第27話 凍りついた神殿

「神殿?」


 ジュウロウザが首を傾げて地図を見る。地図には何も記載はない。なぜなら、今では忘れられた神殿だからだ。


「冬の女神の神殿です。ここなら、神の加護があるので魔物が入ってきません」


「そういうことか、なら俺たちも出発しようか」


 いつの間にか広げていた料理器具が片付けられており、あとはベルーイに乗ればいいだけになっていた。

 おお、私が思考の海に没していた間にジュウロウザが片付けてくれていたようだ。


 私はジュウロウザにお礼を言って、ベルーイに近寄る。しかし、私も騎獣にぐらい一人で乗れるようになりたい。


 そして、ジュウロウザに抱えられベルーイに乗れば、『キュキュ』と見た目には合わない鳴き声を発したベルーイの青い炎で雪の壁を溶かして、雪の壁から外にでた。

 吹いてきた冷たい風にブルリと思わず震える。あの雪の壁は意味があったんだね。



 雪山を少し登ったところから、道を外れるように言い、雪の下の見えない山道沿いにベルーイを進めていく。

 私は時々道なき道をジュウロウザに指示していく。なぜなら、途中で雪の下にある道が崖の様に無くなっており、地面は存在せず、雪が積もっているだけの場所があるからだ。何があってそのような事になっているかわからないが、地面が無いところを進むのは不安があるので、崖の縁を進んで行った。


 魔物とは遭遇することもなく旧道を進んでいくこと2時間、目的の場所までたどり着いた。目的の場所と言っても一面雪しか無く、山側に雪の中から大きく突き出した岩があるだけだ。


「キトウさん。この辺りを進みたいのですけど」


 私はこのシュエーレン連峰の雪深い中、この辺りで唯一岩が見えている横を指し示す。雪が降り積もり、他の場所と何も変わらないように見えるが私の真眼を使えばその先に洞窟のような空洞が見える。


「了解した」 


 そうジュウロウザが言葉を発すると同時に、『キュキュ』というベルーイの鳴き声が聞こえ、青い炎が視界を占めた。

 雪が溶け出し奥へと続く岩肌が顕になった。そのまま炎を出しながら進んでいくベルーイ。凄い!

 ゲームでは確か偶然に見つけたんだよね。例のアレだ。雪華藤を発見したあとジュウロウザがパティーから抜け戦力が低下してしまった後のことだ。スノーベアー3体に囲まれながら、瀕死状態で逃げ一択だったときに、雪の窪地に落ちて、たどり着いたところだった。上から落ちたことでHPが残り1pになったけれどね。



 雪が完全に青い炎に溶かされ、暗闇がポッカリと口を開けて存在していた。鞄から魔道ランプを取り出し、光を灯す。しかし、前方は暗く確認できない。

 そのランプの周りしか明るくない空間を進むベルーイの足取りに迷いはない。やはり、人とは見える範囲が違うのだろうか。


 徐々に寒さが増してきた。保温機能がある衣服でも寒さが感じられるとは外気は相当寒いのだろう。


 洞窟の先が明るくなってきた。出口が近いのだろう。カポカポと進むベルーイの鬣に白い氷がまとわり付いてきた。よく見ると私が来ている外套も明らかに雪ではない白い結晶が覆ってきている。もしかして、選択肢を間違えた?

 しかし、ここまで来てしまった。魔物に命を脅かされるか。寒さに命を脅かされるかのどちらかだ。それなら、まだ私が対処しようのある寒さを取ったほうがいいだろう。


 光が満ちた空間にやっと出た。奥には白く美しい神殿がキラキラと輝き存在していた。手前には緩やかな階段があり、支柱が立ち並んだ外見に大きな屋根が上からの光に照らされ、ダイヤモンドダストが舞う中、美麗と表現していいのか、荘厳と表現していいのか。ただ、美しかった。

 上を見上げると建物の上にポッカリと光が入って来ている穴が大きく開いている。ゲームではあの穴から落ちたのだろう。しかし、少々高すぎないだろうか。よくそれで、生き残ったものだ。



 近づいていくと、白い建物は雪で出来ていると思われる。この大きさを雪で作れるのだろうか。氷像?いや、透明感が感じられないからやはり雪像といっていいだろう。


 階段の手前まで来て、ベルーイが立ち止まった。


「モナ殿。ここからどうするのだ?」


 確かにここまで寒いと大丈夫かという意味も込められているのだろう。それはもちろん、神殿の中に入るしかないでしょ。


「中に入ります。神殿の中央に祭壇があると思いますので、一晩の宿をお願いして、【瑞雪の間】という部屋を探しましょう」


 すると、ジュウロウザは私を抱えベルーイから下ろしてくれた。足元の雪は、雪というより氷と言っていいほど硬さがあった。これなら、私の足が埋もれることはないだろうと、右足を一歩踏み出すと、ズルリと右足が前に滑り、体が後ろに傾いた。ヤバイ!これはお尻を打つか、頭を打つ!




「大事ないか?」


 気がつけば、背中を支える手があった。

 クッ!コントかってぐらい足が滑った。ジュウロウザがいなかったら絶対に頭を打つコースだった。


「大丈夫」


 そう言って体を起こす。そうだ!雪の日の通勤のように足元に注意を払えばいいだけ。雪国にいたことはなかったけど、大雪の出勤は経験したことはある。····まともに電車が動かなくて、長時間駅で待った記憶しか出てこない。だけど、大丈夫のはず。


 慎重に左足を出すと、今度は足が後ろに滑る!


「モナ殿、怪我をしそうだから抱えて、中に入っていいか?」


 私はまともに歩くことすらできないのか!

 またしても、私はジュウロウザに支えられていた。


「お、お願いします」


 悔しいー!私を抱えたジュウロウザは凍った雪の上をスタスタ歩き、階段も難なく上っていく。その横には同じくカポカポと歩くベルーイ。まともに歩けないのは私だけ!幼児並みのステータスはこんなところまで反映しなくていい。


 階段を上がれば、建物の奥の方は闇に包まれ真っ暗だ。私が持っている魔道ランプでは奥の方まで見ることができない。

 ジュウロウザはそのまま建物の奥に入っていく。ん?何か引っかかる。何かがあったような。


「キトウさん、少し足を止めてもらえますか?」


「どうかしたか?」


 私の様子を伺うように顔を傾け、足を止めてくれた。だけど私は答えず、先が見えない暗闇に目を向ける。

 このまま先に進むと何かがあったのだ。だけど、何かとは思い出せない。ただ、HPが1になってしまったので、全回復したのが良かった、としか思い出せない。


 この暗さが駄目なのだ。何が先にあるかわからないこの暗さが。


 私は周りを見渡す。まだここは建物の入り口近くだ。天井の開いた穴からの光で微かに、周りの風景を確認することができた。外側の柱に何かが描かれている。まとわりついた雪のその下にだ。その下には大理石のような白いなめらかな石が柱として存在しているのが、視えた。


「キトウさん、すみません。少し戻って、外側の柱の近くに行ってもらえますか?」


 ジュウロウザは私がお願いしたとおりに、建物を支える一番外側にある支柱の一つに近寄ってくれた。支柱には青い色で見覚えのある陣が描かれていた。そう、私が今持っている魔道ランプの底に描かれている明かりを灯す陣だ。だけど、核となる魔石の存在が見当たらない。

 青い線は支柱に陣を刻んでいるが、その下にも線が続いている。床だ。白く凍った床に青い線が続いていた。床の線を目で追うと、床には複数の青い線が引かれているのに気がつく。どうやら、一箇所に集まっているようだ。


「ここから3本目の柱のところまでお願いします」


 その支柱は外側の柱の中心にある支柱だった。外側からでは気が付かなかったが、内側から見ると支柱の中ほどに六角形の形状に6つの何かをはめる穴が開いており、六角形のさらに内側には正方形に4つの穴が、一番中心点に一つの穴が開いていた。

 私はその部分に触れようと手を伸ばすが、その手は柱に届かず宙を切る。なぜならジュウロウザが一歩下がったからだ。


 どういう事だという意を込めて視線を向けると。


「モナ殿。素手で触ると手がくっついてしまう」


 はっ!ドライアイス!

 ってことは、外はドライアイス並には冷えているってこと?いや濡れた手だと氷もくっつくな。

 じゃ、これもベルーイの炎で、溶かしてもらうか。


「ベルーイの炎で、表面の凍った雪を溶かしてほしいです」


 私がそう言うと横から『キュキュ』っと鳴き声が聞こえ、青い炎が視界の端をかすめる。


 ん?ベルーイは私の言葉に反応した?


「ありがとう」


 ベルーイにお礼を言うと『キューン』と鳴き声が聞こえた。相変わらず見た目と鳴き声が合わない可愛らしい声だ。


 表面の雪が溶けた柱を見ると、10セルメルcmの厚さの雪の塊の下には私の眼で見た通りの紋様と窪みが刻まれていた。

 ここに動力源を入れればこの陣が起動するはず。


「キトウさん。降ろしてもらえますか?」


 私が持っている動力源は魔石だけど、これが合わなかったら、暗闇の中を進まなければならない。


 魔石が入った袋の中から大きさが合いそうな魔石を窪みの中に収めてみる。コトリとはまった。よし。また一つ、また一つと収めていく。あまり大きすぎない穴でよかった。外側の穴は直径3セルメルcmほどで内側の4つの穴は直径5セルメルcmほど。中央は一番大きく7セルメルcmほどだ。これが、20セルメルcmを超えると流石に手元にはなかった。

 いや、神殿を参る時に必要なら、手に入りやすい大きさにするのは当たり前か。


 うっ。上の方に行くと手が届かない。もう少し低いところに設置すべきじゃないの!


「手伝おう」


 そう言って、ジュウロウザが残りの魔石をはめてくれた。

 すると、青い線が光を発した。魔石をはめた支柱中心に光が広がっていく。全体的に広がった光る線が一瞬目が眩むほどの光を放った。

 眩しすぎて目が開けられない。


 瞼の裏に感じる光が収まったと目を開くと、そこは闇に満ちた神殿ではなく。床も支柱も天井も淡く光と放っていた。そして、その床も支柱も天井もバキッという音とともに一斉にヒビが入る。


 壊れる!そう思った瞬間。建物の全てを覆っていた凍りついた雪が舞い散った。

 建物を構築している光る石に照らされ、淡く消え去る雪がキラキラと輝いてみえる。幻想的だ。


 これが、神殿の本来の姿なのだ。全てが淡く光輝く神殿。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る