第32話 黙らせてこよう
十郎左 side
先程から、外が騒がしい。
泉の水を溶かして、モナ殿に飲ませて、安心したのもつかの間、モナ殿は高熱に魘されている。やはり、無理をさせてしまっていたのだろう。安静に休ませなければならないのに、外が騒がし過ぎる。
暖炉の側から少し離れるため、骸炭を焚べてから立ち上がる。顔が赤く、息が荒いモナ殿の側を離れるのは心配だが、仕方がない。ついでに外から氷を少々取ってこよう。
刀を抜き、テントから外にでる。数人の人がベルーイに向かって攻撃をしていた。
騒がしい原因はこいつらか!
柄をギリリと握り、上段から思いっきり振り下ろす。衝撃波が走り、ベルーイと騒がしい者たちと分断する。
「騒がしいぞ。貴様ら」
こいつらはなんだ?カツカツとベルーイがこちらにやってきた。
5人だ。武器を携えた雪山装備の服装から、冒険者のようだ。
「一人か」
「一人だな」
「アレを殺せばこれはオレたちの手柄になるんっじゃないっすか?」
「おお、ドラゴンスレイヤーになれるのか!」
そうか、ただ名声というモノを求めて氷竜を倒しにきた奴らか。
「リーダー!ヤッちまいましょう!」
ああ、さっさと殺ってしまおう。邪魔だ。
刀を鞘に納め、構える。五人の躯など一瞬で出来上がる。
「ま、待て!俺たちはドラゴンの素材を分けてもらいたいだけだ!そ、そうだ。下にあったドラゴンの角を分けて貰えないだろうか」
リーダーと呼ばれた体格の良い人物が、仲間をかばうように前に出てきて言ってきた。ドラゴンの素材?そんなもの好きに持って行けばいい。
「リーダー!こいつ一人に何を」
「バカヤロー!見てわかんないのか!あいつはSランクのジューローザだ!俺たちが束になっても敵わないヤツだ!」
「ジューローザ?あの噂の?」
「いや、ただの噂だろ?ワイバーン5体は流石に誇張し過ぎだよな」
「噂が独り歩きしたって感じッスか?」
「ああ、それなら納得だ!」
喧しい奴らだ。骨まで残らずに燃やし尽くした方がいいか。
「お前ら黙れ!死にたくなかったら黙れ!すまない。依頼でドラゴンの角が必要なんだ。分けてくれないだろうか」
リーダーと呼ばれた男は慌てて仲間を諌め、氷竜の素材を分けてほしいと言う。素材なんていくらでも取っていけばいいが、ここに居られても騒がしいだけか。なら。
「下の氷竜を丸ごとくれてやるから、さっさとここを去れ!」
殺気を乗せてそう言えば、5人は脱兎の如く、背を向けて去って行った。
これで静かになったか。あと、氷を取って戻ろう。
氷竜が作ったと思える氷を砕き、テントの中に持って入ろうとすれば、この山頂に近寄って来ようとする人の気配を感じた。下の氷竜を丸ごとやると言ったのに、何をしに戻ってきたのかと、ベルーイが溶かした氷壁の隙間を睨みつける。
「ヒッ!」
「あ!ジューローザ!お手伝いに来たけど、これは凄いわね」
アネーレ殿が手を振り氷の壁の隙間からこちらにやってきた。その後ろから大きな荷物を背負っているエクス殿はビクビクしながらついてきている。
確か、エクス殿は旅商人と言っていたか。それなら骸炭を持っているだろうか。
「すまないが、骸炭を売ってもらえないだろうか」
アネーレ殿に隠れるように近づいてきたエクス殿に尋ねる。アネーレ殿は『ガイタン?』と首を捻っている。この国では別の言い方なのだろうか。しかし、エクス殿はビクビクしながら
「あるよ」
と言った。
「火化石のことだよね。どうしたのかな?」
やはり、別の呼び名だったのか。
「モナ殿が高熱で動かせないから、ここに留まらなくてはならいのだが、備え付けられていたものでは心もとないと思っていたのだ」
「あ、そういうk「モナちゃんが熱!」」
エクス殿の言葉を遮ってアネーレ殿が詰め寄ってきた。
「大変!サリさんがいないのに、守護者のサリさんを連れてくる?」
サリさん?確か、モナ殿の祖母殿の名だったな。サリ殿が守護者?薬師のサリ殿がモナ殿の守護者というのは頷ける。あの幼児並のステータスなら薬師は必要だろう。
しかし、あの御老体でこの雪山は些か無理があるのではないのだろうか。
「祖母殿がこの山にくるのは難しいだろう」
「そ、そうね」
アネーレ殿は何かを思い出そうと、考えるように唸っている。その横でエクス殿はマイペースに何やらたくさんの物を荷物から出しているが、どうするつもりなのだろう。
「はっ!薬!薬をモナちゃん持っていなかった?熱が出た時は定期的に体力を回復しないといけないってシアさんが言っていたわ!」
薬は確かにモナ殿の荷物には入ってはいた。
「ある。傷薬の説明はされたが、他の薬の説明はされていないので、何を使っていいかわからない。アレーネ殿はわかるか?」
「私達が使っている薬はわかるけど、恐らくモナちゃんはモナちゃん専用の薬のはずだから、わからないわ」
わからないか。しかし、定期的に体力を回復する必要があるのなら、神殿の泉の水がある。後はモナ殿の意識が戻ってから聞くしかないか。
左手で顔を覆う。無力だ。なんて、無力なのだろう。 モナ殿が言っていた『スキルなんて、所詮スキルなのですよ』と。正にそのとおりだ。ため息しかこぼれでない。
「あら?ジューローザ、それって?」
「なんだ?」
アレーネ殿が何かを指し示し、自分の口を覆った。信じられないと言わんばかりに。
「金の花が」
金の花?なんの事だ?示された左腕を見る。
いつもの着物袴姿の動きやすい服に着替えていた袖口から出た腕に痣が出来ていた。いや、痣というか入れ墨?なんだろう。金色の五弁の花びらが舞っていた。
「聖痕が顕れている。信じられない。リアンじゃなくて、なぜ貴方に?」
セイコン?
「これはなんだ?」
「聖痕は姫様の守護者に顕れる痣。モナちゃんはその見たことのない花の痣が印なの」
見たことがない?しかし、この花は····
「ああ、古い神殿で女神ティスカ様から神言を賜った」
「女神!そ、そうなの。神が選んだ守護者···これは村に早急に戻って報告を!あ、その前にモナちゃんの熱が!ああ、どうすればいいの?」
なにやら、アネーレ殿はパニックになってしまったようだ。その横でエクス殿がアネーレ殿の背中を撫ぜながら『深呼吸して落ち着いて』と言っている。そして、俺の方を見て言った。
「この時期の火化石は売れ残りだから、あげるよ。あと、数日分の食料と毛布と毛皮の敷物も付けておくよ。これは、雪華藤と交換でいいよ」
「かたじけない」
しかし、これではただ同然ではないのか。ああ、そういえば、モナ殿が言っていたな。
二人に少しここで待つように言って、テントの中に戻る。入り口に置いていた雪華藤が入っている籠とモナ殿に言われていたモノを手にとり、二人の元に戻る。
すると、アネーレ殿はエクス殿になんでそんなに落ち着いているのかと言っているが、あの村の者ではないのなら、モナ殿個人のことは、そんなに重要視することではないだろう。
「これが雪華藤の入っている籠だ。それとコレはモナ殿から今回の報酬だそうだ」
そう言って、彼らに渡すはずだった魔石を差し出す。
「え?これは·····流石にもらい過ぎじゃないかな?渡したものは余り物ばかりだし」
「これは早急に村に雪華藤を届ける報酬らしい」
受け取りそうないので、そのまま魔石をエクス殿に押し付け、骸炭や食料等を持ち上げる。その魔石は受け取らないと意味を込めて。
「え?でもモナちゃんが!」
アレーネ殿はモナ殿の容態が気になるようだ。
「体力を回復できる神水と言っていい物を神殿からもらってきている。だから、大丈夫だ」
そう言うと、アネーレ殿は安心したようにホッとした顔をして、エクス殿は『シンスイ!どんな物!それって絶対に高く売れる!』と言って、アネーレ殿に頭を叩かれている。
「それなら、安心して村に向かうことができるわ。早急にね。わかったわ。エクス!速く荷物を持って!帰るわよ!」
荷物を背負ったエクス殿の背後に回ったアネーレ殿がふわりと浮いた。その背には鳥の翼のような物が生えていた。
「アネーレ。絶対に離さないでよ。離したら僕死んじゃうからね」
「だったら、さっさとモナちゃんに教えてもらった軽量の魔術を使いなさい!」
「はいー!『アンチグラヴィ』」
エクス殿の荷物の取手を持ったアネーレ殿がそのまま浮き上がる。そして、荷物を背負ったエクス殿も浮く。これは荷物は死守するが、いざとなればエクス殿を捨て去るという形だろうか。
「氷竜がいたらから飛べなかっけど、ジューローザが倒してくれたお陰で飛んで帰れるわ。ありがとう。モナちゃんを頼んだわよ!」
そう言って、アネーレ殿は背を向けて空の彼方に飛んで行った。これで、モナ殿がここまで足を運んだ事が意味を成すだろう。
ありがとう。か。あの村を訪れてから幾度か言われた言葉だ。国では妹以外から聞くことが出来なかった言葉だ。
誰かから感謝の言葉をもらうということは、こんなにも心が温かくなるものなのだな。
テントの中に戻り、ベルーイを騎獣室に連れていき、水を与えてから、モナ殿の様子を伺う。出ていった時とさほど変わらないようだ。
外から取ってきた氷を砕き氷嚢を作り、モナ殿の額に乗せる。
「はぁ」
本当にため息しかでない。本当は昨日モナ殿に治癒のスキルを戴いたのだから、もう雪華藤は必要ないのではないのかと言ったのだ。すると、モナ殿は呆れたように言ったのだ。
「鬼頭さん。私が病気になった人を全て治せると思いますか?」
と。
「そもそもですね。スキルなんてモノは体調が万全であって始めて使い物になるのですよ。私の真眼でも体調が悪い時に見ようと思っても膨大の情報量に頭が痛くなるだけです。治癒のスキルなんて私が思うに5人治せればいいほうだと思っています。それよりも確実に治療できる雪華藤を持って帰った方が役に立ちますよ」
スキルは所詮スキルなのだと。
____________
閑話
「リーダー!なんか天使が飛んでいるッス」
「おお、天使は人食なのか!人が攫われておる」
上空には金色の髪を靡かせ、翼を生やした人形をしたものが、荷物を背負った人を連れて飛んでいた。
旅人を住処に連れて帰っているところなのだろうか。
リーダーと呼ばれた男は空を見上げながらそんな事を思った。
「ハーピィの変異種か?」
「ハーピィか」
「ハーピィだったら人も食うな」
大体、必要な物は取り終えたかと、男は雪の上に散らかった残骸をみる。首が綺麗に切り取られたアイスドラゴンだったものの残骸だ。
リーダーと呼ばれている男はブルリと震える。
この残骸はまだわかる。だが、頂上にあったアイスドラゴンの残骸はあり得なかった。ドラゴンの胴を真っ二つだ。
人ができる技じゃない。
Sランクのキトー・ジューローザ。色々噂を耳にしたことがあったが、そんなもの眉唾物だと思っていた。だが、本人を目の前にしてそれが誇張ではなかったと思い知らされた。あれは、駄目だ。近づいては駄目な存在だ。
一歩間違えれば、俺たちなど一瞬にして、このアイスドラゴンのように首と胴が離れていただろう。
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