第22話 ソートワの町
私は、近づいてきたジュウロウザに『クリーン』の生活魔術を使う。これで、怪しげな汚れが取れた。
「以前から気にはなっていたが、その魔術は何だ?」
「ん?普通の『クリーン』だけど?」
おかしな事を聞かれるな。『クリーン』に違いなんてないだろうに。
「いや、その『クリーン』という魔術を今まで見たことがなかったから」
『クリーン』を見たことがない?リアンもソフィーもばぁちゃんも使っている····いや、私がお風呂に入れないからと言って使い始めたのは最初だ。その後から、母さんが『それ便利!』とか言って村中に広めたのだった。もしかして、私『クリーン』という魔術を作り出したってこと?
「あ、えーっと。汚れを取る魔術かな?」
言われてみれば、ゲームは戦いに必要な攻撃魔術と補助魔術しかなかった。生活に使う魔術は確かに無かった。言われるまで気が付かなかったけど、私って色々やらかしている?
「それで、穴の中はどうなっていました?」
話題を変えるために、穴の状況を聞いてみた。
「ああ、低級な魔物が犇めき合っていたな」
低級!あの大きな手のモノが低級!
「ダンジョンというより、魔物のたまり場という感じだ。階層もなかったしな」
そうか、まだ、階層は出来ていなかったのか。まぁ、スタンピードが起こった後でも10階層までだったから、今の時点じゃ階層も存在しないのだろう。
「あの、ダンジョンコア的な何かありませんでしたか?」
「ダンジョンコア?」
そう言って、ジュウロウザは首を傾げる。ダンジョンの核というべきコアが見える場所にあるとは限らないよね。
そして、ジュウロウザは袂をゴソゴソしだして、私に何かを差し出した。
「この様な物ならあったが?」
丸い球状の水晶玉が半分に割れた物がジュウロウザから差し出された。ダンジョンコアが割れている!!
「そ、それですが····割れていますね」
「割れていると問題なのか?穴から出る時に何処かにぶつかったのか、割れたようだ」
ああ、ダンジョンの外に出したから割れたのか。まぁ、そうだよね。ダンジョンの核だからね。
問題は特にないかな?ダンジョンコアがあれば壊すつもりだったから。
「問題はありません。村に被害が出ないように壊すつもりでしたから。さぁ、日も傾いてきましたから、ソートワの町に行きましょう」
そうして、私達がダンジョンだった穴に背を向けて進みだすと、背後から火柱が上がる。
ビクッとして何があったのか、確認しようとも、ジュウロウザが邪魔で見えない。
「モナ殿が死んだ魔物をそのままにするのはどうかと言っていたから、穴の中に『獄炎』を投下した。これで、燃え尽きるだろう」
「『獄炎』!!」
それは、ジュウロウザの使える魔術の一つで全体攻撃の上に3ターンの間は燃え続けるという、凶悪な技だ。
「次からは『爆炎』ぐらいに留めてください」
そう言うと、ジュウロウザが目を細めニヤリと笑った。そして、私の頭を撫ぜる。
え?なに?何か、また言ってはいけないことでも言ってしまった?
ソートワの町はトーリアの町と同じく田舎の長閑な町だった。こんなところが魔物の大群に襲われれば、対処のしようがないだろう。蹂躙されるしか、選択肢はない。
今は夕刻の時間だ。仕事を終え足早に家に帰る人。仕事終わりに外で一杯飲もうと店に向かう人。その人達が足を止めてある方向を見ている横を通り過ぎる。
そう、森から火柱が上がったことで、人々が何があったのかと騒ぎだしているのだ。
「キトウさん。やっぱり『獄炎』はやりすぎですよね」
「え?いつもこんな感じだが?」
ジュウロウザの普通の基準がおかしかった。いや、ボスクラス級の魔物と戦っていく日々で普通という概念が歪んでしまったのだろう。
ジュウロウザ曰くあと1時間ほどで消えるらしい。それにあの炎は森の木々には燃え広がらず、魔物のみを燃やすということだ。
だからといって、あの禍々しい炎の柱は人々に恐怖心を植え付けると思うけど?
「ここか」
そう言って、人々が騒然となっている中、一軒の宿屋の門の中に馬竜を引いて入っていくジュウロウザ。私も続いて門を潜る。問題の馬竜であるベルーイを預かってくれそうな所がここしかないと町の門番が教えてくれたのだ。
通された部屋は、王都の宿屋と違って、広かった。リビングに簡易的なキッチン、水回りも部屋に備えつけられており、3部屋も寝室があった。
パーティを組んだ長期滞在する冒険者用らしい。
キッチンが付いているなら、自分で料理ができそうだ。食材を拡張収納鞄から取り出し、何の料理を作ろうかと頭を悩ませていると、ジュウロウザから声を掛けられた。
「あのダンジョンは手を出さなかったらどうなる未来があったのだ?」
…
「え?何か言いました?」
何か聞こえてはならない単語が聞こえたような気がしたので、聞き直してみた。
「あのダンジョンが起こし得た未来だ」
その言葉を聞いて私は固まった。私が未来を知っていると確信している?なぜ?ドラゴンゾンビの事から推測した?
「み、未来なんて、知らないですよ」
私が知っているのはゲームの世界の起こった事を知っているだけで、決してこの世界の未来ではない。
「ルード殿が言っていたが、モナ殿は昔からリアン殿は勇者になると言っていたそうじゃなか」
「あ」
言ってた。かすかな望みを託して私のレベルアップを手伝わすついでに、リアンのレベルアップもさせていたのだ。
「ルード殿は兄のリアン殿は守護者になると思っていたのにモナ殿が言っていたように勇者なってしまったことを残念に思っていると言っていた。ただ、モナ殿の言葉は真実だったんだと目を輝かせていたな」
ルードか!確かにルードの私への信頼度は高いだろう。だけど、それで未来がわかるだなんて、飛躍しすぎじゃないだろうか。
「はぁ。未来なんて幾重にも重なった現在の積み重ねではないですか。そんな如何様にも変わってしまうものなんて、私は知りませんよ」
「では、その起こり得た未来はなんだ?」
はぁ。私が未来がわかると確信を持っているようだ。これは困った。私は未来視なんてできはしない。勘違いされては困るが、その説明も難しいのも確かだ。
「未来がわかったと言って、キトウさんに何か関係ありますか?」
「いや、無いと言えば無いが、この事で失われる命を救えたのであれば、俺が刀を持つ意味があったのではないのかと」
そっちですか。人の役に立つことができたのだろうかということか。
「私に未来視という能力はありません」
その言葉にジュウロウザは不可解な表情をする。今までボロボロと口から漏らしているのに何を言っているのだといことなのだろう。
「ですが、事実として出来たばかりのダンジョンがありました。このソートワからラウリーまでの人々の命を守ったことにはなるでしょうね。詳しい理由は秘密なので、話しませんよ」
「そうか。そうか。俺が積み重ねていたものは無駄ではなかったか」
そう言って、ジュウロウザが嬉しそうに笑った。
『ドキンッ』
??なんだろう?
?·····気の所為か。
私の答えにジュウロウザが満足したようなので、首を捻りながら、夕食の献立を考える。
なんだか、頭がまとまらないから、シチューでいいか。
翌朝も良い晴天に恵まれた。今日は一気にシュエーレン連峰の麓にある辺境の都市メルトまで行くことにした。年中氷と雪に閉ざされたシュエーレン連峰の麓にある辺境都市メルトはその影響を受け、夏でも雪が降るところだ。
きっと、北に向かうにつれ、寒さが増してくるだろう。
カッカッカッと今日はいつもより早い速度でベルーイが進んでいく。本当なら、途中の町で泊まって、翌昼ぐらいにメルトの街に着けばいいのだろうけど、少しでも早く村に戻りたいので、メルトの街まで一気に北上する予定なのだ。
長閑な穀倉地帯を横目に進んでいく。平和だ。時々上空から『ビョシュー、ビョシュー』鳴き声が聞こえるぐらいだ。前も思ったが、鳴き声なのだろうか。
そして、全力疾走の馬車に抜かされていく。本当にあの馬車に乗っている人を尊敬してしまう。ジェットコースターより乗り心地が悪いだなんて、乗り物として私は認めたくない。
昼過ぎには段々と気温が下がってきた。北の方には重苦しい雲が空を覆っている。あの雲の下では雪が降っているのだろう。
私は雪山の装備の外套を羽織る。全部着込むと流石に暑そうなので、取り敢えず内側がふわふわの毛皮で覆われた外套を羽織った。が、私は横目で伺いみる。いつもどおり着物と袴姿のジュウロウザを。
「キトウさん、雪山の装備ってお持ちですか?」
「ん?このままで問題ない。以前も雪山の峠越えをしたから大丈夫だ」
それ、寒すぎ!大丈夫じゃない!絶対に凍傷になるから!
「キトウさん。雪山の装備を次の街で買いましょう!最悪、メルトで買いましょう。そのままだと見ている私が寒いです」
「しかし、こちらの国の衣装は性に合わないのだ」
う。確かに、着物と洋服では全く違う。私よ思い出せ!ジュウロウザの着れる装備が何かあったはずだ!
軍服?いや、あれは隠密のサルタヒコの密偵の服か。
じぃ!確か。じぃが着ていた装備が使えていたはずだ!
「キトウさん。夏国の装備はいかがですか?それならメルトの街に売っているはずです」
「あの大国の装備がこの国に売っているのか?」
そう何故か売っている。どちらかというと和国の方が近い夏国。遠く離れた国にも関わらず、売っているのはきっとゲームの設定だろうか。ん?なら売っていない可能性もあるのか。
「売っているかも?」
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