第35話 『サクラ』

 「キトウさん!私に話していないことはなんですか!」


 部屋に戻った私はジュウロウザの前で仁王立ちで尋ねる。


「モナ殿、何の話だ?」


 戸惑いながら私を見るジュウロウザ。


「守護者のことで母さんから聞かれたのですが、アレーネさんに何を確認されたのですか?守護者の件は村に帰るまで誰にも話さないように言いませんでした?」


 守護者の事は私は詳しくは知らないから、村に帰るまで誰にも話さないように言っていたはずだ。


「あ、いや。それは覚えているが、アレーネ殿に指摘されてしまったのだ。聖痕があると」


 聖痕?なにそれ?そう思って首を傾げていると、ジュウロウザは袖口をめくりあげた。そこには


「さくら」


 金色の桜の花びらが腕に浮き出ていた。


「サクラと言うのか?アレーネ殿は見たことのない花だと言っていたが」


 見たことのない花。それはそうだろう。これは過去の世界にあった花だ。


「俺は桜花という名だと思ったのだがな」


 オウカ。それもサクラをさす言い方だ。やはり、和国にはあるのか。見てみたいな。いや、私があの国に入ることは出来ないだろう。


「これが、モナ殿の聖痕だと言われた」


 ん?ジュウロウザの聖痕だよね。私、聖痕なんてないよ。

 しかし、これがあるからアレーネさんにバレて···もしかして、村中にこの事が広まっている?

 私は項垂れる。できれば、一番にばぁちゃんに相談したかった。


「私の聖痕ってどういう事?それはキトウさんの聖痕でしょ?」


「俺はよくわからないが、モナ殿の聖痕と言われただけで、詳しいことは聞いていない」


 ジュウロウザも詳しいことは聞いていないのか。これは村に帰って確認しなければならないのか。


 まぁ、あと2日もすれば村に帰ることができる。明日は来た道を戻れば····いや、このまま南下すればエトマの街があるなぁ。

 エトマ。エトマ?何故か気になる。


「モナ殿どうかしかのか?」


「んー?後2日で村に戻れるなと思ったのだけど、このまま南下すればエトマだと思って」


 来た道は斜めに北上したため、2日ですんだけれど、エトマを通るとすれば、直線的に南に下って、西に戻るから一日余分にかかってしまう。時間の無駄。だけど、気になる。考え込み、手を口元に持っていく。しかし、何が気になるのか、わからない。


 口元に持っていった指をガリと噛む。

 いや、きっと気の所為だ。


「モナ殿。指が傷ついてしまう」


 そう言って、噛んでいた指を腕を掴まれ離された。そして、頭を撫ぜられ


「エトマに行きたいのなら行こうか?薬草は届けてもらったのだから、急いで村に戻ることもないだろう?」


 と言われた。そうか、寄り道をしてもどってもいいのかもしれない。

 あれ?私、腕を掴まれても平気だ。


十郎左 side


 モナ殿はこの花の名を知っていた。


『サクラ』


 と言った。聖痕に顕れた花の名は桜花ではない名だった。


 先程、食事の間にもテオ殿とフェリオ殿にもこの聖痕を確認された。



「わぁ。モナちゃんの聖痕は綺麗だね。他にも守護者の知り合いがいるけど、モナちゃんの聖痕は一番綺麗だね」


「守護者とその対象者という人は他にもいるのですか?」


「いるよ。あまり関わりたくないけどね」


「ああ、あいつは好きじゃないなぁ。その聖人セイトも」


 セイト?神人カミトではない?


「まぁ、普通は関わりは持たないから大丈夫」


「しかし、モナの守護者がジューローザとは。いや、悪い意味じゃないぞ。てっきり····はぁ。モナのリアン嫌いも相当だな」


 テオ殿がため息はいた。近くに座っているモナ殿がリアン殿がいないかと確認している。それを聞いたテオ殿のため息だった。


「リアンも困った子だよね。あ、お願いがあるんだけど、その聖痕はリアンに会っても見せないでもらえるかな?リアンはモナちゃんの守護者になることが夢だったからね。勇者を辞めて守護者になりたいって言い出しそうだからね」


 フェリオ殿は苦笑いをして言った。俺が守護者になって良かったのだろうか。




 部屋に戻ると、モナ殿が守護者のことを聞いてきた。だから、聖痕を見られた事を説明するために、金色の花の聖痕を見せれば、直ぐにモナ殿は花の名を答えた。


『サクラ』


 と。

 やはり音的に和国の言葉のように聞こえてしまう。


 しかし、突然モナ殿が黙り込んでしまった。それも、なんだか複雑そうな顔をしている。

 理由を尋ねれば、帰路の話をしだした。昨日は来た道を戻ると言っていたのに、王都に行くときに通ったエトマの街の名が出てきた。

 時々モナ殿はこういう時がある。恐らく、エトマの街が気になるが、村に戻ることを優先したいと思っているのだろう。


 確かフェリオ殿が、村の事は皆が戻って来ており、病に臥せっていた者も回復しているから、モナ殿の体調を見ながらゆっくり戻って来るといいと言っていた。

 なら、寄り道ぐらいしても構わないだろう。



 そのモナ殿は俺の腕の中で寝ている。二日前に言われてしまった。流石にゼロ7個は許容範囲外だと。


 だが、寝言で俺を別人に間違えるのはやめて欲しい。イライラする。



モナ Side


「は?」


 ジュウロウザから言われた言葉に耳を疑ってしまった。そして、頭を抱える。私は寝言で何を言っているんだ。


 窓の外は曇天に空は覆われ、白い雪が深々と降ってきて、白い世界を作り上げているが、部屋の中は煌々と明るく、温もりを満たしている。しかし、私の心の中は木枯らしが吹いていた。


「キトウさん、すみませんでした」


 そう言って私は頭を下げる。

 部屋で朝食を取って、お茶を飲みながら鉱山都市ヒュルケまで進むか、その先のトワレの町まで行くか決めている時だった。




「モナ殿。寝言で俺をキョウヤと呼ばないでもらいたいのだが」


 と言われてしまった。


 キョウヤ。

 確かに心残りではあった。でも、今の私には関係のないことと心の奥にしまい込んだはずだった。それが漏れ出ていたなんて。


 そして、私が言った言葉をジュウロウザは口にしたのだ。


「『キョウヤノバカ。シネ。ワタシヨリ、シゴトヲトルナンテ。ユルセナイ。コンドアッタラブンナグッテヤル。アノトキ、イッパツナグッテオクンダッタ。』といわれたんだが?」


 ·····その言葉は覚えがある。確かに私が言った言葉だろう。よく覚えていたなジュウロウザ。




「それ、全て恨み言です」


「恨み言?」


 それはそうだろう。学生時代から付き合っていて、社会人になってもその関係が変わらず続いていて、30歳手前で別れようと言われたのだ。それは、文句の一つや二つや百個ぐらい出てくるだろう。


「はぁ、恨み言よ。私より仕事を取った彼に対する恨み言。まぁ、仕事が大切なのは理解していたから、誰かに言うことはなかったけど、一人でいる時は愚痴ぐらい出てくわよ」


 よく、一人でゲームをしながら当たり散らしたものだった。


 そんな過去の事を思い出していると、両頬を触られ、下を向いていた顔を上に向かされた。


 いったい何?私の目には不安そうな顔をしたジュウロウザが映る。


「なんですか?」


 そんなジュウロウザに怪訝な目を向ける。すると、ジュウロウザはホッとため息をはいた。


「いや、なんでもない」


 そう言って、私の頬から手を離して、頭を撫ぜられた。本当に意味がわからない。


「モナ殿そろそろ街を出ようか」


 朝から不機嫌だったジュウロウザの機嫌は何故か元に戻って、立ち上がって出発の準備を始めていた。私の頭の中はハテナでいっぱいだ。

 ジュウロウザが機嫌が治った理由がわからない。てっきり、私の罵声の寝言がうるさいとの文句だと思ったのだけど、そうじゃないってこと?


 私も立ち上がって、拡張収納の鞄を手に取り、近くに置いていた氷竜の卵を鞄の中にしまう。人目があるところでは、こんなに大きな卵は目立つので、しまうことにしているのだ。

 鞄を肩に掛け、その上から外套を羽織る。


「結局、今日は何処まで行きますか?」


「ヒュルケは空気が悪いと聞くから、トワレまで行こうか。モナ殿」


 そう言って、ジュウロウザは自分の頬を指差す。


「キトウさん。雪山を降りたので、守護のスキルはもういいのでは?キトウさんのステータスでは過剰防衛になると思うのですけど?」


「じゃ、俺のLUKを上げる方でもいいのだが?」


 は?LUKを上げる?LUK 1より上がることはないのに?いや、あの方法でってこと?ないわー。それはないわー。


「はぁ。キトウさん、屈んでください」


 私はジュウロウザの頬に口づけをする。今日は街道沿いに進むだけなので、守護のスキルを発動させるなんて、絶対にこれは過剰防衛だと思う。




 そして、宿を出ようとロビーに行くと、母さんと父さんとフェリオさんが、待っていた。私は直ぐにジュウロウザを盾にする。


「モナちゃん、おはよう。顔色は良いわね。でも、外は雪が降っているからコレを持っていきなさい」


 そう言って近づいてはきた母さんはジュウロウザ越しに手のひらサイズの平らな四角いカード入れの様な物を渡してきた。受け取ってみると温かい。これはカイロかな?


「それからお小遣い。どこかでお土産でも買って帰るといいわ」


 母さんはパンパンに膨れた革袋を差し出してきた。


「前の分も使い切っていないけど?」


 そうなのだ。泊まる宿代も食事代もジュウロウザが出してくれているので、以前母さんからもらったお金はほとんど減っていない。


「あら?いいのよ。お小遣いだもの。モナちゃんの好きなように使えばいいのよ」


 あ、うん。そうなんだけど、もらい過ぎよね。

 なんだか駄目なような気がしつつもオズオズと差し出した手に革袋を置かれた。


「母さんたちはイルマレーラ国の指名依頼を受けたから、またこの国を離れることになったけど、困ったことがあったら、ばぁちゃんとキトーさんを頼るのよ」


「わかった」


 そうか、母さんたちはイルマレーラ国に行くのか····ん?ゲームで聞いたことのない名前。


「イルマレーラ国には何を頼まれたの?」


 なんだか不安が過ぎった。



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