第26話 私のお願いを
「モナちゃんはどうしてこんな国境にいるの?」
アネーレさんがシチューを食べながら聞いてきた。その横でエクスさんは『美味しい美味しい』とシチューを口に掻き込んでいる。
「『雪華藤』を取りに来たのです」
「セッカトー?聞いたことないわね」
アネーレさんが首を傾げなら、聞いたことがないと言う。あれ?おかしいな『雪華藤』は商品としてあったはず。そう思い、アネーレさんの隣にいるエクスさんを見る。
「『雪華藤』ね。あれは貴族に良く好まれるんだよね」
エクスさんは『うんうん』と頷きながら、木の器を差し出してきた。
「なんです?」
「おかわり!ひめの料理は相変わらず美味しいね!」
私はその木の器を受け取らずに手のひらを上にして手を差し出す。
「金貨1枚」
「シチュー、一杯が金貨1枚!ボッタクリ過ぎる!」
「大丈夫です。エクスさん価格です」
「え?何が大丈夫?それは安いってこと?そうじゃないよね?」
別に熊からエクスさんを助け無くても良かったのだ。こんなところで時間を潰してしまったら、今日の行く予定であった廃墟の教会までたどり着けなくなってしまった。だから、エクスさんに助けた料金と予定を変更させられた迷惑料を払ってもらってもいいはずだ。
「代わりにテントでもいいですよ。『外見はテントだけど、中はロッジ風だよ』というネーミングセンスが残念な程にないテントでも」
エクスさんは持っているはずだ。ゲームでは彼からしか購入できなかった拡張機能付きテント。どこでも泊まれて回復できる宿泊アイテムだ。
そう、エクスさんもゲームに出てくる勇者の仲間だ。ゲームではアネーレという奥さんは出てこなかったけど、彼も仲間に出来る。こんな、回避能力しかない商人が何の役に立つかといえば、とあるダンジョンの罠の回避に役に立つのだ。本当ならレンジャーを仲間にすれば問題ないのだけど、そのレンジャーにも回避不可能な罠すら回避するのだ。流石、絶対回避スキルを持っているだけはある。
「あら?」
「それ、1ヶ月前に手に入れたばっかりの珍しいテントだよ。金貨1枚じゃなくて星貨1枚は欲しいよ」
やはり持っていた。星貨1枚だってことぐらい知っている。それが、欲しくて課金したり、ダンジョンに潜ったりしたからね。
「エクスさん」
私は神妙に話しかける。
「え?なに?」
そして、エクスさんの目の前に指を1本立てた手を出す。
「エクスさんを助けるためにスノーベアーを倒した料金」
2本目の指を立てる。
「アネーレさんを助けて欲しいとお願いされた料金」
3本目の指を立てる。
「本当は今日2つ先の山の廃墟の教会に行く予定だったのに行けなくなってしまった迷惑料。これが200万
指が増えるたびにエクスさんの震えが酷くなっていく。そして、恍惚にほほえみ出した。何故だ。気味が悪い。
「流石ひめ様。その商人魂!見習わないといけない!」
私に商人魂なんてない!
反論しようと口を開こうと思えば、エクスさんがズズッと前に寄ってきて、私の差し出している手を掴もうと右手が出てきた。
「ひっ!」
手を引っ込めるが、間に合わない。
「エクス!」
「うぐっ!」
「モナ殿大事ないか?」
私が悲鳴を漏らした瞬間、隣にいるアネーレさんが前に体を傾けていたエクスさんの頭を雪の地面に押し付け、私はジュウロウザに後ろに引っ張られていた。そして、私はジュウロウザの膝の上に乗せられていた。
あ、うん。ありがたいけど、恥ずかしい。
「アネーレ。酷いよ」
絶対回避スキルがあるエクスさんをアネーレさんは難なく押さえ込んだ。
アネーレさん!かっこいい!
まぁ、村に迷い込んできたエクスさんを面白がって母さんは弓の的にしてみたり、フェリオさんは剣で斬りつけて、どれぐらい回避能力があるのか確認してみたりしていた中に、アネーレさんも混じって槍を突きつけていた。村のみんなは強くなるために向上心旺盛だった。
「モナちゃんに触るのは駄目って言っていたの忘れたの!」
「え?アネーレ嫉妬?大丈夫だよ。僕はアネーレ一筋だy····イダダダダ」
顔を真赤にしたアネーレさんはゴリゴリと拳でエクスさんの頭を雪の地面に押し付けている。顔を真赤にした天使も美しい!
「エクス、もう口を開かずに大人しくモナちゃんが欲しがっているテントを出して」
そして、大人しくなったエクスさんは背負っていた大きな荷物から、どう見ても荷物より長さがあるテントを出してきた。この事からわかると思うが、エクスさんの背負っている荷物も拡張収納機能付きだ。
だから、私はもう一つ交渉材料を差し出す。
「アネーレさん。エクスさん。私のお願い聞いてもらえます?」
そう言って、良質な大きめの魔石を鞄から取り出す。私の収納鞄に付いけている魔石よりも倍ほど大きな魔石。見た目は拳大ほどある物だ。
「モナちゃんからのお願い?なんでも聞くわよ」
何も言っていないにも関わらずアネーレさんは了承した。そんなに安請け合いしては駄目だよアネーレさん。
「あ、ありがとう。えーっと、今村の人の多くが夏燥熱に罹ってしまっていて「え?」その治療薬に「モナちゃんどういうこと?」」
アネーレさんが顔を青くしてふるふる震えていた。
「か、夏燥熱って高熱が一ヶ月ほど続いてミイラのように干からびてしまう病気じゃない!治す方法は無いって言われている····リリーは!リリーは大丈夫なの?結婚式には間に合わないけど帰るって、手紙を出したのよ!」
「リリーも罹っていると聞いているけど、大丈b「そんなー!!どうすればいいの!」」
落ち着いて欲しい。はぁ、とため息を吐きながら立ち上がり、沸かしていたお湯でお茶を入れる。今のままじゃ話にならなさそうだ。
ジュウロウザにシチューのおかわりはいるかと尋ねれば、いると言われたので、器に入れれば、新たに目の前に木の器が差し出されてきた。
エクスさん、貴方はアネーレさんを落ち着かせなさい!
そんな顔をしても駄目です。
「モナちゃん、ごめんなさい。直ぐに村に帰るわ」
アネーレさんが立ち上がって出発の用意を始めた。
「待ってください。このお茶を飲んで落ち着いてください。ばぁちゃんの薬茶です。私のお願いを聞いてくれるのですよね」
そう言って、少し熱めの薬茶を差し出す。
アネーレさんは渋々腰を下ろしてお茶を飲んでくれた。
「アネーレさん。治りますよ。夏燥熱は治ります。そのための雪華藤です」
その言葉にアネーレさんの菫のような美しい紫の瞳からぽろりと涙がこぼれた。
「それで、雪華藤は採取出来るのだけど、私は速く移動できないの。だからメルトの街で雪華藤を渡すので、その雪華藤を村まで運んで欲しいの」
「ええ。ええ。それぐらい簡単なことよ。他に出来ることがあれば何でもするわ」
だから、何でもするって簡単に言っちゃ駄目だよアネーレさん。私は魔石を差し出して言った。
「メルトの街で待っていてくれたら、それでいいです。その間にこの魔石を加工してエクスさんの背負っている鞄につけるといいですよ。今よりもっと容量が増えるでしょう」
しかし、アネーレさんは魔石を受け取らずに立ち上がって、エクスさんにも荷物をまとめるように促す。
「いいえ。私達もセッカトーを取りに行くわ「え?」」
私達に付いていくと言っているアネーレさんの横では、何を言っているのという顔をしているエクスさんがいる。
「モナちゃんが行くのに私達が街で、のほほんと待っているなんてできないわ「アネーレ、ちょっと僕は」だまりなさい!」
黙るように言われ、項垂れるエクスさん。『僕は街でゆっくりしたい』と心の声が漏れているエクスさんをギッと睨みつけるアネーレさん。
「アネーレさんの武器は折れてしまっていましたよね。街で新調した方がいいのではないのですか?」
私に指摘されたアネーレさんは、慌ててエクスさんに武器はないのかと詰め寄っていたが、エクスさんが手に入れられる最高の槍を壊してしまったことを知ったアネーレさんは肩を落とした。
「武器はい····いるわよ···ね」
アネーレさんのその言葉に私は頷く。カスステータスの私が言うのもなんだけど、魔物があちらこちらにいる世界では必要不可欠な物だ。
「わかったわ!一旦、街に降りるけど、武器を調達したら、追いつくわ!「え?ぼくは」廃教会のある山ね!」
そう言ったアネーレさんはエクスさんの首根っこを掴んで、雪の壁を駆け上がって行った。
冒険者って、人ひとり抱えて跳べるのは普通なのだろうか。エクスさんが『僕のシチュー』と叫んでいるが、エクスさんの物ではない。それに、シチューの鍋は残念ながらジュウロウザが食べきって空だ。しかし、ジュウロウザ。少々食べ過ぎだと思う。
二人が立ち去ったあと、私は大雑把な地図を開く。太陽は中天を過ぎ、傾き始めていた。あと、どれぐらい進めるだろうか。ゲームでは夜になると魔物の種も質も大きく異なり、断然に強くなる。それまでに、安全を確保しなければならない。それに、山の天気もどうなるか、わからない。今は晴天だが、いつ吹雪いてもおかしくはない。精々、3時間行動できればいいほうか。
旧山道は戻り際に発見した。看板の痕跡と整備されていたであろう雪の下の道を私の眼で確認したのだ。
地図を見ながら考える。何かが引っかかるのだ。何かがあったような気がする。雪の壁の内側を地図を見ながら歩き回る。
雪の壁?雪····。
「雪の神殿だ!そう、古代遺跡!冬の女神を祀った古代神殿!」
このシュエーレン連峰が雪に閉ざされている主たる原因である冬の女神ティスカを祀った神殿。そこは神の護りがあり魔物が侵入してこない!
「モナ殿。俺にわかる言葉で話してくれるか?」
はっ!また、違う言葉を話していた?
「ごめんなさい。今からだと廃墟教会までたどり着けないと思うので、その中間点にある神殿を目指しましょう」
そう言って、私は地図をジュウロウザに見せ、ここと氷竜の巣がある間の山を指した。
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