第24話 雪山での出会い

 白い雪で目が痛くなるほどの晴天。その街の中を馬竜のベルーイをつれて歩いている。


 昨日の襲撃者はどうやら隣国の人たちだったらしく。若い娘がこの国境地域で行方不明になることが多く、隣国の奴隷商人が関わっているだろうということは予測をしていたが、実態がつかめなかったらしい。今回、その奴隷商人と部下数名を捉える事ができたらしく。これで、攫われだ娘たちの行方を探す事ができると言われたそうだ。


 北の国の奴隷商人?あれ?南のコストール国のイベントで『行方不明の少女の足取りを追え』で、捕まえた奴隷商人のことかな?まぁ、いいか。



 ジュウロウザの装備は朝の内に購入したようで、今は夏国の装備を身につけている。一番近い形は深衣だろうか。上は着物のように合わせになっており、腰帯で留め、足元は長めのワンピース状になっている。それに保温魔術が衣服に施されているのだ。

 店の人には胸当てなどの防具を勧められたようだけど、断ったと言っていた。

 その上から外套を羽織っているので、見た目には何も変わっていない。そう、何も変わっていないのだ。


 私はというと、ムームーという羊に似た毛で作られたワンピースに下には同じくムームーのズボンを履き、編み上げブーツの中に押し込め、カーバンクルの外套を羽織っている。見た目は白い雪ん子だ。まぁ、これも保温魔術が施されているので温かいから、問題はない。保温魔術って凄いね。




 そして、私達はシュエーレン連峰に登る入り口の山道に入った。山道と言っても雪で埋もれているので道なんてあったものではない。ただ、木の棒が雪の中に刺さっているのだ。それが山道の目印。

 ベルーイはその突き刺さった棒から外れないように山道をも登っていく。そのベルーイにも雪山用の装備を装着している。体を覆う毛皮が増えただけだが、見た目は背中がもふもふの馬?しかし、私の求めるもふもふにはほど遠い。


 私は大まかな地図を手に、とある場所を指し示す。


「この場所目指してください。今日だけでは目的地に着きませんので、ここで一泊します」


 今登っている山ではなく、2つ谷を越えた先の山だ。ということは山道を外れ、道なき道を行くということになる。だが、目印はある。こんなに晴れているのなら特に見える。竜の巣がある山頂だ。キラキラと氷の巣があるので光が反射して、山頂が輝いてみえる。その山の8合目あたりに雪華藤が存在するのだ。いや、雪華藤があるから氷竜の巣があると言っていい。幼竜は雪華藤をたべて育つと言われている。子育ての為に巣を雪華藤が咲く近くに作っているということだ。まぁ、これもゲームの情報だけど。


 そして、私が指し示した場所は、朽ちた神殿がある場所だ。昔はその神殿が使われていたが、神殿が麓に移り、今は廃墟となっている。

 そう、この神殿が問題の白月香を神事用に清めるために用いられた湧き水があるところだ。ただ、ここに安全に来ようと思えば夏の数日しか来れないため、麓に神殿を移したというわけだ。


「ん?ここだと別のところから登った方が良かったな」


 ジュウロウザが地図を見ながらそう言ったが、神殿がある麓から登ればスムーズに登れたのではということなのだろう。しかし、地図には書かれてはいないが、この山は麓から登れないのだ。


「キトウさん、この山の麓は神殿がありますが、その背後は切り立った崖なので、登れません。ですから、別のところから登らなければなりません」


 だから、メルトがある麓から登るのが一番いいのだ。山越えの為にメルトから隣国に抜ける山道を使い、人が行き来をするので、ある程度途中まではメルトから伸びる山道が使える。その後は昔使われていた旧道を通ればいいのだが、ゲームではジュウロウザを連れていたので散々だった。魔物に襲われるのは当たり前だったし、雪崩、落石、こぶし大の雹、ホワイトアウトなどの自然現象により、まともに進めなかったのだ。

 今のこの状況で旧道を進めるとは確証が無いので、口には出さないでいた。



 ベルーイがザクザクと雪の上を進んでいく、私は揺られながらその上に鎮座しているが、平和だ。ゲームは散々魔物に襲われていたのに、平和だ。


 そんな真っ白で平和な世界に野太い悲鳴が響き渡った。


「ギャー!助けて!!」


 前方から声が聞こえてきた。眩しい世界に目を細めながら、声の主を確認すると前方から大荷物を背負った人物が、雪の中を全力疾走でこちらに向かって来ている。その後方から白い毛を纏った獣····いや熊だ。熊に追いかけられている。それも、逃げる人の対比からみればかなり大きいようだ。


 四足で獲物を追う巨大な白い熊。全力疾走で逃げる人。


 こっちに向かって来ているけど、これヤバくない?




「ギャー!死ぬー!!」


 そう言いながら斜め横に跳びながら器用に熊の攻撃を避けている。その熊はというと鋭い爪を振り上げ、獲物である人を狙っていた。額には一本大きな角が生えており、口からは鋭い牙がむき出して、ヨダレが滴っている。

 逃げている人を食べる気満々だ。


 今度は鋭い角で獲物を突き刺すように、人に向かって頭突きをするが、またしても器用に横に跳んで大荷物を持った人物は避ける。


「キトウさん、あの人助けてもらえますか?知り合いなんです」


「了解した」


 その言葉と共に横向きに座っている私の横に風が吹き抜けた。思わず、バランスを崩してベルーイのたてがみを掴みなんとか留まる。

 ジュウロウザ!普通に降りて行ってくれ!


 そう文句の視線をジュウロウザに向ける為に顔を上げると、熊が袈裟斬りにされ、血を噴き出して倒れて行くところだった。

 早っ!


 大荷物を背負った人物はジュウロウザの姿を見ながら尻もちを付いていた。

 しかし、相変わらず器用に魔物から逃げるものだと思いつつ、肩で息をしながら『助かったー』と言葉を漏らしている人物に話しかける。


「エクスさん!アネーレさんはどうされたのですか?」


 私の声に驚いてようにこちらに振り向き、雪の上をよつん這いで這いながらこちらに、やってきた。なんだか、虫みたいで怖いんだけど。


「ひめー!ひめがいる!ああ、僕は天国にきてしまったのか」


「私を勝手に殺さないでください!アネーレさんはどこですか!」


 私を殺さないで欲しい。モコモコのフードを取り、ベルーイの近くで頭を下げた人物。灰色の髪を持ち、眼鏡の奥は藍色の瞳のひょろっとした男性は旅商人のエクスさんだ。彼は、旅をしながらあちらこちらの珍しい物を商品として売り歩いているのだ。


「ア、アネーレはスノーウルフの大群を足止めをしているんだ。僕は助けを呼ぶために山を降りていたんだが、僕自身も魔物に襲われてどうしようかと。ひめー!助けてくれないか?」


 スノーウルフの大群を一人で!それは無理じゃないのだろうか。


「前から言っていますが、私の名前は『ひめ』ではありません。それから、私は魔物討伐はできませんよ」


「ひめが来てくれたのなら、百人力だ!」


 相変わらず話を聞かない、エクスさんだ。私はひめではないと言うのに。


 ザクザクと雪を踏みしめて、大きな熊を引きずりながらジュウロウザが戻ってきた。なぜ、熊を持ってきたのだろうか。


「モナ殿、その人は誰だ」


 ああ、知り合いだから助けろと言ったから気になったのか。


「旅商人のエクスさん。間違えて『わらい茸』を食べて、高笑いしながら村に迷い込んできた変人です。エクスさんがどうなろうと構わないのですが、奥さんがプルム村の人で、今、スノーウルフと戦っているそうです」


「変人···どうでもいい····酷いよ。ひめー!」


 いや、このエクスさんの回避能力はとても高い。俊足のスキルを持っているので、魔物から逃げ切るのはお手の物だ。今回も手伝わなくても、山を降りて逃げ切ることはできただろう。


 今回助けたのは勿論、エクスさんの妻であるアネーレさんが見当たらなかったからだ。囮にして逃げたと言うなら、殴ってやるところだった。いや、そうなると私の手が大打撃をうけるので、ジュウロウザに頼もう。


「どうでもいいので、アネーレさんを助けに行きたいです。それで、その熊はどうするのです?」


 ジュウロウザが引きずっている熊を指差す。血の跡を雪の上に一直線に引きながら。こちらに来られても困るんだけど。


「ああ、毛皮がいい金になるのだ。どうするかと相談しようと思ったんだが、先にその人を助けに行った方がいいな」


 私は、雪の上で妻のアネーレさんを助けて欲しいと懇願しているエクスさんと血まみれの熊を見る。


「エクスさん。熊の毛皮を剥いで待っていてもらえます?」


「え゛?」


「キトウさん、行きましょう」


 ジュウロウザは熊を雪の上に置いて、ベルーイに飛び乗ってきた。


「ひめ!ちょっと待って!」


 私を呼び止めるエクスさん。しかし、私はエクスさんを見下ろし言った。


「エクスさん。逃げ足だけは早いのですから、商品と熊ぐらい背負って、魔物から逃げられますよね」


「それ、無理だからぁー!」


 その叫び声を背後に聞きながら、ベルーイは雪山を登り始めた。


「少し速度を上げるから、掴まっていてくれ」


 え?何処に?


 ガクンと横に傾く。いや、速度が上がったことで、ジュウロウザの方に倒れてしまったのだ。


 ジュウロウザは私を支えながら手綱を握っている。器用だな。しかし、速度が上がると振動が増える。でも、我慢だ。人の命には変えられない。


 ベルーイは思っていたより凄い!こんな雪山を平地と変わらない感じで進んでいく。珍しいと言われる馬竜だけのことはあるということか。


 獣の低く唸る声と高く鳴く声が交じる音が耳に響いてきた。近くまできたようだ。


「あなた達!ここに来ては行けないわ!」

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