第25話 幻覚じゃないですから!

 私達が近づいてきたことに気がついたようで、金髪に紫の目を持った美人が血まみれになって叫んできた。

 手にしている槍は短くなっており、間合いが取れなくなっているようだ。


 ベルーイはそのままスノーウルフの群れに突っ込んでいき·····突っ込むの!!私は置いて行って!


『キュキュ』


 と鳴いたと思ったら、口を大きく開き、青い炎を吐き出した。

 え゛?馬竜って火を吐くの?!


 青い火に包まれ、のたうち回る白い獣。向かってくる白い獣はベルーイの前脚で潰され、後脚で蹴飛ばされ白い身体が捻れながら飛んでいく。


 確かにジュウロウザが馬竜ぐらいでないと魔物に対応できないと言っていたけど、ここまでとは。


 火を吐くなんて怖ろしい騎獣の上に私は鎮座していると思うと、ぶるりと震えた。それは宿泊を拒否られるよ。火なんて吐かれてしまったのなら、火事になって目も当てられない。


「モナ殿。大丈夫か?」


「え?ええ、大丈夫です」


 私にその脅威的な力をぶつけないでいただけるのであれば、大丈夫ですよ。


 白い獣たちがベルーイに蹂躙され、半数が動かなくなった頃、白い獣たちは一斉に尻尾を巻いて、逃げていく姿が目に映った。


 すると、金髪の美しい女性は、血を流しながら崩れていく。


「アネーレさん!」


 女性の側に寄りたいけど、ベルーイから自力で降りることができない。だから、なんで自分の騎獣から自力で降りれないの!


 私はジュウロウザに抱えられ、雪の上に降り立ち倒れた女性の元に駆けつけようと、はしr·····『バフッ!』

 ····なぜ、私の方が雪に顔面から突っ込んでいるんだ!雪に足を取られるなんて子供か!

 いや、ステータスは幼児並だ。しかし、ここまで幼児化することはないだろう!


 むくりと起き上がり、よたりと雪の上に立った。白い外套が雪まみれになっている。隣でジュウロウザが『クククッ』と笑いながら雪を払ってくれている。

 わ、笑いたければ笑えばいい!


 羞恥心を抑えながら一歩踏み出すと、ズボッと片足が太ももまで雪に埋まってしまった。

 えー!なんでこんな雪の上をみんな普通に歩けているの?ぬ、抜けないし!


 私はまともに雪の上も歩けないのか!


「クククッ。モナ殿はかわいいな」


 そう言いながらジュウロウザは私を雪から引っこ抜いて、抱えて歩き出した。絶対に馬鹿にしているよね!


 金髪の美人の女性は膝を雪つけているものの、折れた槍を支えに立ち上がろうとしていた。


「アネーレさん。動かないでください。今、治療しますから」


 ジュウロウザは私をアネーレさんの側に降ろしてくれた。その私を驚いた顔でアネーレさんは見る。


「モ、モナちゃんが見えるわ。とうとう幻覚まで見えてしまうなんて、私もう、これまでなんだわ」


 そう言ってアネーレさんの紫色の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。いや、幻覚じゃないから。なんで夫婦揃って同じ様な事を言ってくるんだ。


「幻覚じゃないですから!取り敢えず体力回復薬を飲んでください」


 私はばぁちゃんから渡された。一般の人用の体力回復薬をアネーレさんに差し出す。目の前に差し出された小瓶を目にしたアネーレさんは大きく目を見開き、口をポカンと開けて固まってしまった。

 今もアネーレさんから血が滴り、雪を赤く染め続けているので、小瓶を開けて口の中に突っ込む。


 一瞬、ビクッとされたが、中身をゴクリと飲んでくれた。あとは、別の小瓶を数本取り出し、血が流れている傷口にかけていく。

 これはソフィーが作ってくれた傷薬だ。この傷薬は傷口に掛けると浅い傷なら、またたく間に治ってしまう薬なのだ。あまりにも効きすぎるので、村の冒険者にしか渡していない特別製だ。


 ソフィーはこんなものまで作れるようになったなんて、おねぇちゃんは嬉しいよ。


 見た目でわかる傷には掛けて、アネーレさんの様子を伺う。な、なぜかまだ泣いていた。え?まだ何処か傷が残っているのだろうか。


「アネーレさん、まだ、どこか痛みますか?」


「モナちゃんがいる。本物。え?なんでこんな国境に?それも雪まみれ。大変!熱が出ちゃうわ!」


 慌てて立ち上がろうとして、頭を押さえてうずくまってしまった。血を流しすぎて、立ちくらみが起こったのだろう。

 増血剤を差し出す。


「アネーレさん。私は大丈夫なので、これを飲んで下山しましょう。騎獣はどうされました?」


「ありがとう。『グビグビ、ゴックン』騎獣は峠越のときに気の立った氷竜に襲われて、逃げるのに囮にしたのよ」


 美人が栄養ドリンクをグビグビ飲む姿、CMに使える?いや、美人はどんな姿でも絵になるということだ。


 峠越で氷竜に襲われてしまったのか。それは逃げる一択でしょ!しかし、そこで騎獣を囮にしたのか。生きるには仕方がないことだけど、ベルーイを囮にする····絶対に私より逃げ足が速そうだ。と、なると私が囮!有り得そう!




「では、私の騎獣にのりまs『ギュギュッ』····何?今の鳴き声!」


 思わず、後ろを振り向くと、ベルーイが前脚で雪をガシガシと掻いていた。それは何?


「私を乗せたくないのね。馬竜は主と認めた者しか乗せないから」


 アネーレさんがそう言いながら立ち上がる。馬竜ってそういう習性があるの?私を乗せているってことは、こんな私でも主だと認めているってこと?


「モナちゃん、エクスとは会ったかしら?」


「熊に追いかけられてながら、面白いぐらいに攻撃を避けてました」


「クスクス。流石、エクスね。ちゃんと助けを呼んでくれて」


 笑っているアネーレさんは正に天使!そう、アネーレさんはリリーの一番上の姉なのだ。天使の姉は天使なのだ。

 そして、私から視線を外し、真剣な目をして私の後方に視線を向けた。


「助けてもらってなんだけど、貴方は誰?なぜ村の住人じゃない者がモナちゃんに付いているの?」


「お初にお目にかかる。鬼頭 十郎左と申す者で、テオ殿とフェリオ殿からモナ殿の護衛を依頼されている」


 ジュウロウザのその言葉にアネーレさんは驚いて肩を揺らした。


「え?あのジューローザ!それはそれで納得できるわ。ごめんなさい。私はアネーレ。旅商人のエクスの妻よ」


 アネーレさんは美しい金髪を揺らして、頭を下げた。やっぱりジュウロウザは有名なんだなぁ。




 そして、私達は下山している。私とジュウロウザはベルーイに乗り、アネーレさんはその横を並走していた。あれだけ怪我をしていたのに、なんとも無いように駆けているのだ。これが、冒険者という者なのだろうか。

 来た道を半分ぐらい下ったぐらいに、下の方から見覚えのある人物が雪の中を悲鳴を上げながら駆けているのが見えてきた。


「ウッ、ひゃー!助けてー!」


 大荷物には白い毛皮が掛かっていることから、熊の毛皮の確保は無事に終えることはできたようだ。


「死ぬー!」


 叫びながらも華麗に横に飛び退き、背後から迫っている白い大きな鳥の嘴を避けている。

 鳥。鶏肉。お腹空いたなぁー。


「あの鳥は食べれるのかな?」


 思わず口に出してしまった。


「食べられるぞ。脂がのって美味い」


「え?」


 思わず斜め上を仰ぎ見る。心の欲望を聞かれていた。っていうか、食べたことあるのか!


「モナちゃんが食べたいって言うなら狩ってくるわ」


 アネーレさんにも聞かれていた!は、恥ずかしい。

 アネーレさんは、足を止め屈んだと思えば、姿を消した。すると前方から『ギョェェェェ』と断末魔が聞こえたため、視線を向けると、短剣で巨大な白い鳥の首を空中で掻き切っているアネーレさんの姿があった。その足元では頭を抱えて雪の上に伏しているエクスさん。


 アネーレさん!かっこいい!!


 エクスさん·····相変わらずだね。


 それにしても冒険者ってすごいな。私の目にはアネーレさんが移動した姿が全くわからなかった。

 アネーレさんは白い大きな鳥の首を完全に切り落として、その場で鳥の羽をむしりだす。


「アネーレ!だ、大丈夫だった?」


 エクスさんが羽をむしっているアネーレさんに駆け寄り声をかけている。そんなエクスさんに向かってアネーレさんはギロリと睨み。


「エクス!助けを呼んだら、下の街で待っていてって言ったよね!それから、手が空いているなら口よりも羽をむしりなさい!」


「え?僕、毛皮を剥いだばかりなのに?今度は羽なの?」


「口ごたえせずにむしる!」


「はいぃぃぃ!」


 完全に尻に敷かれていた。




 そして、私は雪の壁に囲まれた中でシチューを作っていた。

 上を見上げれば、青い空が見える。こんな壁に囲まれたところで魔物に襲われたら大変じゃないのかと、言ってみれば、3人が3人とも大丈夫だと答えたのだ。エクスさんが自身満々に答えていることがわからないけど、ジュウロウザとアネーレさんが大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。

 しかし、この空間は何の意味があるのだろう。上から丸見えだ。うーん。風よけにはなっているから意味があるのか?


 兎に角、私はいつもどおり簡単なシチューを作っている。アネーレさんが先程仕留めた大きな鳥のもも肉を切り分けてもらい、下味を付けて置いておく。魔道コンロにフライパンを熱し、バターと小麦粉をミルクで混ぜて一塊のホワイトソースのベースを作っておいた。バターの美味しそうな匂いが雪に囲まれた空間を満たす。

 別の魔道コンロでは大きめの鍋に一口大に切った野菜をとり肉と一緒に炒めて、柔らかくなるまで煮込んでおく。

 その間にフライパンで作っていたホワイトソースのベースをさらにミルクで伸ばし、大鍋の中に入れて更に煮込めば完成···あ、コンソメの粉を入れるのを忘れていた。


 そう、私はコンソメの粉を作っていたのだ。大鍋に鶏ガラと野菜を煮込んでアクを取り続け3日。かなり煮込まれた出汁となったところで、『フリーズドライ』の魔術を使うのだ。


 『フリーズドライ』、料理をしている上で無くてはならない生活魔術だ。記憶にある国と違って夏野菜は夏にしか収穫できないし冬野菜は冬にしか収穫できない。それに収穫時期になると、こんなに沢山同じ野菜ばかり食べきれないよってぐらい、収穫出来きてしまう。トマトの様にケチャップにして大量消費できればいいのだけど、殆どの野菜を腐らせてしまっていた。

 これは勿体ないと、『フリーズドライ』の魔術を創ったのだ·····あれ?私···魔術を創り出してる。


 ま、まぁ、そんな感じで、コンソメを粉にしてお手軽に料理をつくれるようにした。


 王都まで行ったときは遠出をするつもりが無かったので、持ってなかったら、やはり味が物足りなかった。だから、今回は持ってきていたのだ。


 そのコンソメの粉を入れて味を整えて、ホワイトシチューの完成!····魔術って創れるんだね。



____________


閑話【モナとエクスの出合い】


 さてさて、モナがエクスに対して、信頼···いや、塩対応なのは出会いからして問題があったのだった。



 時は6年前に遡る。モナ10歳。リアン10歳のときである。

 毎日の日課である薬草採取兼レベルアップの修行という名の悪あがきをしていたころの話。



『ゥヒャヒャヒャー!ギュヒョヒョヒョ!』


 穏やかな森で怪しい鳴き声が響いていた。魔物なんてスライムや一角兎ぐらいしかいない森に新たな魔物が発生したのかと、興味津々の子供が二人、森の中を歩いている。


「モナ。何の魔物だと思う?」


「怪しい怪鳥」


「怪鳥か」


 そんな他愛も無い話をしながら、歩く二人の子供。


 一人は森の中の木漏れ日の光を反射してキラキラと輝く金色の髪に吸い込まれそうなほど綺麗な青い瞳。その瞳を縁取る金色の長いまつ毛。服装から男の子だと思われるが、その容姿は子供ながら美しいと表現するにふさわしい。


 その斜め後ろを歩く子供は白金の長いサラサラとした髪に森を写したような新緑の瞳をしていた。その容姿は深層の姫君と言われてもおかしくないほど神秘的で美しい女の子だ。

 その子供は自分の髪を右手でクルクルと回しながら『この髪を見ているとミルクティーが飲みたくなるなぁ』なんてことを呟いている。そして、左手には騎獣用のムチを持ち、斜め前に向けて振っていた。そう、金髪の少年に対して振るっていたのだ。それを少年は後ろを見ずに避けている。修行と言えば修行だが、いじめと捉えかねない行為だった。


 そんな物語から抜け出したかのような容姿を持った子供たちの前にガサリと音を立てて飛び出すモノがいた。


「ゥヒィヒィヒィー!」


 あの怪しい鳴き声を出す物体だ。少年は腰に差していたナイフに手を掛ける。少女は不可解なモノを見る目をその物体に向けていた。


「モナ。アレ何?」


 少年は『ヒャヒャヒャゥッゲホッゲホッ!』怪しい声を出しながむせている物体を指し示した。いや、正確には頭の上を指し示したのだ。


「人に取り憑いた。わらい茸」


 そう、人の頭の上にはエリンギのような太い柄にその柄と変わらない大きさのカサが乗っているきのこ・・・が生えていたのだ。それも柄には『ムン○の叫び』のような顔にみえてしまう模様が刻まれていた。


「そうか。で、どうする?僕は何をすればいい?」


 少年は未だにゴミでも見るような視線を向けている少女に意見を聞く。それは、少女の言う事ならどのようなことでもするという意にも捉えられてしまう。


「わらい茸が胞子を撒き散らしたら、森がわらい茸だらけになってしまう。だから、取り敢えず、あの人を殴って気絶させてからきのこを引っこ抜こう」


 ムチを地面にバシバシ当てながらそう言っている少女が殴るかのようだ。


「リアン、行ってきて」


 いや、その作業を少年に任せるようだ。少年はそれが当然だというように頷いて、了承した。


 10歳ほどに見える少年がフラフラと笑いながらこちらに向かってくる人を見る。20歳ぐらいに見える大人の男性だ。身長の差は歴然だが、体格も歴然だ。そんな大人の男性に向かって少年は駆ける。

 男性のみぞおちに一発、拳が当たろうかというその時、男性がひらりと横に拳を躱す。

 少年が膝に蹴りを繰り出すが、男性は笑いながら跳んで避ける。


 攻撃する。避ける。攻撃する。躱す。


 何度か繰り返しただろうか、少年の方が息切れをしはじめた。その姿に少女は舌打ちをする。


「リアン。勇者になるのだから絶対回避と俊足のスキル持ちぐらい、凌駕してみなさいよ!」


 少女の言い分は理不尽だった。少年と言うべき子供に大人の、それもスキル持ちを自力で超えろと言っているのだ。


「わ····わかった」


 少年は少女の言うことに頷く。健気だ。敵わないだろうに、少女の言葉に応えようとする少年。 


 少年は未だに『ウッヒャ!ウッヒャ!』と怪しい笑い声を上げている男性の前に立ち、構え、駆け出し、攻撃をする。

 だが、紙一重で男性は攻撃を避ける。


 少年は諦めずに男性に向かっていく。


 しかし、唐突に男性が笑い声を止め、動きを止めた。


「時間切れ」


 少女の声が辺りに響いた。少年は振り返り少女をなんでだと言わんばかりの表情を向ける。

 男性は肩で息をしながら地面に倒れて行った。その頭の上には呪われそうなエリンギは生えておらず、灰色の髪だけが存在していた。


「もう、胞子を撒き散らさんばかりに膨れているし、駄目。訓練したかったら、その人を引きずって村まで連れて帰ったら?」


 そう言っている少女の手にはムチに巻かれ、パンパンに膨れた呪われたエリンギがあった。




 これが、カスヒロインであるモナと、のちに勇者となるリアン。そして、旅商人エクスの出会いであった。



補足

 これがモナ視点だと、ちんたら攻撃してんじゃない!頭を使えよリアン!となるわけです。酷い幼馴染みである。



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