第23話 貴族のお忍び?

 夕刻。日が落ちてしまったのか、厚い雲の中に隠れているのか、辺りが暗くなり、雪が深々と降っている中、辺境都市メルトにたどり着い。


 建物からは温かな光が漏れている。その光景にホッとため息が出た。


 馬竜が泊まれる宿屋を門番に聞いたあと、その宿屋に向かっているのだが、私の前を歩くジュウロウザはこの雪が降る中、外套は羽織っているものの、着物と袴姿のままで平然と歩いている。

 全ての雪山装備を着ていないとは言え、温かな外套を着込んだ私はガタガタ震えているというのにだ。


「モナ殿。もうすぐ着くから頑張ってくれ」


「わ、わかっていますけど、HPが半分の15になっているので、早めにお願いします」


 そう、なんと私は寒さにも体力を奪われてしまっているのだ。


「なっ!それならそうと早く言ってくれ」


 ジュウロウザは立ち止まり、左手を掴んでいる私を振り返って見て、抱きかかえて足早に目的に向かっていく。

 私、軟弱過ぎる。マジでゲームのモナはどうやってリアンの仲間としてついていけたのだろう。



 宿屋に着いて、ベルーイを預け、温かな部屋に通された。暖炉が部屋の奥にあり、部屋を温めている。その暖炉の前にジュウロウザから降ろされた。


「ありがとう」


 ジュウロウザにお礼を言う。外套を脱いで、まとわりついている雪を落とし、壁にある外套掛けに·····届かない。ちょっともう少し低くてもいいんじゃない?

 すると、私の外套をジュウロウザが壁掛けに掛けてくれた。


 部屋をぐるりと見渡す。暖を取るためか一部屋しかなく、それなりに広いが、ベッドとテーブルが置いてあるだけの部屋だった。

 トイレは部屋に常設してあったが、風呂はサウナのような蒸風呂が共同である言われた。

 食事も付いていないらしく。外に食べにいかないと駄目らしい。昨日泊まったところのように簡易キッチンでも付いていれば、作って食べれたのに、また、寒空の下を歩く必要があるのだ。


 私のHPを見る。HP12だ。食事を食べに行って瀕死になるか、拡張収納鞄の中にあるパンだけ食べて生きるか。

 それはもう、生きること一択しかない。


「キトウさん。私は今日はこのままここにいますので、一人で食事に行ってもらえますか?ついでにこの店に行ってキトウさんが着れそうな装備があれば買って来てください」


 そう言って、簡単な地図を書いて手渡す。ゲームの知識だけど、今まで記憶通りに店が存在したので、大丈夫だと思う。


「モナ殿が行かないのであれば、外に行かないでおく」


 いや、じゃないと食べれるのパンしかないよ。


「私は体力が保たないだけなので、キトウさんは行ってきていいですよ」


「いや、モナ殿が気がついていないので言わなかったのだが、この街に入ってから何者かに付けられているんだ」


「は?」


 つけられている?何故に?


「恐らくだが、貴族のお忍びと勘違いされているのではないのだろうか」


「え?私、貴族じゃないよ?高級な馬車に乗っていないし」


 否定する私にジュウロウザは私が着ていた外套を指す。


「あの毛皮はカーバンクルの毛皮だ。それにボタンが額の宝石を加工したものだ」


 カーバンクル!もふもふ!私にはとてもかわいらしいイメージしかない。そんな毛皮を使っているなんて知らなかった。


「幸運の護りが施された外套を着ているなんて、貴族か一部の高位冒険者ぐらいだろうな」


 マリエッタさん!そんな幸運の護りが付いた外套を私に!でも、私の運無限大に幸運の護りって効力追加できるのだろうか。

 でも、私が貴族だからって何の意味があるのだろう。


「でも、私が貴族であったなら、どうだっていうの?」


「一般的なのが、攫って隣国に売り飛ばすことが多いだろうな。ここは国境に近いし、貴族という付加価値が付いていれば高く売れるからな」


 なんだって!また、攫われる要因が増えてしまった。こんなところで、攫われたら生きていけない。物理的にだ。

 私はジュウロウザの腕を取って懇願する。


「居てください!ただでさえ瀕死なのに、攫われたら確実に死ねる」


「だから、外に出ないと言っているのだろう?」


 ジュウロウザは笑って、私の頭を撫ぜる。


 なんだか心臓がドキドキとうるさい。どうなっているんだ?私の心臓は病気か?


 あ、あれか。危機的状況のドキドキを恋心と勘違いする、一種の精神病。

 納得だ。しかし、ドキドキが収まらないので、目線を逸らす。


 ····ん?暖炉の周りが石の床になっているな。もしかして、ここで調理可能?


「キトウさん。簡単な物でよければ、何か作りましょう」


「じゃ、いつもの温かいスープがいい」


 おや、珍しい。ジュウロウザから何かを食べたいと初めて言われた。


 私はここ最近使い慣れてきた、野外用のコンロを出して、料理の準備に取り掛かった。






 翌朝は昨日と打って変わって、晴天だった。しかし、部屋の暖炉の火を一晩中燃やしていたが、寒い。部屋の中がとてつもなく寒いのだ。その中で私は朝食を作り、出発準備を整える。

 ジュウロウザは今ここには居ない。後始末に行ってもらっているのだ。


 なんの後始末か。昨日の夜中に襲撃されたのだ。恐らく昨日後を付けていたという者たちだったのだろう。





 昨晩、ベッドに入って寝ようと布団を被ったところで、とてつもない不安感が襲ってきた。こんなに不安感が襲ってきたのは、じぃちゃんが南の森の先にある塩湖に塩を取りに行ってくると言って、物言わぬ姿で帰って来たとき以来の不安感だ。

 その時は泣いてじぃちゃんを止めたけど、誰も信じてくれず、子供の言うことだと笑って、じぃちゃんは行ってしまった。


 同じ様な不安感襲われ、居ても立っても居られず、ベッドを飛び出し暖炉の火の番をすると言っていたジュウロウザの元に向かった。


「キトウさん。ここを出ましょう」


「は?」


 それは『は?』と言われるだろう。しかし、この不安感をどう伝えたらいいのか。


「死が迫ってます。なんと言っていいかわかりませんが、じぃちゃんが死んだ時以来の不安感が襲ってきているのです」


「しかし、モナ殿。休まないと体力が回復しないし、明日は雪山に登ることになる。それとも一日伸ばすか?」


 ジュウロウザの言葉に私は膝から崩れ、よつん這いになる。正論だ。

 私の体力は完全に回復するには休まないといけない。一日伸ばす?それは駄目だ。高熱が出て一週間が経ってしまう。体力のない老人や子供は保たない。


「これ以上、日を伸ばすのは駄目です。休まないと私が雪山で死んでしまうのも確かです。·····詰んでる」


 これ詰んでるよー!ん?あれ?


 私は立ち上がって、後ろ向きに下がってジュウロウザから距離を取る。立ち止まる。一歩前に出る。


 境界線がある。不安感の境界線。これ以上後ろに下がると、ものすごい不安感に襲われる。


「キトウさん。もしかして、キトウさんの間合いってここまでだったりします?」


 目測で3メルメートル強。


「モナ殿は凄いな。そのとおりだ」


 そうか、私は振り返る先程までいたベッドを見る。確かに間合いの外だ。しかし、ジュウロウザの間合いの外で私が不安感に襲われるというのは相当だな。それは、ジュウロウザが動けない状況に陥るということだ。この勇者以上のステータスを持ったジュウロウザがだ。


 背に腹は代えられぬ。暖炉の前に座っているジュウロウザのところに赴き、その前に膝をつく。


「キトウさん。一緒に寝てください」


「え?」


「キトウさんの間合いの外は駄目なんです。不安感がものすごく襲ってくるのです。なので、明日雪山に登るには一緒に寝てもらうのが····」


 私は一体何を言っているのだろう。はぁ。


「そういうことなら、さっと休まないとな」


 ジュウロウザは暖炉に長時間燃える石の燃料を焚べて、私を抱えて先程いたベッドに向かった。


「何があっても目をつぶっておけばいい」


 そう言って私の頭を撫で、ベッドに潜った。




 ふと、嗅いだことのある異様に甘ったるい匂いで目が覚めた。これはいけない。


 空気の換気に使う『微風』の魔術を私中心に使う。ほんの少ししか魔力を使わないが空気を動かす魔術だ。魔術の消費が少ないので、魔術を使ったと認識されない。

 なぜ、このような『微風』が必要だったかと言えば、ばぁちゃんやソフィーが集中して作業をしているところで、気を散らさないように、部屋の異臭を外に出すのに必要だったからだ。


 この異様に甘ったるい匂いは、魔物を眠らすのに使う強力な眠り香だ。ばぁちゃんも良く作って隣町に売っている。その時は常時、私がこの魔術を使わされているのだ。

 これはジュウロウザでも体を動かすことができなくなるだろう。



 窓が壊される音が耳に響く。ふと私の頭を撫でる手があるのに気がついた。

 ああ、目をつぶっていろってことか。

 私は目をつぶったまま、近づいてくる数人の足音を聞く。


 ベッドの近くで止まる足音。


 ジュウロウザが私を抱え、その場を離れた。その瞬間、うめき声が耳に刺さる。


「モナ殿。もう大丈夫だ」


 目を開けると、倒れた人の姿が見える。刀で斬ったように思えなかったけど、どうしたのだろう。


 ジュウロウザは私を火が燃え続けている暖炉の前に置いて、侵入達を引きずって割れた窓から外に放り出した。

 外を見ると猛吹雪だ。これ凍死するんじゃない?



 そして、朝まで暖炉の側で毛布を被って寝ていた。できれば、クッションが欲しかったなぁ。


 日が昇ってからジュウロウザは外に放置した人たちを憲兵に出しに行ったのだ。あの猛吹雪中、誘拐犯(仮)は生きてはいたらしい。雪国の人は強いな。まぁ、恐らくあの手の人たちは外で待機する為に保温の魔術でも掛けていたのだろう。


「モナ殿。待たせてしまって、すまない」


「ご苦労様でした。キトウさん」


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