女性も嫌そうに話している。

 ボケ爺さん?


『陛下!蛮族が攻めて来ますぞ!』


 何処から叫んでいるかはわからないが、この辺り一帯に響いているようだ。陛下って何処の陛下だ。こんな所に王なんていやしない。


『吾がげきを持て!』


 あ!思い出した!

 私はジュウロウザを掴んでいた手を離し、声がする方に向かっていく。

 行く先とは別の方向から聞こえてくる。道の先にある開けた広場のような場所に一人の人物が立っていた。 


 天から降る雨の中、濡れることも構わず老人の歩行の支えとする杖をまるでそれが己の武器であるかのように振るっている白髪の老人がいた。



 杖を武器代わりに振るっている老人。夏国の衣服である深衣を纏い、奇声を発しながら雨に濡れているボケ老人。

 その正体は夏国で将軍と呼ばれ、夏国を大国と呼ばれるまでに押し上げた夏王に仕えた将軍シンセイ秦清だ。通称”じぃ”と呼んでいた。これもゲーム情報にあった。


 このシンセイはとてもとても重宝した。自ら攻撃はできなかったが、全てカウンターで打ち返せるのだ。それもただの杖で。ただし、魔術の攻撃には反応できなかったのだが。

 そして、有る事無い事を常に話しているのだ。『ばぁさん飯はまだかいのぅ』のセルフが一番多かったな。しかし、その時に食事を渡さないと『虐待じゃ!老人に対する虐待じゃ!』と叫びだすのだ。困った爺さんである。


 私は足を止めず、杖を振り回している老人に近づくが、近づけなかった。後ろから肩を掴まれ、引き止められてしまった。後ろを振り向くと怒った顔のジュウロウザが···あっ、ごめん。


「モナ殿!」


「ごめんなさい。ちょっと、あのお爺さんと話がしたかっただけだから、放してもらえる?」


 しかし、ジュウロウザは放してくれない。


「理由を言えば離す」


「理由?失くし物の場所を教えてあげるため?」


「失くし物?」


 私はシンセイの杖を指差す。そう、ただの杖だ。


「あのお爺さんの大切な武器があるところ」


 そう言うと、ジュウロウザは手を放してくれた。シンセイの武器。先程叫んでいたげきだ。鉾と刀が一体化した槍と言えばいいのか。それがシンセイの武器だ。今は彼の手元にはないシンセイの魂と言っていい武器。


 私は杖を振るっているシンセイに近づき、杖が当たらない距離で足を止めた。


「腹が減っては戦はできませんよ。握り飯を一ついかがですか?」


 私は今日はパンではなくご飯にしようとあまり量がないお米を炊いていたのだ。それを塩で握って、抗菌作用のある葉で包んだ物をシンセイに差し出す。


「おお、かたじけない」


 先程からお腹がグーグーと鳴っているのが気になっていた。

 シンセイは包んでいた葉をむしり取って、二つ入っていたおにぎりを両手に持って口に押し込んでいた。それ、喉に詰まるって!

 おにぎりを食べ終わったところで、シンセイに話す。


「お爺さん。貴方の大切な戟はここのダンジョンの32階層の罠の中にありますよ」


 そう、罠の中。たまたま見つけてしまったのだ。ゲームで、ここのダンジョンの32階層から39階層に落ちる縦穴に落ちてしまったのだ。普通ならそのまま39階層に落ちてしまうのだけど、罠にハマった私はコントローラーを連打し続けていた。そして、偶然に横穴に入ってしまい、その横穴のすぐ脇にキランと光る物が刺さっていたのだ。それが、シンセイの武器の戟だった。

 この情報はネットには上がっていなかったからびっくりしたよ。杖が通常武器だと思っていたシンセイに本当の武器があったなんて。


「な、なんと夏王から下賜された吾が戟の在処を知っているのか!では、参ろうぞ!」


 と言われたところで、足が宙に浮いた。

 は?なぜに、私はシンセイに米俵のように担がれているのか?


「モナ殿を放してもらおうか」


 私は後ろ向きでわからないが、ジュウロウザの声がする。担がれている私は、シンセイの肩が刺さってお腹が痛い。痛い!


「断る!この者は吾が魂の居所を知っておるのだ!」


 お腹が!くっ!何か口から出そうだ。


「お、おじい··さ···に·ぎりめし·もうひとつ···いかが?」


 こちらの言い分を聞かない対処の仕方はリアンで鍛えられている。興味がある別の事に意識を持って行けばいいのだ。


 すると、シンセイは私を肩から降ろし手を差し出して来た。私は葉に包まれたおにぎりを渡して、速攻ジュウロウザのところに·····私が向かう前にジュウロウザに捕獲されてしまった。

 そして、なぜかジュウロウザの外套の内側に入れられてしまった。それだと私の外套で濡れてしまうよジュウロウザ。


 しかし、胃から何かが出てくることは避けされた。こんなところで、モザイクキラキラエフェクトを出すわけにはいかない。



「先程の小娘を出せ」


 おにぎりを食べ終わったのだろう。シンセイの声が聞こえる。


「断る」


 なんか、一瞬乙女ゲーム的ヒロインのセリフが降って来たけど、口には出さないよ。


「キトウさん。少しお爺さんとお話を「駄目だ」はぁ」


 断られてしまった。しかし、シンセイからすれば戟は己の命と同等いや、それ以上なのだ。これはシンセイに戟を手渡すと起こるイベントでわかることなのだが、ジュウロウザにどう説明すべきか。


「キトウさん。もし、キトウさんの刀が誰かに盗まれたらどうですか?いくら探しても見つからないのです。その手がかりがわかったとすれば、藁をも掴む思いではないのでしょうか?」


 するとジュウロウザの私を抱えている力が緩んだ。そして、私はジュウロウザの外套から顔を出し、シンセイを見る。怒っているような悲しんでいるような複雑な表情をしていた。


「お爺さん。私はとても弱いので、ダンジョンには行けないのです。ですから、私がお爺さんにしてあげることは言葉だけなのです。『シンセイよ。共に戦えぬ余にできることは限られておる』そうですよね」


 病に倒れた夏王が最後にシンセイに言った言葉だ。そして、夏王が使っていた武器を渡された。これは余の魂だと。


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